*晴海緑道公園メイズ④ ドサクサの中の告白


 作戦打合せブリーフィングは、その後俺達に対する「支給品」の説明に移った。


 支給される物品は1日分の食料と2日分の飲料水、夜間行動用の懐中電灯やヘッドマウント式の照明、そして[回復薬]や[魔素回復薬]といったポーション類が10数本ずつだった。ポーション類に関しては全て「中」等級だったので、それなりに奮発した内容なのだろう。


 その他には、里奈が装備している9mm拳銃 ――少し前から「巡回課」の各チームに1丁ずつ配備されるようになった―― 用の「9mmMiZ弾」の予備が50発というもの。ただ、この銃弾に関しては「もしも余ったら回収します」ということだった。


 その後、ブリーフィングは喋る人物が高橋さんの部下の自衛官から制服警察官に交代した。この制服警察官は「警視庁湾岸署水上安全課の課長です」ということで、対岸にある晴海へ俺達を送り届ける段取りの説明をした。それで、


「21:30に出発します、準備をお願いします」


 ということでブリーフィングは解散。この時点で時刻は21:10だった。


*********************


 テントに残された俺達20人の内、「脱サラ会」と「東京DD」のコウちゃんチームと手島チームは「下北沢メイズ」からの帰りだったので、装備面での不足はない。飯田も自宅から来たようで、必要な装備品類はすべて持っていた。なので彼等はスポーツバックや大きなバックパックの中から装備品を取り出して着用したり組み立てたりしている。


 一方、里奈はというと、[管理機構]の本部オフィスを出る時には既に完全装備になっていた。そして、俺も護送車の中で装備着用に関しては済ませている。なので、俺と里奈は少しだけ時間が空いた感じになる。


「……私、ちょっと電話してくるね」


 里奈はそう言うとテントを出た。一方俺は、折り畳み机の上にドンと並べられた支給品を横目で見つつ、着替え中の加賀野さんに話し掛ける。


「水と食料の内、今すぐ使わない分は俺が持ちますよ」

「え? ……ああ、なるほど、じゃぁ遠慮なくお願いするよ」


 俺の申し出に加賀野さんはちょっと驚いたが、直ぐに「ハム太」の存在を連想したのだろう。


「……それにしても、便利だな」


 机の上の支給品を無造作にリュックに詰めていく俺を見ながら、しみじみとした感じでそう言った。


「あっそうだ、ポーション類はそっちで東京DDと分けてください。俺と里奈の分は手持ちで賄いますから」

「いいの?」

「はい、さっき岡本さんにも了解を取っているので」

「そうか、じゃぁ、次回の行動時には分配でちょっと考慮しないとな」

「はは、それでお願いします」


 そんな会話を交わして、ポーション類と若干の飲料水以外の支給品を全て・・リュックに詰め込んだ俺は、それでも外観上全く変化のリュックを担ぐと、


「じゃ、外で待ってます」


 と言ってテントを出る。背後では綺麗サッパリ支給品が無くなった机を見てコウちゃんらが変な声を上げ、それに加賀野さんが超適当・・・な説明をしているのが聞こえる。ソレを背中で聞きながらテントを出た俺は、視線を巡らせて里奈を探す。


*********************


 里奈は丁度岸壁付近に立っていた。ただ、その隣には……制服姿の高橋さんが居る。どうも、里奈のスマホを借りて通話しているようだが、身振りで何度も頭を下げているように見える。


「――どうしたの?」


 そんな里奈と高橋さんに近づき声を掛ける俺。対して、里奈は苦笑いで肩を竦めて見せるが、スマホ片手にヘコヘコと頭を下げていた高橋さんは、


「あっ、コータ君、そうです先生、里奈ちゃんだけじゃなくてコータ君もいますから……え? あっ、はい。え? 今ですか? ハイハイ、少しお待ちを――」


 俺に気付くと電話の相手に何か言い、ついで相手から何か言われたのか、俺の方にスマホを押し付けると、


「後は頼む」


 と言い残して、指揮車両の方へ小走りで逃げて行った。今の一連の姿に「陸将補」の威厳は全く無かった……って、まぁ誰と電話をしていたのか何となく察しが付くので、「ああなる」のも分かる気がする。そう思うとこの電話、凄く出たくない。いっそ、このまま切っても……いや、それはそれで後が大変だ。やっぱり出よう。


「もしも――」

『コータか? お前、里奈にもしもの事があったらどうするつもりだ!』


 電話の先で怒鳴るのは、豪志ごうし先生だった。いきなりMAXボリュームの音量で怒鳴り付けて来た。その迫力、本人が目の前に居なくても十分にコワイ。


 ちなみに、電話の向こうには豪志先生の他にひとみさん(里奈のお母さんで豪志先生の奥さん)もいる模様。横から、「あなた、里奈はもう大人なんだから――」とか「仕事なんだから」といった声が聞こえる。ただ、豪志先生の剣幕はそんなもの・・・・・じゃ、止まらない感じだ。


『怪我でもしたらどうするつもりだ!』

「ど、どうするも、こうするも――」


 怪我をしたらポーションでも【回復魔法】でも何でもやって対処するし、そもそも怪我をさせるつもりなんて全く無いんだけど、どうも上手く言葉にできない。「娘を思う父親の圧」がここまで強いとは……レッドドラゴニルなんて比じゃない感じだ。


『あれでも嫁入り前の娘なんだぞ、ただでさえ行き遅れなのに、それで顔に傷でも付けて来たら――』


 ガミガミと続ける豪志先生。すると、電話の先から瞳さんの声で


『あなた、それはちょっと言いすぎよ。里奈が可哀想だわ。だいたい最近は女も30後半で結婚することなんて珍しくないわ』


 と言う声が割って入る。それで、電話の先の豪志先生は「グヌヌ」という感じに。ちょっと、いや、相当カオスだ。そんな感想と共に、俺は助けを求めて里奈へと視線を向けるが……里奈は「私関係無いから」といった横顔で夜の海を眺めている。


 その仕草に「他人事かよ」と言いたくなる。ほんのちょっとだけど「イラっ」とした。何か仕返しをしたい気分だ。


 一方、電話の先の豪志先生は、


『とにかく、コータ。お前、里奈にもしもの事が有ったらどうやって責任取るつもりだ?』


 と、どうしようもない事を言ってくる始末。大体、人1人分の責任なんてどうやって取れと……ん? ああ、そういう事か。


「責任、取りますよ。もしもの事が有っても無くても、里奈の事は喜んで責任を取りますから」

『え? あ、え?』

「今はちょっと忙しいので。また今度お邪魔しますからその時にでも、お義父さん」

『おい、コータ。お前責任て、それにお義父さんて何――』


 豪志先生は言葉の途中だったけど、俺はそれを無視してピッ、とスマホの通話を切る。そして、


「コータ……?」


 ビックリした顔でコッチを見ている里奈にスマホを押し付ける。


「あ、あの、コータ。今のって……」


 里奈は何とも言えない表情でこちらを見ている。今は夜で暗いから分かりずらいが、多分頬の辺りを赤くして照れたような感じになっているだろう。でも、


「ん? 何のこと?」


 俺は敢えてとぼけて見せる。さっき「他人事」を決め込んでいた里奈への仕返しだ。


「え? だって、今電話で」

「だから、何の事?」

「今電話でお父さんに、ちゃんと――」


 照れ笑いのような表情が徐々に険しくなる里奈。対して俺は更に恍けて見せる。それで里奈は、


「責任取るって――」


 と詰め寄って来るが、その言葉尻に、


「皆さん時間です。出発します!」


 という、水上安全課の課長さんの大声が被さって聞こえた。


「その件は、また後で、だな」


 俺は不満気な里奈を残して一足先にボートがむやってある岸壁へと歩き出す。背後から、


「ちょっと、そういうのって、なんかズルい! 納得できない! 今すぐハッキリしなさいよ!」


 と里奈の抗議の声が追い掛けて来る。


 内心「やり過ぎたかな?」と思わないでもないが……続きはメイズが終わった後のお楽しみにしよう。ちなみに、今の感じだと「お断り」される事は無さそうだ。それを知れただけで、大きな収穫だと思う。



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