*32話 安全保障局 吉池係長の憂鬱
鍵もろくに掛からないようなカラオケボックスでイチャイチャするなんて、中学・高校生カップルじゃあるまいし、と思う。思うが、まぁ別に「それがどうした?」と言われれば、特に何も言うことは無い。寧ろ、里奈から5歳年上の先輩職員である「富岡課長さん」の恋愛下手な話を聞かされているので、何と言うか、心の中では「良かったね」という気持ちが強い。
そんな事を考えつつ、改めてこの2人 ――ソファの対面に、取り繕うようにちょっとだけ離れて座っている富岡さんと吉池さん―― を見る。少ない面識の中でも、この2人がセットで居る所の記憶はない。
人物評とまではいかないが、2人に対する俺の印象は、先ず富岡さんの方は、そのまんま「出来る女系キャリアウーマン」といったもの。今は休日なのでカジュアルな服装をしているが、パリッとしたスーツ姿の時は、まさにそんな感じだった。少しキツイ印象を受けるが、容姿は悪くない。これでどうして恋愛に苦労するのかな? と思うが、里奈曰く、
――男に甘えるのが下手なんだって、本人が言ってた――
とのこと。「なんのこっちゃ」と思うが、本人が言うならそうなんだろう。
一方、吉池さんの方は、見た目が20代半ばの同世代に見える。ただ、以前本人から聞いた話によれば、確か今年で29歳だったはず。
ただ、これも里奈に言わせれば
――富岡さんとくっつくまで、しょっちゅう合コンに誘ってくるから面倒だった――
という評価だ。まぁ仕事面ではデキても、プライベートではチャラいイケメンムーブをしていたのだろう。それが、何の因果か今では少し年上の富岡さんと付き合っているという。世の中分からんなぁ……。
「それで、五十嵐さん、僕に話というのは?」
最初のドタバタを経て挨拶をした後、俺と里奈はドリンクを頼んだ。そのドリンクが運ばれてきた後、今日の本題である話題を促してきたのは吉池さんだった。それに対して里奈は一度俺に目配せをした後、持っていたバックパックをテーブルに乗せる。そして、
「メイズに関して色々と、今は余り知られていない事を知る機会があったので――」
と話し始める。一方、俺はそんな里奈を横目に見つつ、自分のリュックを背中の後ろに隠すようにした。時折、中身(ハム太)がモゾモゾッと動くからだ。君の出番は無いから、大人しくしていてくれ。
「――ただ、いち個人で抱えるには大きすぎる問題があるので、吉池さんの力を借りようと」
里奈の言葉は、要約すると「面倒事に吉池さんを巻き込みます」と言っているに等しい。なので、吉池さんの隣に座っていた富岡さんが、
「ちょっと里奈、それってどういう事――」
と割って入るが、そんな富岡さんを当の吉岡さんが、
「
と止める。それで、富岡さん(星華さんって名前だったんだ)は、フニャっとなってしまった。
う~ん、普段は年上の彼女に主導権を渡しつつ、要所要所は押さえる感じか……なるほど、参考になります。
などと、俺が愚にもつかない事を考えている間にも、里奈の話は進む。
「ただ、知った経緯を含めて、只説明しても理解や納得が得られるものではないと思っています。なので――」
里奈はそう言うとテーブルの上に置いたバックパックを開き、
「出ておいで」
と声を掛ける。すると、バックパックがモゾモゾと動き、次いで、例の魔法少女ルックに身を包んだ大き目サイズのハムスターが眩しそうに目をパチパチとさせながら、二足歩行でテーブルの上に登場した。さぁ、ここからが本番だ。
*********************
ハム美の登場に、富岡さんも吉池さんもあ然とした表情になる。そんな2人を相手にハム美はハッキリとした発音で「ハム美といいます、どうぞよろしくニャン」と挨拶をした。それで、吉池さんはまるで「棒でも飲み込んだ」ような表情になり、隣の富岡さんは「なに、これ、なに……」という呟きを繰り返していた。
そんな2人に対してハム美は、「自分がどういう存在か」「どこから来たか」「五十嵐里奈と遠藤公太との関係性は」「何を危惧して何を伝えたいか」を簡潔に述べた。
ちなみに、今回ハム太の出番は無い。
――ハム太、君は俺達を守る最後の砦だ――
と言い含めている。単純なヤツで良かったと思う。
まぁ、ハム美を選んだ理由には、他にも「何も知らない人」や「懐疑的な人」に対する説得で、弁が立つ上[魔術]が使えるハム美の方が、何かと都合が良い、という側面もある。それに、前回の「交信」時に大輝から受け取った「メッセージ」を再生できるのがハム美
「そ、それで、ちょっと質問しても良いですか……ハム美さん?」
カラオケルームの中では、対面に座った吉池さんが「ハム美ショック」を引き摺ったまま、それでも何とか声を出す。
そんな吉池さんから出て来た質問は、まぁハム美が先に説明したようなモノだった。多分、余りにインパクトが強烈で最初のハム美の説明が頭に入らなかったのだろう。これが、「普通の人のあるべき反応」だと思う。思えば、俺の周囲に居る人はよくもまぁ、こんな「ハム美」や「ハム太」をすんなりと受け入れたものだと思う。特に「カワイイ」だけで済ませた千尋なんて、逆に「大丈夫か?」と心配になるくらいだ。
などと、俺がこれまでを振り返っている間にも、吉池さんとハム美の会話は一問一答的なやり取りで進んでいく。「むこうの世界とはどんな世界?」「どうやってこっちに来たのか?」「大輝とは誰か?」「メイズが人類を滅ぼす過程は?」とか、そんな感じだ。それで最終的に、
「――で、僕は何をすれば良いのかな?」
という感じに収まる。これについては里奈が、
「吉池さんの上司を通じて、政権の内部にハム美が言う[危惧]を伝える機会を作って欲しいです」
とハッキリと説明した。そのうえで、
「大輝からのメッセージをなるべく上位の人に伝えたいと思います」
と付け加える。ちなみに「大輝からのメッセージ」については、
「それは、然るべき人が最初に見るべき、と大輝が言っていましたから、そのように」
となっている。
「う~ん……」
それで結局、吉池さんは頭を抱えるように呻ると、
「とり合えず、僕の上司の瀬川局次長に報告する。それは約束する。瀬川さんが僕の頭がおかしくなったと思わない事を祈っていて欲しい……」
と当面の結論を出した。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
対して、俺と里奈はそんな吉池さんにお礼を言う。
その時だった、
――ウォーン、ウォーン、ウォーン、ウォーン
不意に俺と里奈、そして富岡さんのスマホがけたたましい音量の聞き慣れないアラーム音を発生させた。
「なに?」と里奈
「どうしたのかしら?」と富岡さん
(のあぁぁぁ! ビックリしたのだ!)
とは、スマホと一緒にリュックの中に居たハム太の【念話】。俺はそれを無視してリュックの中に手を突っ込むと未だアラームが鳴っている状態のスマホを取り出す。その画面には、
――管理機構アラート発令――
の文字が、派手な赤と黄色で点滅していた。その表示に思わず、この場に居た4人は顔を見合わせていた。
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