*30話 テープカット②
2021年7月17日
『――じゃぁ16時に原宿駅ね』
「わかった」
『お店だけど、カラオケボックスになったわ』
「はは、無難だね。その2人との待ち合わせは?」
『16時半頃にお店で、かな』
「了解、じゃぁ後で。お仕事頑張って」
『うん、ありがと……じゃぁ』
里奈はそう言うと電話を切った。
俺は何となくスマホをホーム画面に戻すとテーブルの上に置く。今の時刻は15時過ぎ。出発までもうちょっと時間が有る感じだ。
ちなみに、[受託業者]としての今週の活動はお休みになっている。まぁ、今週は既に日月・水木と1週間に2カ所もメイズを
次の活動は「チーム岡本」として来週の水曜と木曜に、世田谷に出来た小規模メイズに潜ることになっている。多分14層まで潜って「寸止め」で終わることになるだろうけど、新しい課題として「どれだけ早く14層に辿り着けるか?」というものを設定している。
万が一「小規模メイズ」が大量に発生した場合、1つ潰すのに2日間も掛けていられないかもしれない。そんな状況を想定して、迅速に15層まで到達することを念頭に置いた試みだ。当面は10時間程度で14層を踏破することを目標にする。
一方、「合同ユニオン」としては相変わらずだ。来週の日曜と月曜に「井之頭公園中規模メイズ」へ赴く予定になっている。前回はお試し(?)で16層に挑んで撤退したが、次回はもう少し腰を据えて16層に挑みたいと考えている。
まぁ、そのためには「CMBユニオン」への説得が必要になるけども、どうなるかはその時にならないと分からない。
そんな感じだ。
ハム太に関する「秘密」を「月下PT」や「CMBユニオン」に明かすかどうかは、保留中。「CMBユニオン」のおっちゃん達がどんな反応になるか読めない所があるが、案外ハム太の【収納空間(省)】で
*********************
「――続きまして、オリンピック関連のニュースです。本日午後1時、代々木公園の北側、国立オリンピック記念青少年総合センター敷地内に建設された第2選手村において、開村式が行われました――」
つけっぱなしのテレビからはそんなニュースを読み上げるキャスターの声が流れてくる。俺は、「CMBユニオン」のおっちゃん達に関する考察を止めて、
「――開村式では歓迎セレモニーに続き、政府主導で進められた次世代発電システム『JNG-SMRS』の運転開始式が各国の要人、マスコミを前に執り行われました。式には飯沼総理も出席し――」
テレビの画面はそこでVTRに切り替わると、開村式の様子を流し、次いで小さな体育館程度のプレハブ造りの建物の外観を映す。代々木公園の北側にあるオリンピック記念
「――今回設置された発電システムは10メガワットの発電力を持ち、凡そ1万世帯の電力使用量を賄うことが出来るというものです。政府、先エネ局の発表によりますと、今後数年の内に発電効率を引き上げ、100メガワットクラスの発電システムを全国の都市部を中心に普及させていくと――」
そんなアナウンサーの説明と共に、画面は屋内の映像に切り替わる。そして如何にも「機械プラントの制御室」という機器類をバックにカメラのフラッシュを浴びている6人のオッサンが映された。余程嬉しいのか、テカった顔に笑顔を浮かべた中央の1人が、時代錯誤にも見える紅白のテープを大きなハサミでカットする。それで画面は再び切り替わり、先程のテカったオッサン(飯沼総理)が記者たちを前にスピーチをしている光景が流れる。
ニュースを聞いた所、次世代発電システムは代々木公園の第2選手村に1カ所と晴海の第1選手村に1カ所設置されているらしい。日本政府としては「脱炭素社会」の実現に向けた取り組みをオリンピックという場を利用して世界にアピールした格好になる。
いち[受託業者]として、これは大いに結構な事だと思う。何と言っても「次世代発電システム」の燃料は[メイズストーン]だからだ。しかも、効率的な燃料に加工するには[スライム粘液]が必要になるとのこと。お陰で最近の買取り価格は上昇の一途を辿っている。確か今はグラム当たり[メイズストーン]が73円で[スライム粘液]が13,000円だ。そのため、俺はテレビの中のスピーチ中の飯沼総理に思わず、
「稼がせてもらっています」
と頭を下げてしまった。
ただ、元を辿れば数年前に中国が先んじて発表した「チャイナモデル」に行き付くこの発電方式については、一部から安全性を危惧する声がある。また、政治的には中東を中心とした産油国の政情不安定化など、地政学的なバランスを危惧する声もある。ただ、これについては「再生可能エネルギー」に利権を持っていた一部の国会議員や企業による反発だと言われている。
一方、ネットを中心に最近になってよく見かけるようになった声の中には、
――メイズストーンなんて燃やしたら、モンスターがそこら中に出現するんじゃないか――
というものがある。まぁ、想像力を逞しくすると、そんな発想というか危惧が思い浮かぶのは確か。ただ、これに対してハム太やハム美の意見は「分からない」というものだった。
何と言っても「あちらの世界」では、こんな風に[メイズストーン]を利用しよう、という試みが無かったことが原因だ。「知らない事は答えようがないのだ(ニャン)」というハム太とハム美の意見だった。なんとも素っ気ない。
そんな事を考えつつ、再び時計を見ると、いつの間にか15時20分に差し掛かっている。流石にそろそろ出発した方がいいだろう。ただ、そんな俺の耳に
「――続きまして、電波障害に関するニュースです。本日未明より、豊洲、晴海、豊海の一帯で断続的に携帯電話や無線が繋がりにくくなるという声が多数寄せられており――」
というニュースが流れ込んで来た。流石に「ん?」と思う。「電波障害」と聞くと咄嗟に頭が反応してしまう感じだ。以前の「小金井公園」での出来事が反射的に脳裏を過る。聞いた話によると、
「総務省とシノコ社の記者発表によると、シノコ社の通信システムの一部にエラーが見つかったという事で、現在復旧作業が行われているとのことです」
ただ、俺の疑念というか懸念を他所に、ニュースキャスターはさっさと原因となった事実を述べてしまった。
ちなみに、「シノコ」社は昨年登場した
今回は、どうやら「借りた回線」が大手通信各社の「本来の回線」に干渉して、全体として通信トラブルを発生させた様子。理屈は分からないが、「なるほど」と思う。
通信障害の全てが「魔物の氾濫」に結び付く訳が無い。特に、晴海の一帯は第1選手村がある当たりだ。流石に「未発見のメイズ」なんて残っているはずがない。
「どうしたのだ、コータ殿。そろそろ行くのだ」
いつの間にか出発の準備オッケーになっているハム太が玄関から急かすような声を掛けてくる。なので、
「わかった、ちょっと待ってて」
俺は、ハム太用のリュックを掴んで中身を確認し、ソレを肩に担いでからテレビのリモコンをOffにした。後はガスの元栓を確認して、エアコンを切って外に出る。ドアを開けた瞬間、モアっとした熱気が吹き込んで来る。
もう、すっかり夏の空気だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます