*40話 朱音の決着


 5月12日、13日の2日間に掛けて行った[チーム岡本]のメイズ潜行は全体としてつつがなく・・・・・終了した。


 今回から俺の戦闘スタイルが積極的な方向に変化したので、それに対応するため、少しばかり連携の調整に手間取るところがあったが、それも何とかクリアした。遠距離攻撃の朱音や飯田には負担になったかもしれないが、2人とも12日の夕方頃には何とか合わせる方向で調整。以後は、これまで以上の殲滅速度でモンスターを斃すことが出来た。


 ちなみに朱音と飯田が、これまでのスタイルを崩しても直ぐに対応できたのは、色々と理由がある模様。飯田は【直感】スキルの賜物という感じで、


「ここっこータ先輩が、つつつ次に何をすすするのか、ななななんとなく」


 分かるのだという。一方、朱音はというと、


「ずっと背中を見てきましたから、流石に分かります」


 とのこと。心強いな、と思う反面、流石に発言の中にある含み・・を無視することは出来ない。う~ん……ちょっと後回しにしよう。ということで、


 「殲滅速度が上がる」=「戦闘時間が短くなる」=「時間当たりの岡本さんのダメージと負担が減る」=「岡本さんに【威圧】スキルを使う余裕が出る」=「殲滅速度が更に上がる」


 こういう図式になった結果、モンスターとの戦闘は以前よりも安定。翌日13日は可成りのハイペースで13,14層を周回することができた。それで、13日の午後15:00頃を最後に14層から引き上げる。引き上げる際には、


「15層だけどさ、行けそうな気がするよな」と岡本さん。

「メイズコアに触らなければ、良いんですよね」と朱音。

「れっれれ例の文字列、あああ、あるんでしょうか?」と飯田。

「じゃぁ、次回はちょっと覗いて見ますか」と俺。


 そんな会話になった。現在「15層の攻略」は[管理機構]によって禁止されている。まぁ、実際は15層というか、各メイズの最奥を攻略してメイズコアに接触、不活性化することで「メイズを消滅させることを禁止」しているのだが、その理由は、


「メイズの存在を保護する政策など、今に痛い目に遭う・・・・・・のだ」


 と、ハム太がのたまうような「保護政策」に原因がある。


 俺としては大輝からあちらの世界・・・・・・の惨状を聞いているので、ハム太の言う「痛い目に遭う」将来を危惧している。ただ、一介の[受託業者]がそんな将来の危惧を騒ぎ立てたとしても、誰も聞く耳を持たないだろうし、日本という国の「メイズ保護政策」を動かすことも出来ない(現に左派野党の一部からはそんな声・・・・が上がっているが、「何にでも反対する定番ムーブ」と思われて誰も取り合っていないようだ)。


 だから正直に言うと、将来の危惧については少しだけ「諦めている」といった感じだ。というのも、ハム太(やハム美)の存在を知り、大輝にまつわる異世界の話すら知っている岡本さん達であっても、ハム太や俺が危惧する将来については、余り反応が良くないからだ。早い話が懐疑的なんだ。


 将来の危惧よりも、現在の暮らしと収入の方が大切だし気になる。俺だって、心の片隅ではそう思う節がある。これはもう、仕方ないのだろう。今の内に稼げるだけ稼いで、そんな将来が来た時はメイズの無い場所へ移住しよう、などと考えたりもする。それが一番現実的だと思える。


(言い訳がましいのだ)


 と、ハム太はやや非難めいた【念話】を送って来るが、否定することは出来ない。


 日本(だけでなく、主要な世界各国は何処も)がメイズを保護する方針なのは、メイズから産出する各種の素材が理由になっている。それらを活用する科学技術や新産業は、まだ産声を上げて間もない発展途上の分野だ。つまり、これからドンドン研究を重ね、新技術を開発し、商業ベースに乗る新しい産業として育てていかなければならない。その競争に世界中が血道を上げている。


 当然ながら、そこにはメイズから産出する各種素材に対する旺盛な需要が存在する。[メイズストーン]、[スライム粘液]、[ポーション]類、各種モンスター由来の[素材]、そして[スキルジェム]。メイズで収拾できるアイテム類は未だに需要過多で供給不足な状況が続いている。


 そんな情勢の一端は、買取りカウンターで提示された「買取り額」の単価からも確認できる。沢山出る[メイズストーン]ですら(一時期単価が下がったが)今はグラム当たり73円の買取り価格になっている。余り出回らない[スライム粘液]に至ってはグラム当たり3,000円の高額ドロップだ。しかも、買取り相場は今後も上昇傾向が続くと見込まれている。


 結果として、


「1人当たり782,300円、まずまずだな」


 と岡本さんがホクホク顔で言うような収入になる。こんな状態で「メイズは危険だから潰しましょう」と誰かが騒いだとしても、そうなる事は先ずない。


*********************


 メイズ潜行を終えた「チーム岡本」の恒例行事といえば「反省会」と決まっている。ただ、現在岡本さんの奥さんが妊娠中ということと、1週間の内に2度も1泊2日の活動を入れているので、最近は毎度毎度「反省会」をやっている訳ではない。


 岡本さん的には、


「ごめんな、ウチの都合で」


 という事らしいが、これはもう仕方のない話だ。家族が居るってことは、そういう事なんだろう。


 それで、反省会をやらない場合はメイズを出て直ぐに解散となる。ただ、今回はアクセスが悪い荒川運動公園なので、最寄りの駅で解散となった。最寄り駅からは山手線で移動になる。時刻的には混み合う時間になるが、俺と朱音と飯田の荷物はハム太が【収納空間(省)】で収納しているので、実質手ぶらに近い状態だ。その状態で混み合う電車に乗り、新宿駅に出る。


 新宿まで出るのは、朱音と飯田が中央線沿線住みだから。三鷹駅が飯田の最寄り駅で、立川駅が朱音の最寄り駅になる。一方、俺としては高田馬場で乗り換えれば良いのだが、わざわざ新宿まで出て来たのはハム太の【収納空間(省)】から荷物を出して2人に渡すため。混み合う電車の車内でやると、流石に目立ち過ぎるので、乗り換えのホームへ移動する途中でさり気なく荷物を取り出して2人に渡す感じだ。


「じゃぁ、また日曜に」


 荷物を渡した後、俺はそう言うと山手線のホームへ戻ろうとする。その時だった。


「コータ先輩。今日、これから時間ありますか?」


 妙に硬い表情の朱音がそんな声を掛けて来た(ちなみに飯田はそそくさと人混みに紛れて見えなくなっていた)。


*********************


 いずれ、どこかのタイミングで「里奈と交際を始めた」という事を朱音に伝えなければならなかった。ただ、俺の性格的に、自分から言い出せたのか? と自問すると、多分「有耶無耶うやむやにしようとしただろう」と自答せざるをえない。自分の情けなさと不甲斐なさは嫌というほど良く分かっているつもりだ。


 特に、あの温泉での1件以降、それらしい素振り・・・・・・・・を見せない朱音だったから、尚の事、俺の方からそういう事を言う機会を作るのは難しかっただろう。寧ろ、この時の俺は「もう朱音は俺に対する興味を失っている」とさえ考えていた。だから、


「お話、したいです」


 と言って来た朱音に驚いたものだ。


 俺は求められるまま、朱音と共に駅前のコーヒーショップに入った。オーダーしたドリンクを手に席に着くと、朱音は直ぐに切り出してきた。


「コータ先輩、前に私が言った事、覚えていますか?」


 真剣な眼差し、という形容がぴったり当てはまる朱音の視線だ。その視線に、まるで心の中を覗き込まれるような居心地の悪さを感じる。しかし、「何の事だっけ?」ととぼける事は出来ない。真面目に問われているのだから、とぼけたり茶化したりする反応は論外だろう。


「温泉の時の話かな? それだったら……覚えている」

「そうですか――」


 俺の返事を聞いた朱音はそっと目を伏せ、うつむき加減になる。クシャッとペーパーナプキンを握る音がする。その様子に、俺は妙な罪悪感を覚えた。別に何も悪い事はしていないつもりだけど、それでも、或る意味「妹」的に思っている朱音に、こんな表情をさせていると思うと胸が苦しい。


 だから俺は、


「朱音、実は俺――」

「もう、恥ずかしいなぁ! 忘れてくださいよ、コータ先輩!」


 「里奈と付き合う事にした」と言い掛けた俺の言葉は、朱音が被せるように発した声でかき消された。


「頼りになるお兄ちゃん的な? 私ひとりっ子なんでちょっと憧れは有りますけど、あの時は酔っ払っていたんですよ」


 先ほどの沈んだ表情から一転、いつもの「元気な朱音ちゃん」に戻った感じで朱音はそう言い募った。頬の辺りがほんのりと朱色になっているのは、言葉通り「恥ずかしい」からかな?


「でも妙に意識させるのも悪いし、いつか謝らないとなぁ~って思ってたんですけど」

「あ、ああ、そうなんだ」

「ごめんなさい、コータ先輩」

「いや、いいよ、全然平気だ、問題無い」

「そうですか、良かったですぅ~」


 朱音はそう言うと、アイスラテをズズッと啜り、一息入れるような間を開ける。そして、


「そういえば、里奈さんとはどうなったんですか? しばらく連絡してないみたいって、千尋ちゃんが心配してましたけど」

「え? 千尋が……」

「喧嘩したんですか?」

「いや、そういう訳じゃないよ」

「なら良いです。中々お似合いですからね」

「そう、かな?」

「そうですよ……」


 言いながら席を立つ朱音は、何故か途中からずっとお店の出口の方に顔を向けている。


「それだけ、言いたかったんです。じゃぁまた日曜に、お疲れ様でした!」


 言いつつ、朱音は小走りに店を後にした。


「……」


 俺は、朱音が座っていた場所に残されたクシャクシャになったペーパーナプキンを見ながら思う。今、朱音が言った事が「本当」なんだと。そう思う事で、俺も朱音も[チーム岡本]として、これまで通りに過ごせるのだろう。それが、朱音の下した決着なのだろうと。

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