*幕間話 襲撃!


 トラックの荷台に満載した物資の内、約3分の2は「飲料水」、残り3分の1は食料品や衣料品、生活物資になっている。どれも1カ所で揃えると悪目立ちするので、今日1日を掛けて方々の量販店やスーパー、コンビニを回り、なんとか数を揃えた。


 食料品については、朴木の希望が「調理の必要が無い弁当が良い」ということだったので、殆どが弁当になっている。こんなに大量の弁当ばかりを買い集めても腐ってしまうだろう、と心配したが、どうも朴木が持つ【収納空間】というスキルは収納した物の劣化を止める効果があるらしい。「本当に大丈夫か?」と思うが、まぁ、実際どうなっても私が責任を持つ話ではないので言う通りにした。


 ただ、同じ様な弁当ばかりでは飽きるだろうし、この内容では「野菜不足」が深刻だ。現代日本で脚気かっけになっては笑い話でも済まないし、そもそも長年独身を貫いて来た私には健康的な食に関して一家言ある。ということで、袋詰めされたカットサラダを大量に追加している。また、メイズ内で立て籠もるなら、飴玉やガムのような嗜好品もあった方が良いだろうし、膨大な時間を缶詰状態で過ごすなら暇つぶしになるようなモノがあった方がいいかもしれない。などと、色々気を配ったのは確かだ(量販店内のおもちゃ屋でボードゲームを選ぶ間、同行した牧田は妙な表情を私に向けていたが……それは無視した)。


 そんな内容で満載になったトラックの荷台を見て、朴木は再度「ありがとうございます」と深く頭を下げる。対して私は、そう何度も「ありがとう」「ありがとう」と言われるようながらではないので、少し対応が面倒に感じる。だから、


「手間賃入れて、30万だ」


 と言いつつ右手を差し出した。これに牧田がピクッと反応するが、黙殺だ。大方おおかた「計算が合わない」とでも思ったのだろうが、別に良い。この場で「お会計は338,321円とガス代が8,470円です」、などと細かい数字を言っても、そもそもつり銭を持っていないのだから、これで良い。


 一方、朴木の方は何か言いた気に牧田に視線を送るが、結局牧田が首を横に振ったため、


「この恩は忘れません」


 と言いつつ、何もない空間から一万円札の束を手品のように取り出した。


「領収書は出ないぞ」

「大丈夫です」


 一応、今の「領収書は出ないぞ」は冗談のつもりで言ったのだが、朴木は張り詰めた表情のままだった。柄にもなく冗談を言って通じなかった結果、妙な気恥ずかしさを覚えた私は、


「さっさと、【収納空間】とやらに仕舞い込め」


 と言うと、事務所スペースの方へ足を向けた。まぁ、急いだ方が良いのは確かだ。この場所(谷屋洋行社の倉庫)は統情四局に知られているし、私や牧田が立ちまわり・・・・・そうな場所として目星を付けられているだろう。長居は無用だ。


*********************


 この後、朴木は単身で金元が待つ神奈川の方のメイズに戻るという。潜伏先は10層ということで、(私は門外漢だが)おいそれと近づく事が出来ない場所なようだ。それでも、奥に進んでも袋小路でしかないメイズに立て籠もるというのは、逃避行としては「どうか?」と思う。


 ただ、朴木が言うには「頼れそうな人に連絡を付けて貰っている」ということだ。だから、メイズに立て籠もるのは、その辺の状況が整うまでの一時的なものだという。どうも同じ「赤竜・群狼クラン」のメンバーを介して「頼れそう」という人物に連絡を取ろうとしているらしい。なんともあやういやり方だと思う。「赤竜・群狼クラン」は統情四局の統制下にある。そのメンバーに伝手つてを頼むというのは、素人過ぎる安易な判断に思えた。


 ただ、朴木の方もそれはわきまえていて、「連絡を頼んだ奴等は新入りで、クランを抜けたがっている連中」だという。それで、その連中が連絡を取ろうとしているのが


――田中興業の田中修たなかおさむ――


 もう、この名前を聞いた時は溜息しか出なかった。よりにもよって、頼る先があの田中・・・・とは……なんと因果な事だろうと思う。


 田中興業の社長、田中修と私は、立場上に対立せざるを得ない間柄だ。まず、田中興産だが、あれは早い話が日系土着ヤクザのフロント企業だ。田中自身はそんな連中とは距離を置いており、直接の構成員ではないが、裏社会と強い結びつきがある。この時点で日系土着ヤクザと中華系マフィアの対立軸が田中と私の間に成り立つ。


 また、他方では統情四局、ひいては中国共産党が目のかたきにしているFZグループのオーナー一族、深沢家とも田中興業は繋がりが深い。先に仕掛けた深沢家次男深沢雅治ふかざわまさはるへの接近工作では、邪魔者と判断されたキャバクラ嬢を強引に排除しようとし、拉致を仕掛けた実行現場に田中が居合わせた経緯がある。あれは、完全に悪手なやり方だったが、裏で糸を引いた李は失敗を何とも思っていないようだった。


 ちなみに実行班の1人であった3級工作員が田中の息の掛かった日系土着ヤクザに捕らえられ現在は行方不明となっている。そのため、実行に関わった他の面々は仕方なく本国へ送り返している。


 また、あの件以降、脇(女性との交友関係)が甘かった深沢雅治は、一転して身持ちを固く慎むようになってしまった。現在では、特定の女性(例の排除しようとしたキャバ嬢)との交際に絞っているらしい。結果的に深沢家の「隙」が無くなってしまった格好になっている。


 とまぁ、そういう因縁のある相手が田中興業の田中修なのだが、朴木が金元を伴って逃げ込む事が出来るとすれば、それなりに頼れる庇護者になるだろう。対立していたからこそ、相手の人となり・・・・はよく弁えている。「助けてくれ」と飛び込んで来た者を無碍むげに扱うことが出来ない性分なのが、田中修という男だ。


「社長、済みました」


 とここで、倉庫の方から牧田の声が掛かる。【収納空間】とやらに荷台の物資を全部仕舞い込んだのだろう。この後、朴木は単身大型バイクを駆って神奈川へ戻る事になる。一方、私は牧田が望むならその身柄を日本の公安に引き渡すつもりだ。ただ、その後の事は余り考えていない。牧田と一緒に公安に情報提供者として身柄を委ねるのもよし、一人で統情四局の敵対者となるもよし。まぁ、どうでも良いと考えている。ただ、


「谷屋社長、一緒に行きましょう」

「社長、私だけ安全な場所になんて、できません」


 と朴木と牧田が言うようにすることは無い。心配してくれるのは有難いが勘弁願いたいものだ。田中の元に身を寄せるなど「何の冗談だ?」という気持ちにしかならない。


「朴木君、急いだほうが良い」

「でも」

「そうです社長、このトラックで皆で――」

「馬鹿を言うな牧田、そんな目立つ――」


 「そんな目立つことが出来るか」と私は言い掛けた。その時、事務所スペースの奥の壁に設置された分電盤風のキャビネットからピリピリピリピリッと電子音が鳴る。その音に、牧田と朴木は「?」という感じになるが、私は一気に緊張の度合いを高めた。


「ちょっと待ってろ」


 と2人に言うと、事務所スペースに取って返し、キャビネットの扉を開ける。中には幾つかのランプが並ぶ簡単な基盤が入っているが、その基盤に取り付けられたランプの内、幾つかが赤く点滅している。これは倉庫周辺に張り巡らせたエリアセンサーに「感」がある事を報せるもの。早い話が何者かが接近することを伝える防犯装置だ。


 点滅するランプから察するに、接近者は背後から倉庫の建屋を取り囲むようにしているらしい。ただ、この配置だと、正面にも当然待ち伏せが居るだろう。


「追手が来たようだ」

「えっ!」


 私の言葉に牧田は動揺するが、朴木の方は、


「来たか……」


 と落ち着いている。まるで先ほどのしおらしさ・・・・・が嘘のように、ふてぶてしいほど落ち着いて見える。そんな朴木は、


「やっぱり一緒に行きましょう。包囲されているだろうから、突破するならバイクよりもトラックの方が良い……運転をお願いします」


 そう言う朴木は、多分これが彼の本当の姿なのだろう、私でも背中に寒気を感じるような表情でニッと笑った。


*********************


 トラックに乗り込みエンジンを掛ける。運転は私、助手席は牧田。そして朴木は荷台に居る。「荷台の方が見晴らしが効く」ということだ。そして、荷台の朴木は


「社長、倉庫の扉が消えたら・・・・直ぐに外に出てください、ライトは道路に出るまで付けないで!」


 と、声を掛けて来た。因みに、運転席の背後のガラス窓は朴木が蹴り破ってしまったので、声は良く聞こえる状態だ。しかし、声は聞こえるが言っている内容が‥…


「扉が消えたら、って?」

「良いから、いきます、3、2、1、ゼロ!」


 朴木が「ゼロ!」と言った瞬間、前方を塞いでいた鉄の引き戸は施錠用の鎖ごと、一瞬で音も無く姿を消す。そして、夜の闇に沈む倉庫前のスペースと、その先の道路に繋がる門が視界に飛び込んで来た。ずっと薄暗い倉庫の中に居たから、夜目が効く状態になっている。


「行くぞ!」


 私はそう言うと、エンジンを吹かしてクラッチを繋ぐ。空荷のトラックは乱暴な発進操作によって後輪を短く空転させ、次いでドンッと前に出る。これで、トラックは倉庫を飛び出し夜の闇に飛び込む。


「な!」

「前へ!」

「出口を塞げ!」


 闇の中には、うごめく人影が多数。その内の何人かが叫ぶと、外のブロック塀の陰から2台のワンボックス車が敷地の門を塞ぐように進み出てきた。タイミング的に間に合わない。ぶつかるか?


「社長、そのまま!」


 咄嗟にブレーキを踏もうとした私に、背後の荷台から朴木の声が掛かる。それと同時に、先程の扉同様、目の前のワンボックス車の1台がフッと消える。ただ、車は消えたものの、運転していたと思われる男はその場に投げ出される格好で残っている。結果、


――ゴンッ


 不可抗力というものだろう。トラックに撥ねられた男は道路の反対側の田んぼへ落下し、見えなくなった。


「そのままで!」

「分かっている!」


 もうここまで来たら、障害の排除は朴木に任せて、私は運転に集中する。トラックは、1台分のスペースをすり抜けて門から外の道路へ飛び出る。キキィッとタイヤが鳴り、道路から左の前輪が飛び出す。


「きゃぁ!」

「まがれぇ!」


 牧田の悲鳴と私自身の怒鳴り声が響く。脱輪寸前だったトラックは何とか道路に戻った。空荷で軽かった事が奏功したようだ。と、この時、背後から、


――ガシャンッ!


 と音が響く。サイドミラーで後ろを確認すると、丁度倉庫の門を塞ぐ格好で、さきほど消えたワンボックス車がもう1台のワンボックス車に圧し掛かるようにして横転しているのが見える。その上には、これもさきほど消えた倉庫の扉だった鉄板がザックリと突き刺さっていた。アレでは直ぐに追って来るのは無理だろう。


 なんとか、包囲は突破したようだ。しかし、この後はどうしたものか……。そう考えるにつれ、チラチラと脳裏に浮かぶ田中の顔が妙に鬱陶しく、私はアクセルを強く踏み込んでいた。


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