*37話 ある日のコータ③ 乗り過ごし


 高橋さんと立ち合うこと全部で5回。2回目を俺が取ってからは、「打たせ上手」なんて誰が言い出したんだ(俺だけど)? と思うほどの猛攻だった。上に防御を集中させてからの下段(腿)への一撃(痛い)。右へ左へ翻弄しておいてからの上段への一撃(これも痛い)。それで2つ立て続けに取られた。


 ただ、5度目は(流石に高橋さんが疲れて来たのか)猛攻の合間にすきとまでは言えないが、小さなタイミングのズレが生じていた。そこを突く事が出来たのは僥倖ぎょうこうだろう。


 高橋さんが小手打ちを繰り出し、俺はそれを護ろうと袋竹刀を立てる。その瞬間、高橋さんの太刀筋は俺の竹刀を狙ったものに変化する。強烈な打ち払いに竹刀を取り落としそうになり、つられて俺の上体が泳ぐ。


 高橋さんの狙い通りの展開だった、だろう。


 ただ、その絶好の展開に、打ち払いから手元に袋竹刀を引き戻した高橋さんの次の挙動が一拍遅れた。高橋さん自身、自分が繰り出した強打で姿勢がブレた感じだ。その一瞬の間隙に、俺は泳いだ姿勢のまま、竹刀を横一閃に振るった。結果、


「いやぁ!」

「鋭!」


 と、気合の声が重なり、


――バスン、バスンッ


 と袋竹刀独特の打撃音も重なる。


 俺の竹刀は高橋さんの胴を横薙ぎに捉え、一方、高橋さんの竹刀は俺の首を打ち据えていた。


「はぁはぁ、はぁ……お見事」と息を整えつつ、高橋さんが言う。

「いえ、参りました」とは俺。


 元々地稽古は勝敗を求めるような場ではないけど、結果に優劣をつけるなら完全に俺の負けだろうな。俺が受けた首への一撃は致命傷、対して高橋さんが受けた胴薙ぎは、即死に至る傷にはならない。


「実戦の勘というやつなのかな? しばらく道場に来ていなかった割りに……いや、以前よりもいい動きだったと思う」

「……ありがとうございます」


 高橋さんからはそんな寸評をもらった。まぁ、自己弁護という訳じゃないけど、高橋さん相手に5回中1回は取れて、さらに1回はほぼ・・相打ちに持ち込めたのだから、自分では頑張った方だ。ハム太が居れば「修行が足りないのだ」とか言われるんだろうけど……


(そんなことないニャン!)


 え?


([魔坑外套]の恩恵が有れば、最初の1本以外は多分コータ様の全勝だったニャン)


 えっと……なんでハム美の【念話】が聞こえてくるのだろう? 幻聴かな? まさか……


「見てたわよ、コータ! 凄いじゃない」


 あ、やっぱり、と思って振り返ると、そこには稽古着姿の里奈が立っていた。


「え、里奈? なんで?」

「なんでって、ここ、私の実家だから」

「それは知ってるけど、お休みなの?」

「今日まで、これが終わったらマンションに戻るけど、ちょっと約束稽古に付き合ってよ」

「お、おう……」


*********************


 道場に突然現れた里奈。まぁ里奈にしてみれば、道場実家に俺が突然現れた、ってところだろう。その後は、里奈に言われるまま彼女の約束稽古に付き合う事に。多分30分くらい、打ち込んだり、打ち込まれたりを黙々と繰り返した。


 それで、20:00近くになったところで


「明日は普通に仕事だから」


 という里奈が稽古を切り上げて奥(自宅側)へ姿を消すと、入れ替わりに道場の奥から顔を覗かせた瞳さん(豪志先生の奥さんで里奈のお母さん)に、


「コータちゃん、最近物騒だから里奈を送って行ってもらえる?」


 と、なかなか拒否するのが難しいお願いをされてしまった。「里奈なら平気でしょう」とは言い難いので、結局「わかりました」となる。それで、俺も稽古を切り上げることになった。


 道場を後にする際は、


「ちょっと、余計な事しないでよ!」

「あら、女の一人歩きは危ないわ」

「だったらお母さんが車で送って行ってよ!」

「いやよ、私テレビ見たいもん」


 という母娘のやり取りを、背中で聞く羽目になったが結局は、


「もう……いつまでも子供扱いして」


 とむくれた・・・・里奈と共に、帰り道に就く事になった。


 近場のバス停から玉川上水駅に向かい、そこから電車に乗る。里奈の独り住まいは代々木上原のマンションだということ(今日初めて知った)なので、西武新宿線の高田馬場で乗り換えて新宿へ向かい、そこから……小田急小田原線かな? 多分そんな感じだろう。一方、俺は途中の田有駅が最寄り駅になるから、そこで降りる感じかな。瞳さんが言う「送って行って」が何処までなのか分からないけど、まぁ里奈のマンションの玄関先まで、ということは無いだろう。


 ということで、丁度よくやって来た巡回バスに乗り、駅へ向かう。帰宅ラッシュとは逆向きに動くことになるので、バスも、この後に乗った電車もそれなりに空いていて助かった。


 ただ、車内が空いていると、なんというか時間の空白的なモノが生まれるのは確か。その空白を埋めるには、他愛のないお喋りなんかをするのが一番なのだろうけど、今夜の俺と里奈は、まぁビックリするくらい無口だった。


 俺の髪型とか、そうでなくてもお互いの近況とか、話す事は多いはず。なのに、俺も里奈も自分から口を開くことは無かった。こんな風になる原因は、思い返すに全部この前の[管理機構アラート]後のファミレスでの会話が原因だ。あの時あんな感じ・・・・・・・・で、一方的に想いを喋りまくった手前、今、この場で何を話せばいいものやら……。


 本当は、何でもいいから話をしたい。隣に座っている里奈の顔をしっかりと視界に収めたい。それが無理でも、せめて声だけでも聴いていたい。そういう風に考えているくせに、いざとなると口から何も出てこない。


 こんな時、お喋りハムスターズのハム太とハム美が居れば、まだ何か会話の切っ掛けになるのだろう。でも、ハム太は部屋でアニメを視聴中だし、ハム美の方もどういう訳か、さっきから一度も【念話】を送ってこない。普段のお喋りっぷりは何処へ行った? ハム美、ヘルプミ~!


(ハム美はそんなにお喋りじゃないニャン!)


 なんだ、聞こえていたのか。だったら、こう、何か会話の切っ掛け的なものを、こう、良い感じで……


(イージーモードはやらないって言ったのコータ様ニャン)


 いや、それはあの時・・・限定の……


(じゃぁ、今里奈様が考えていること実況中継するニャン、聴きたいニャン?)


 それは極端だろう……ものすごく聴いてみたい気がするけど、やっぱりダメだ! 流石に卑怯……いや、こういうのは卑怯っていうのか? まぁ正々堂々としてない。それはダメだ。なにより、後から里奈にバレたら地獄を見るのは俺だ。


(ピュアなのは良い事ニャン、でも年齢を考えるニャン……里奈様もだけど、もう27歳ニャン)


 ぐぬぬ……この場でお説教とは思わなかった。


――間もなく、田有、田有~――


 あ、ヤバイ。もう最寄り駅に着きそう。マジで、一言も喋らないでお別れなのか?


(……世話が焼けるニャン、大輝様とレーナ様の時も相当アレだったけど、面倒臭さではコッチが一枚上手ニャン……[寸眠誘導]!)


 その瞬間、俺は突然意識が混濁するのを感じた。強烈な眠気を感じる。そして、意識がストンと底無しの穴に落ちる感覚を覚える。ただ、意識が落ちる間際の一瞬、隣に座っていた里奈の頭が俺の肩の辺りに凭れ掛かるのが分かった。同時にフワッと里奈の匂いが鼻をくすぐり、少し汗の混じった甘い香りに陶然としつつ、そこで意識が底へ滑り落ちる。


――次は、西武新宿、西武新宿、終点です。お出口は左側――


 そして、目が覚めた時、俺は終点の西武新宿駅まで乗り過ごしていた。


(テヘペロ)


 ハム美……何を考えてるんだ?


(黙秘ニャン♪)

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