*メイズ消滅作戦⑬ 異次元の量と質


 盾持ち4人が幅6mの通路に陣取る。津波の如く押し寄せるモンスターの大軍に対する、文字通りの防波堤だ。その4人が列を整えたところで、


「強化魔法、行きます!」

「弱化魔法、やってみます!」


 という朱音と春奈ちゃんの声。2人とも遠距離攻撃組だけど、この状況では安全な射線を得ることが出来ない。そのため、支援に回る選択をしたようだ。


 ちなみに春奈ちゃんの【弱化魔法:下級Lv1】はモンスター集団の能力を30秒間程度、1~2割ほど弱体化させる魔法スキル。ただ、確実に効果を発揮するものではなく、大体3割ほどの確率で成功する模様。魔素力の消費は1回15だが、確実に掛けようとすると3回以上使うことになる。そう思うと燃費は悪い。


 ただ「確率的に効果を発する」という条件のお陰で、固まって突進していた30匹前後のメイズハウンド集団は、速さにバラつきが発生する。【弱化魔法】が効いたモノは足が遅く、そうでないモノはそのままの速度で突進するからだ。結果として、メイズハウンドの集団は2つに分かれる。


「まままっほほうっででっ、うちうち(魔法、撃ちます)」


 と、次は飯田が声を上げ、そして自慢の(?)中二詠唱に取り掛かる。「カケマクモ――」と言っているから多分【飯田ウインド:渦風バージョン】だろう。っていうか、俺って飯田の詠唱で魔法の種類が分かるんだな……何の自慢にもならないけど。


「――オンハヤベイソワカ、バー!」


 という間にも飯田の中二詠唱が完成。真空の刃を持つ渦風が、モンスター集団の中央よりも後ろ側、ゴブリンアーチャーの辺りで炸裂する。


 一方、突進を続けるメイズハウンド集団の内、春奈ちゃんの【弱化魔法】を振り切った先頭集団は、飯田の魔法スキル炸裂とほぼ同時に、4人の盾持ちへ突っ込んだ。


――ドンッ、ドンッ、ドンッ!


 と、かなりの衝撃音が発生し、


「うおぉ!」

「痛っつつぅ」


 と呻き声が上がる。見れば、最初の衝突は文字通りの「衝突」だった模様。トップスピードのままメイズハウンドが次々に盾へ衝突したため、岡本さんたち盾持ち組はたたらを踏んで・・・・・・・後方へ下がる。そこへ、第2波の攻撃が襲う。依然としてお得意の咬み付き攻撃ではなく、只の体当たり・・・・・・が続く。


「鬱陶しいんだよ!」

「くそぉっ!」


 ここで、岡本さんと久島さんが吠える。岡本さんは[フランジメイス2号]を、久島さんは剣鉈を、夫々それぞれ、飛び掛かって来るメイズハウンドへ向けて振るう。その結果、岡本さんはカウンター気味の攻撃を成功させてメイズハウンドの顔面を砕くが、久島さんの方は、し損ねて・・・・バランスを崩してしまう。


――ウオオゥ、ウオオゥオウ!


 その様子に後方から犬の鳴き声が響き、メイズハウンドの突進は姿勢を崩した久島さんに集中した。なんだろう、メイズハウンドの動きに凄く違和感がある。ただ、そんな俺の違和感を他所よそに、状況は悪くなる。


「うわぁ!」


 頭突きのような体当たりを2度3度と受けた久島さんが溜まらず転倒。そこへ【弱化魔法】で足が遅くなった集団が到着。久島さんが転倒した事で生じた前列のほころびに集中して突進してくる。


「出ます!」


 たまらず、そう叫んだ俺は【能力値変換】で「[抵抗]の半分を[敏捷]へ」と念じつつ、一気に前列へ飛び出す。


 この時、転倒した久島さんと俺の間には6mほどの距離が有ったが、その距離を一瞬で詰めた俺は、そのままの勢いで久島さんに圧し掛かる2匹のメイズハウンドを攻撃。1匹目を飛び込みざまの前蹴りで吹っ飛ばし、蹴り脚を引き戻すと同時に太刀[幻光]の鞘を払う。そして、振り向きざま・・に2匹目の背中を斬り付ける。


「ギャン」


 と、絶叫が血飛沫と共に上がる。ただ、その時には既に剣先と視線を前方に向けている。残心しないと怒られそうだけど、ここは道場じゃないのだし、そもそも敵は前方に居る。


「加賀野さん! 久島さんに【手当】を!」


 俺は声だけを後方に向けて視線は前へ。目の前には20匹以上のメイズハウンド、その先には(数を半分に減らされても尚)4匹残ったゴブリンA。更にその先にはゴブリンSとKの集団、そして、コボルトチーフが無傷で残っている。特にゴブリンKとコボルトチーフはこちらを様子見・・・するように――


(あのコボルトチーフはより強力な【統率】を持っているのだ)

(随分と強制力が強いニャン、【統率Lv3】ってところニャン)


 なるほど、違和感の正体はそういう事・・・・・か。


 階層が深くなれば、新しくスキルを使うようになるモンスターが現れる。だったら当然、元々のスキルのレベルが上がるモンスターも居るということだろう。それに加えて賢さも上がるのかもしれない、狡猾な赤鬣犬レッドメーンとまでは行かなくても、メイズハウンドをけしかけて、弱らせたところを一気に叩く、という構想を思い付く程度には頭が回るようだ。現に、視界の先でこちらの様子を窺っているゴブリンKが率いる集団は、そのような動きに見える。


 ただ、そうだとするなら、こちらとしては対策を立てるまで。


「飯田! 火壁でモンスターを分断してくれ!」

「はっははい!」


 俺は背後の飯田にそう声を掛けると再度【能力値変換】を実行。「4分の1回し」と半分変換を組み合わせて[力]と[技巧]の合計を60に引き上げる。そして、


「岡本さん、相川君、飯田の火壁で分断したら、乱戦に持ち込みます!」


 言いつつ、「飛ぶ斬撃」を放つ。背後では上田君の「分かりました!」と岡本さんの「打って出るって訳だな!」という声が上がるが、太刀【幻光】から発せられた破裂音で、その声は尻切れに掻き消える。


――ズバンッ!


 初太刀は床と水平に低い場所から、丁度膝上あたりを薙ぎ払うように放つ。それで、真正面の3匹が中途半端に四肢と胴体の一部を床に残して吹き飛ぶ。


 バッと血煙が通路に飛び散る。その血煙を断ち割るようにして、二ノ太刀、三ノ太刀と放つ。そして、「4分の1回し」有効時間一杯のところで放つ四ノ太刀は、昨日(? あれ、一昨日だっけ?)垣間見かいまみたハム太の必殺技[大突ホーリーチャージ]を真似た正眼突き。狙いは、視界の先に立つコボルトチーフ。


「イヤァァッ!」


 三ノ太刀から正眼に引き戻した[幻光]を、気合と共に突き出す。同時に


「――オン、アギャナイエイソウワカ、アー!」


 【飯田ファイヤー:火壁バージョン】の詠唱が完成。不可視の刺突はメイズの通路を一直線に飛び、立ち上がる炎の壁に大穴を穿ちつつ、その炎を纏ってコボルトチーフに直撃。


「ギャオンッ」

「ギャンッ!」


 胸に大穴を空けて燃え上がる2匹・・のコボルトチーフの姿を、炎の壁が覆い隠す。流石に1発で2匹は出来過ぎ・・・・だと思った。


*********************


 その後、12層入って左側通路での戦闘は、【飯田ファイヤー:火壁バージョン】が有効な内に、火壁のこちら側に取り残されたメイズハウンドとゴブリンAを掃討する戦いになった。


 ただ、12層に来てメイズハウンドとゴブリンAが手強くなったのは確か。一連の「飛ぶ斬撃」終了時点でメイズハウンド12匹、ゴブリンA3匹が残っていたが、想像以上に苦戦することになった。


 盾1人に近接が2人組んでモンスターに挑むが、11層での感想そのままに、一撃で斃すことが出来るのは、岡本さんがクリーンヒットを出した時と、上田君の二刀流が上手く決まった時、それに木原さんが【強撃】スキルを使った時だけだ。それ以外の場合は何度も武器を叩き付けることになる。飯田なんかは組立槍の穂先がメイズハウンドの蒼黒い皮膚に弾かれてしまって攻撃が全然通っていない。


「やっぱり、こいつらタフだわ!」

「しぶと過ぎるだろ!」

「1層、2層の頃を思い出すな!」

「んじゃぁ、囲んでボコっちまおう!」


 12層ここに来て、1層、2層の頃を彷彿とさせる戦闘状況だった。ただ、それによって「昔を思い出す」や「初心に帰る」といった心持ちになるのも確か。だから、ということで、


「飯田はピストルクロスボウに切り替えて岡本さんの援護へ、春奈ちゃんも小夏ちゃんも援護を!」


 ちなみに俺は単身で戦えているが、全体的に火力が足りないのは事実。だったら、乱戦で遊んでしまっている遠距離組に前に出てもらうしかない。俺のその意図は、何とか全員にも伝わった様子。


 結果的に[岡本さん・飯田・加賀野さん]、[毛塚さん・相川君・春奈ちゃん]、[井田君・上田君・小夏ちゃん]、[久島さん・木原さん・古川さん]の即席トリオが4つ出来上がり、盾、近接、クロスボウ、と連携して確実にダメージを与えて行く。


 とここで、


「コータ先輩! 私のこと忘れてませんかぁ!」


 と朱音の声。ただ、非難めいた口調の割に、仕事射撃はしっかりやっている。ちなみに朱音の攻撃対象は炎の壁の向こう側・・・・だったりする。炎の中で揺れる影を目標に、リカーブボウから矢を放っている。その結末は確認できないが、炎の壁の向こう側からは時折ゴブリンっぽい悲鳴が「ギャンギャン」と上がっている。


「朱音はそのままで! 俺と組んでも火力が勿体無い!」

「ぶぅ~」


 不満気な朱音の声だが、別に本気で不満な訳ではないだろう。勝手にそう思うことにして、俺は単身、メイズハウンドの中を突っ切って最後のゴブリンAに肉迫。逆袈裟に斬り上げて沈黙させた。


 掃討戦はようやく終息しつつある。その一方で、飯田が造り出した炎の壁も急速に火力を弱めつつある。そして、炎の壁がフツりと消えた時、その先に有った光景は、


「……マジか」


 というもの。この展開、昨日だったか一昨日だったかにも、あったような気がする。



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