*26話 アトハ吉祥メイズ2回目③ 連携確認


 左側通路は真っ直ぐ30mほど進むとその先がT字路になっている。T字の先は左側が直ぐに行き止まりで、右側が更に奥へ続いている。そんな通路に踏み込んだ俺達は前回同様、通路中央を行く岡本さんを先頭に左側に飯田、右側に嶋川、そして最後尾が俺、という隊列で進む。程なくして、本日1度目の戦闘を迎えた。相手は、


(大黒蟻なのだ、向かってくるのだ)


 とのことだ。ハム太の【気配察知】は大体有効半径が30m程度なので、ハム太の声とほぼ同時にT字路の左側から例の80cmほどの大きな蟻が姿を現した。


「岡本さんそのままで、嶋川、飯田、撃ってみて!」


 距離が十分ある状況だったので、接近前に削れるか試す。嶋川の矢は前回ほぼ同じ状況で弾かれているが、今回は鏃を強化しているので威力の確認になるだろう。一方、飯田の場合はとにかく撃って当たるかどうかの確認だ。よく見ると、小型ながらタクティカルな外見のクロスボウには照準器のような物が搭載されている。それが前回ダメだった命中精度に良い影響を与えるか、というのと、コッキングしやすいという小型クロスボウ(ピストルタイプと言うらしい)を本当に簡単にコッキング出来るか、を確認するという意味がある。


――パシュッ、パシュッ


 俺の指示で矢を放つ二人。2本の矢はほぼ同時に発射されたが、飯田の矢が山なりに飛ぶのに対して、嶋川の矢は低い弾道で飛ぶ。先に敵に達したのは嶋川の矢。大黒蟻の頭部に命中し、硬い外殻を切り裂くようにして浅く突き立った。その一瞬後に敵に達した飯田の矢は、当たりこそしたものの、硬い頭部弾かれてしまう。


「やった!」

「あああたた(当たった)!」


 という嶋川と飯田の声が重なる。大黒蟻は頭部に嶋川の矢を突き立てたまま、尚も前進を続けているが、進む速度は大分鈍っている。


「二人とも次の矢を!」


 二人に指示を出しつつ、岡本さんを見る。すると、


「任せとけ!」


 視線の先で岡本さんはそう怒鳴りつつ、大黒蟻に対して距離を詰める。そして、片手一本で下から掬い上げるようなフルスイングを放った。


――ドカッ


 岡本さんの一撃は大黒蟻を地面から引き剥がすように炸裂。大黒蟻は頭部を半分潰された状態で黄緑色の体液と共にひっくり返って動かなくなる。


「ナイスです」

「応よ!」


 嶋川の歓声に岡本さんが答える。一方俺は、ノリが悪いと言われそうだが、


「通路の奥、警戒して!」


 と、嶋川と飯田に伝える。少し驚いたのは、この時既に飯田がリコッキングを終えて通路の先を見ていたことだ。ちゃんと矢が当たったことで余裕が出たのだろうか?


「ドロップは無しかぁ」

「次に期待しましょう」


 大黒蟻の死骸は早くも消え去り、後には何も残っていない。残念そうな岡本さんに俺はそう答える。その時、


(続きまして~メイズハウンドなのだ!)


 そんなハム太の声が頭の中に響いた。


**********************


「うう撃ちまぁす!」


 俺がハム太の【念話】に反応するよりも早く、そう声を上げたのは飯田。メイズハウンドは先のT字路の右から現れた。その距離はさっきよりも少し詰まって20m。飯田の立ち位置からは、T字の右側が少し見通せるのだろうが、それにしても反応が早い。「かもしれない運転」のメイズ版だろうか?


――パシュッ

「キャンッ!」


 ピストルタイプのクロスボウから放たれた矢は、真っ直ぐ飛ぶとメイズハウンドの左脇を掠めて後方に逸れた。その一撃で、突進態勢に移りかけていたメイズハウンドはたたらを踏む・・・・・・ようにその場に留まる。そこへ一拍遅れて嶋川の矢が飛び込んだ。狙い云々よりもブロードヘッドの威力なのだろう、右肩付近に突き立った嶋川の矢はメイズハウンドの身体を貫通して左わき腹から鏃の先端が顔を覗かせるほどの威力を発揮していた。どう考えても致命的な一撃に、メイズハウンドはその場で崩れ落ちる。


 ……うん、これは出番がない。ちょっと失礼な言い方だが、飯田が機能するとこんなにスムーズに事が運ぶのか、というのが素直な感想だ。


(油断は良くないのだ、直ぐに出番が来るのだ!)


 とハム太は言うが、正直なところ正面からしか敵が現れない状況では、10mでも距離が有れば嶋川か飯田の矢が当たる。そうすれば、弱った敵は待ち構える岡本さんの餌食でしかない。前回は前後挟み撃ちの場面もあったが、あれはフロアに俺達しか居なかったためだろう。そんな前回と違い、今回は同業者が同じフロアに居る状況だ。多少自由度は落ちるが、後方を襲われる心配が減ることは良い事なのかもしれない。


「なんだ、またドロップなしか~」

「ささ先へいきましょう」

「そうですね」


 少し先では、そう言い合う岡本さん達。先へ進むことになった。そしてT字路に到達すると、奥へ続く右側へ進む前に、行き止まりの左側を確認することになった。背後の安全は常に確かめておきたい、というのは人間の本能的な欲求だろう。


 そして、欲求に従い行き止まりの左側を確認したところで、


「コータ先輩、出番です!」

「頼むぞコータ」

「さささ、砂糖の出番」


 と、俺の出番が来た。相手は勿論スライムだ。俺、いつの間にかスライム担当になってる? と疑問を感じない訳ではないが、現状、出番があっただけ善しとしよう。さぁハム太、砂糖とトーチを出してくれ。


 そう念じつつリュックに手を突っ込むと、例のビニール袋とカセットボンベの感触がある。俺はそれを取り出しつつ、行き止まりの通路を確認した。通路には2か所の角に1匹ずつと、行き止まり中央に1匹の合計3匹のスライムが、フルフルと体表を振るわせて存在していた。大きさは前回の最後に遭遇したスライムよりも大分小さい。丁度岡本さんのポリカ盾くらいの大きさだ。


「じゃぁ、最初は君だね~」


 などと言いつつ、先ずは行き止まり通路の中央に陣取るスライムに近づくと、白濁色の粘体内に浮かぶ黒っぽい核のちょうど真上に山盛りに砂糖を振りかける。そしてバーナーに着火。こんがりと表面が焦げたところで「能力値[敏捷]を全て[力]へ変換」と念じる。そして大上段に構えた木太刀を目一杯の力でスライムの核へ振り下ろした。


――バキッ


 小さい分手応えは少ないが、その一撃はスライムの反射能力を凌駕して、アッサリと核を破壊する。


「どんなもんだい……」


 と、言ってみたが、この時他の三人は反対側の右側通路の奥へ注意を向けていた。それは正しい判断に基づく行動なのだろうけど、なんだか寂しい。


 結局、その後俺は無言のままに残り2匹のスライムを炙って叩いて斃していた。そして三匹目のスライムからメイズストーンとポーションがドロップとして出た。今回初ドロップである。


(むむ……ポーションは[魔素力回復:中]なのだ……)


 とハム太の声が頭に響く。それって貴重なのかな?


(貴重とは言い切れないが、持っていると何かと安心なのだ……悩むところなのだ)


 ということだった。まぁ、ポーション類の買取り価格は一律15,000円だから、売っても実入りが少ないのは事実。しかし、これを持ち出そうとすると、三人には事情を説明しないといけない。どうしたものか……


(ん? 右の方から敵、メイズハウンドなのだ!)


 しかし、俺のそんな思考はハム太の【念話】で中断された。奥に続く右側の通路から新手のメイズハウンドが現れたようだ。とりあえず、こっちの結論は先送りにしよう。

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