東京メイズ・ウォーカーズ! ~黎明期のメイズ受託業者達~

金時草

*序(前) あの日、親友が姿を消した


 東京郊外在住の自分が言うのもなんだが、東京にもこんなに夜空が綺麗に見える場所があるんだな。そんな月並みなことを考えながら身体をグッと反らすようにベンチに背中を預ける。東京都郊外、奥太摩自然公園近くのキャンプ場から見上げる夜空の星々は、今夜が新月のせいか、ひと際輝いて見える。


「あ、あれが天の川かな? あ、流れ星。見て見て、まるで夜空の宝石箱や~」


 勿論独り言なんかじゃない。二人の同行者に聞こえるようにふざけて言っているんだ。けれども、流行のピークを過ぎたお笑いタレントの決め台詞をもじった俺の声に、二人の同行者からの反応は無かった。チラと横を見ると、隣のベンチに微妙な距離感を開けて座る男女が目に入る。傍目に見てもいい雰囲気だ。無視されても仕方ない、泣いちゃダメだ。


「……」


 敬老の日を加えた9月の三連休中日に、高校生活の思い出作りとして計画したキャンプ。大学受験に向けて修行僧のような受験生活が始まる前の最後のレクレーションだ。縮まらない距離を持て余した18歳の少年少女にとって、その一瞬一瞬が大切な青春の1ページになる……そんな場面に何故呼んだ? と抗議したくなるが、これが俺の親友二人の性格なのだということは重々承知している。


「はぁ」


 少し大げさに溜息を吐き出してみたが、これにも反応がない。隣のベンチのお二人様・・・は吸い込まれるような星空をご堪能のようであらせられる。親友の大げさな溜息に気付かない程度に夢中なご様子だ。それでも、二人の距離はいっこうに縮まらない。きっと、俺からは死角になっている二人の間の空間では、お互いの指が触れるか触れないかといった距離で戸惑っているんだろう。震える恋心を胸いっぱいに感じているんだろう。甘酸っぱい青春ラブソングが全部自分達の事を歌っているように聞こえているのだろう。リア充氏ね、俺は生きる。


 と、内心で毒づいてみるが、置いてきぼり・・・・・・な状況のわりに、あまり悪い気はしない。それは、この二人が俺にとって唯一と言える程度の親友だからだろう。広沢大輝ひろさわだいき五十嵐里奈いがらしりな。この二人に俺、遠藤公太えんどうこうたを加えた三人組は自他共に認める仲良しトリオで通っている。


 もっとも、苛めを理由に、中学1年の2学期に引っ越してきて以来の付き合いである俺に対し、大輝と里奈の二人は正真正銘の幼馴染だ。[幼馴染]という関係がマンガ世界のファンタジー設定ではなく、リアルに存在すると知った時の衝撃は計り知れないが、今となっては良い思い出だ。幼馴染は爆ぜてもげろ。


「なぁ、ぼーっとしてても仕方ないし、肝試しでもやらないか?」


 このまま夜空を見上げていてもいいが、それだと二人は何も進展しなさそうだし、ここらで秘策を繰り出してみる。こういう風になることは予想済みだったので仕込みは十分に整えていた。


「いいね、やろう、やろう!」


 案の定乗ってきたのは大輝だ。実はこの男、オカルト大好き人間だったりする。親友の贔屓目に見ても爽やかイケメンで、尚且つ学力は学年トップ5をキープしつつ、スポーツ全般が得意でオタク気質も兼ね備える。その上実家はかなり有名な日本刀刀匠の一族で、後継ぎは兄がやるようだが、色々とマニアックな知識を豊富に持っている。お前は情報過多なんだよ! とツッコミたくなるのが大輝という男だ。


「はぁ、子供っぽいわね……でも良いわよ」


 一方、何処か呆れたような口調で言う里奈の反応も予想通り。化粧をすればそこらの読モよりもよっぽど美少女で通る容姿だが、新古武術五十嵐心然いがらししんねん流という武術道場を運営する親の教育の賜物か、思考や発言は男っぽい。そのくせ趣味はハムスターグッズ集めというちぐはぐ・・・・ぶりだ。ちなみに大輝も俺もその道場の門下生だったりするが、師範の豪志ごうし先生がいつも家に居ると考えれば、多少性格に癖が出るのも無理はない。そんな里奈は大輝と共に学力は学年トップ5の常連組で、こちらもスポーツ万能。少し取り付き難い雰囲気を出しているが、大輝に対してはしっかりと「女子モード」になる。その様子に学年女子のヘイトが溜まりまくっているが、本人はどこ吹く風。大輝以上に情報過多な女子高生だ。


「向こうの炊事場の先に管理棟があっただろ。その裏に小さなお堂があるから、そこにこれを置いておく。ちゃんと行った証拠としてそれを持ち帰ってくるってルールで、勿論一人で行くってことで良いな」


 ルール説明とともに準備していたプラスチックのボールを二つ取り出して二人に見せる。所謂いわゆるカプセルトイで出る二つ割りになるプラスチックボールだ。ちなみに中には俺からの熱い応援メッセージが書かれた紙が入っている。「もげろ」と「爆ぜろ」だ。


「いいけど……随分準備が良いわね、変な仕掛けとかしてないでしょうね?」

「無いよ、そんな暇なんて無かっただろ。もしかして、里奈ちゃんビビっちゃってる?」

「ば、バカ言わないでよコータ――」

「里奈ってお化け苦手だからな」

「た、大輝まで……もう、さっさと仕掛けてきなさいよ!」

「ハハハ、じゃぁお先に!」


 そう言って、俺はベンチを後にした。


***********************


 証拠のプラスチックボールを置いて戻った後、トップバッターの里奈を送り出す。そして里奈の後ろ姿が暗闇に消えた頃、俺は大輝の方を見て言う。


「ということで、俺はテントに戻るから」

「は?」

「は? じゃないよ。後はしっかりやれ」

「いや、ちょっと待てよコータ……」

「待たない。あと、これは俺からの餞別だ……立派にやり遂げて男になれ」


 そう言って戸惑う大輝にあるアイテムを押し付ける。厚手のプラスチックシートで四方シールされたそのアイテムは、正しく使えば少年を次の段階へクラスチェンジさせるという奇跡の品。昨日コンビニで買ってきた。ちなみに6個セットだった残りの5個の出番は未定だ。水風船にして遊ぼうかな。


「コータ……分かった、最善を尽くそう」

「グッラック!」


 遂に決意を固めた大輝に俺は短くそう答えると、きびすを返してテントへ戻る。少し小高い場所にあるテントサイトへ向かう登り階段が大人の階段のように見える。勿論、登るのは俺じゃないけど。


***********************


 一人用のドームテントは里奈の父で道場師範の豪志ごうし先生が貸してくれたもの。それがまばらに3つ設営されたテントサイトに戻った後は、自分用のテントに潜り込むとそのままグランドシートに寝転がる。ちなみに俺のテントは二人の所から少し離れて設営してある。余り近いとね……困るでしょ、青少年的に。


 そして、カンテラライトの明かりで、持ってきた参考書に目を通す事にした。これでも学年10位には食い込む成績なのだが、素で頭が良い二人と異なり、残念ながら俺は地頭が良くない。そのため努力が必要になってくる。しかし、困ったことに最近はその努力のモチベが上がらない。理由は簡単で、将来に対するビジョンが描けないことが原因だ。


 「数学者か物理学者になりたい」とのたまう大輝や、「仕事と家庭の両立を考えると公務員一択よね」と割り切る里奈と違い、俺にはイマイチ将来の目標が無い。強いて言えば女手一つで俺と妹を育ててくれている母さんに早く楽をさせたい、と思うのだが。その目標をどうやって達成するかの手段が描けない。


「大人になりたくな~い……」


 思わず呟いた言葉にぞわっと鳥肌が立つ。今の発言は無かったことにして、寝る事にしよう。目を閉じて英単語を思い浮かべれば、直ぐに睡魔はやってきた。しかし……


「コータ! 大変なの! コータ!」


 寝入りばなをそんな里奈の焦った言葉で叩き起こされた。どうしたリア充、本当に爆死したのか? まさか「大人の階段登った報告」を里奈がしに来た筈もない。というか、彼女の声は可成り切羽詰まっている。


 何があったのか分からずに困惑していると、テントの入り口をガバッと開けて里奈が顔を突っ込んで来た。泣きそうな、というよりも完全に泣き顔になっている。


「ど、どうした?」

「大輝が、大輝が居なくなっちゃった!」

「え?」


***********************


 結局その夜、大輝は戻ってこなかった。律儀にも肝試しを完遂するためお堂に向かったきり、行方不明になったのだ。焦った俺と里奈は新月の夜に懐中電灯を頼りにそこら中を探し回った。今になって思えば危ない事をやったものだと思うが、その時はテンパっていて、そうする以外の選択が思い浮かばなかった。


 翌日からは地域の警察と消防団に猟友会を加えた大規模な捜索が行われた。俺と里奈、それに里奈の家の門下生達もそれに加わった。しかし、どれだけ探し回っても大輝の行方は分からなかった。遺留品の一つも発見されない状況だった。


 大学受験を前にした男子高校生の失踪事件はローカルニュースとして取り上げられ、人々の注目をそれなりに惹いた。しかし、その翌週に上陸した台風とそれに伴う各地の水害被害によって、そんなニュースはあっという間に忘れ去られていく。


 その後に残されたのは、教師や同級生達からの同情と好奇が入り混じった視線、大輝の家族に対する後ろめたさ・・・・・と、ギクシャクした里奈との関係。そして何より、大切な親友を失ったという途方もない喪失感だった。


 2012年9月16日、あの日、親友は姿を消してしまった。


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