【12月6日】二重の影

王生らてぃ

本文

 時どき、知らない女の人の影が、わたしの部屋にうつりこむことがある。



 例えば、パソコンの電源をつけたまま部屋を暗くした時。

 例えば、ベッドに寝転がってスマホを見ている時。

 例えば、机の電気スタンドをつけている時。



 ふと背後を振り返ってみれば。

 髪のなが~い女の影が、ぬっと壁や床に伸びていて、わたしのほうを見ている。

 とうぜんそんな人はわたしの周りにはいないので、わたしは彼女(?)のことを、勝手に自分の守護霊か何かだと思っている。影はいつもわたしのとなりにぬ~んと現れるばかりで、何か手を出してきたりしない。

 小さいころからずうっとわたしのそばにいたので、怖いとも特に思わない。



 例えば夜道を歩いている時。

 白い街灯に照らされると、わたしの影は二重に出来る。ひとつはわたしの影で、もうひとつはわたしの上にぴったり重なる長い髪の影。だからばたばた走って街灯の下を通り過ぎたりすると、影は微妙にずれてわたしに追いつこうとする。



 誰かにそれを指摘されたことはない。

 これはわたしだけの秘密だ。



「いつもわたしを守ってくれているんだよね?」



 時どきわたしは影に向かって話しかける。

 当然影はうんともすんとも言わないが、かすかに揺らめくことがあって、それを頷いたり、否定したりする仕草とわたしは認識する。



「いつもありがとう。いつもそばにいてくれて、心強いよ」






 ある時、大学の友だちに、ものすごい形相でお祓いを勧められたことがあった。

 自称・霊感があるというその友人、冴子は、ほとんど初対面の時からわたしにそう言い続けていた。



「本当にまずいよ。はやくお祓いしてもらった方がいいよ」

「なんで?」

「なんだろう。いやな感じがするの。なにか良くないものが一緒にいる感じ」

「これのことかな?」



 と、夜の街灯の下で二重になっている影を見せると、冴子は顔を真っ青にした。

 わたしはそれがなんとなく、自分の気に障る感じがした。



「別に何ともないよ」

「ねえ、あなたのことを心配して言っているの。とにかく、このままじゃきっとよくないことが起こるよ」

「うるさいなあ。何ともないったら」

「ねえ、お願いだから私の話を――――」



 すると、冴子の身体が、すとんと落ちるようにその場から消えた。

 あれっと思ったけれど、その真下には、さっきまで冴子が立っていた場所には、わたしのことを見守っていたあの影がいたのでわたしは納得した。



「ありがとう。わたしのためにやってくれたんだね」



 影が揺らめく。



「でも、そこまでひどいことしなくてもいいよ。冴子を元に戻してあげて」






 電信柱の影にもたれかかるように冴子をその場において、わたしたちは歩いていく。



 街灯と街灯の間、いちばん暗くなる場所で、時どき影は立ち上がって、わたしに抱擁してくれるときがある。毛布のように柔らかくて、包み込まれてしまいそう。



「ふふ。くすぐったいよ」



 いつもわたしたちは一緒にいる。

 ふつうの影と身体とは、少し違うけれど、わたしはこの影のことが好きなのだ。

 わたしの影と、もうひとつの影が溶け合って、ひとつになりそうなとき、わたしは自分自身が溶けてしまいそうな快感をおぼえるのだ。

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【12月6日】二重の影 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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