第33話 銀のライオンと星

いよいよ、本番は明日となった。

最初から最後までの流れを通しての本番さながらの練習を何度も行った。


明日を本番に控えた前日の夜は、緊張しすぎてなかなか眠れない。


「やっべぇ……。緊張して眠れない」


【あんなに練習したんだからどうにかなるわよ。何も考えないで寝なさいよ】


「アル、明日観に来るの?」


【そりゃ行くわよ。台詞の練習にも付き合ってあげたのに、まさか今更来るなとは言わないでしょうね】


「ま、まあ……。でも目立たないようにしろよ」


【大丈夫よ。銀のライオンにかけて、指に宝石キラキラの品のあるマダムに変身していくわ】


「いや、それはすっげぇ目立つからやめろよ」


【冗談よ。そこらへん歩いてそうな大学生くらいに変身していくわよ】


アルと普段どおりの会話をしていたら、なんとか眠気がきて眠ることができた。


いよいよ本番の日。

会場には思った以上にお客さんが来ていた。


「ええ……多いんだけど……だ、大丈夫かなぁ……」


本番直前、緊張感が増してきたのと同時にかなり腹が痛くなってきた。


「ちょっとトイレへ……」


トイレに行って用を足してスッキリして、いよいよ本番が始まる。


「あっ、願掛けしてないよ」


そんな声が聞こえて、トイレの事で頭がいっぱいになっていてすっかり忘れていた。

よし、今からやろうと思ったが、もう遅い。

もう間もなく、舞台の幕があがる。

まあ願掛けなんてなくてもいいだろう。


いよいよ舞台の幕が上がった。

俺の役者人生、初めての舞台で初めての主役だ。


「その本、銀のライオンと星。好きなの?」


「うん、子供の頃、母さんに読んでもらった事は覚えてるんだ。・・・俺、母さん小さい頃に亡くしてるから」


良い感じの流れで話が進んでいく。


「えっ……。白血病……?そんな。治るんですか?」


次は、アカネのお見舞いに通っているリョウとの病室でのシーンだ。


「俺さ、お前と話してると自然体でいれるっていうか、なんか楽しいよ」


「ありがとう。あたしも……リョウ君と話してると楽しいな」


ついにラストシーンが近づいてくる。

アカネの命がいよいよ危ないところ。

このシーン最大の見せ場だ。


しかしここで大変な事が起こった。

台詞が飛んでしまった。

よりにもよって一番大事なシーン。

大事なシーンだから忘れないだろうと俺が油断してたせいか。

それとも演劇サークル恒例の願掛けをしなかったせいなのか?

やっぱりこういうジンクスってあるんだろうか。


「……………………」


やばい。やばい。やばい。

出てこない。

マジで台詞出てこない。

くそ、あんなに練習したのに。

俺のバカ、バカ、バカ。

思い出せ。どうしてだよ。思い出してくれよ。


会場がざわつき始める。

やばいやばいやばいやばいやばい。

いくらなんでも無言はまずい。

間にしては時間が長すぎる。

何か喋らないと……。

こうなったら……


「……ア、カ、ネ?死なないよな?生きてるよな」


あのシーンからなら覚えてる。

こうなったら、あそこまでアドリブで繋ぐしかない。

もう咄嗟の判断だった。

渡辺さんは言ってた。

役を演じるうえでのコツは、自分に役を重ねることなんだって。

もし俺が今、目の前で大切な人が死にかけてたら……

俺ならどうするだろう。


「俺は…………俺は…………お前がいなきゃ、ダメなんだよ。絶対に死ぬな。頼む…………死なないでくれよ…………。まだ好きって目を見てちゃんと伝えれてないだろ!!」


自然と涙が出た。

俺は本当に泣いていた。

涙声でアドリブの台詞を必死に喋った。


「ううっ……ううっ……あああっ……」


この起死回生の泣きの演技で意外にも時間が経ったせいか、頭の中が急に冷静になった。

今だ。このタイミングなら元の台詞に戻せる。


「アカネ……。取り乱してごめんな。銀のライオンと星。今から読むから聞いててくれよ」


そしてラストシーン。

銀のライオンと星を朗読している最中、アカネは亡くなってしまう。


「アカネ……。ありがとう。ゆっくり休んで」


最後の台詞を言う時も涙を流してしまっていた。


舞台の幕が下りる。

パチパチパチパチ。

拍手が鳴りやまなかった。


「大下君!!!!最後どうしたの!!」


渡辺さんが急いで走ってきた。


うわぁ……。

台詞飛んだからめちゃくちゃ怒られる……。


「本番で突然アドリブだなんて……」


「す、すみません。台詞飛んじゃって」


「いい!!すごくいい!!いや、むしろアドリブの方がよかった。泣きの演技も迫力あったよ。プロみたいだったじゃん。鳥肌立ったよ」


「…………へっ?」


思っていた反応と真逆だったから情けない声が出てしまった。


「いい!!本当にリョウが目の前にいるみたいでしたよ!!まさか本番で無言の時間からの本当の泣きの演技を入れてくるとは。私の脚本の更に上をいってくれましたね。素晴らしい」


黒ぶちメガネをキリッとさせて大谷さんが顔を近づいて興奮気味に言った。


「いや、台詞が飛んだだけで……」


大谷さんは興奮状態で、俺の言うことは何も聞こえていないようだった。


台詞は飛んでしまったから本当は失敗になるんだろうけど、結果オーライとはこのことか。


「よーし、打ち上げだー」


「飲むぞー」


「おーー」


やっぱりこういうノリなんだね。

このサークルは。


この後、俺は飲み会の場で散々いじられてネタにされた。


「お前がいなきゃ、ダメなんだよ。絶対に死ぬな。頼む……死なないでくれよ……。まだ好きって目を見てちゃんと伝えれてないだろ!!かあぁあああ」


「やだぁー。大下君、抱いてぇ」


「渡辺さん。酔ってます?気持ち悪いからやめてぇえ」


ネタにされていじられたけど楽しかった。

凄く楽しかった。

演劇ってこんなに楽しくて、終わった後は凄く達成感があるんだ。

最高だ。

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