第30話 幻の少女

大学の講義が終わり、演劇サークルへと行き、ストレッチと発声練習をしてから道具作りの手伝いをする。

そして帰り道にスーパーに寄って買い物をして帰る。

こんな生活になってしばらくが経った。


そしてついに幻の少女の公演日がやってきた。

お客さんの数は、もちろん劇団黒薔薇のように多い訳ではないけど、案外入っている。


舞台裏に皆集まるように言われた。


主演の赤城さんが手を出す。

その手に皆が手を重ねる。


「幻の少女、成功させるぞ。おー」


どうやらこれは、このサークルの恒例の願掛けのようなものらしい。

声をかけるのは、その作品の主演の人が行うとのことだった。

これをやらなかった作品は、なぜか毎回、アクシデントに見舞われているらしい。

この願掛けは、かなり大切らしい。


そして公演が始まった。


ミホが転校生として現れてから怪奇現象が起きていく。

照明と台詞、演技が上手く重なり合って恐怖感が増していく。

迫力がある。とても良い流れで進んでいく。


そしていよいよラストシーンだ。


「ミホ、お願い!!もうやめてえええ」


「うふふふ。あははは」


いつまでも彼女の笑い声は聞こえ続けていた。

もうそこに彼女の姿はなかった。

彼女は幻だったのか。

彼女は本当に存在したのだろうか?


ナレーションでこの台詞が聞こえた後、照明が真っ暗になって幕が下りる。


終わった。

いやー、完璧だったんじゃないか。


「皆さん、お疲れさまでした。最高でした」


俺は役者の皆に言った。


「楽しかったぁー!!成功してよかったよー」


ミホ役の山口さんが言う。

さっきまでは観客を恐怖のどん底に突き落としていた人には、とても見えない。


「よーし、打ち上げだぁあああー」


「飲みまくるぞー」


「いえーい」


皆が盛り上がっている。

この後は居酒屋に予約を入れてある。

公演終了の打ち上げをするからだ。


夜七時に居酒屋に集合の予定だ。

一旦家に着替える為に帰った。


「ただいま」


【あら、戻ったのね。公演はどうだったのよ】


「もう大成功だよ。上手くいってよかった」


【そう。それは良かったじゃない。また出かけるのかしら?】


「今から打ち上げなんだよ。皆飲みまくるらしいよ」


【あんたは未成年なんだからお酒飲むんじゃないわよ】


「わかってるよ。最近色々厳しいからな。俺が酒飲んでサークルに迷惑かかったら嫌だし、飲まないって」


【わかってるならいいわよ。気をつけていってらっしゃい】


「ああ、行ってくるよ」


アルとそんな会話だけして、すぐ家を出て居酒屋へと向かった。

居酒屋の店の前に行くと、サークルメンバーが数人立って待っていた。

他愛もない話をしながら全員の到着を待った。


午後七時。

時間になって山口さんが少し遅れると連絡があったので、先に中に入ってると連絡して店へと入った。


サークルの部長である渡辺さんが挨拶をする。


「えー、皆さん。今日は幻の少女公演、お疲れさまでした。皆さんのおかげで最高の舞台になったと思っています。ありがとうございます。今思えば脚本が完成して――」


「前置きはいらん。早く始めろー」


野次が飛んできて笑い声が聞こえる。

皆、テンションが高い。


「えー、言わせろよ。……まあいいわ。えー、乾杯」


「えー、突然すぎるだろ。グダグダじゃん。カンパーイ」


そんなノリで打ち上げがスタートした。

色々なところで話声が聞こえてきた。

かなり盛り上がっている。


「大下君は未成年だからお酒はダメだぞ。何飲むの」


「えー、じゃあ……あー、オレンジジュース」


「可愛いー」


「ええー、じゃあウーロン茶」


「渋いー」


「カルピスで」


「…………」


「いや、何も言わんのかい」


「ぎゃはははは」


こうやってサークルの仲間たちとバカ騒ぎするのも楽しいな。

見学だけのつもりだったのに強引に入れられた演劇サークルだったけど、まあ入ってよかったんじゃないかなと思う。


「お待たせー」


遅れてくると連絡のあったミホ役の山口さんがやってきた。

ほんと近寄りがたいくらいの美人だなーと改めて思う。


「山ちゃん。おっそいぞー」


「ごめーん。料理おいしそー。よーし、飲むぞー」


後から合流した山口さんは、遅れを取り戻さんとばかりにハイペースで飲んでいた。


おいおい、大丈夫か……?


そして予想していた展開となった。


「……トイレ行ってくる」


青い顔をした山口さんはトイレに向かった。

心配した大谷さんが付き添って女子トイレへと向かった。


なかなか帰ってこない。

そして大谷さんが帰ってきた。


「ごめん。ちょっと今日抜けるね。山口さんが気分悪そうだから送っていってくる」


一番最後に来た山口さんは、一番最初に帰ってしまった。

パッと現れてパッと消えてしまった。

彼女は本当に存在したのだろうか?

まさに彼女は、今日最後まで幻の少女だった。

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