第20話 丹波イリュージョン

いよいよ指折り数えて待っていた日曜日がやってきた。

よーし、デートを成功させてやる。

もちろん遅刻はしたくないから早めに待ち合わせ場所へと向かった。


茜ちゃんが待ち合わせの時間通りにやってきた。


「お待たせー。ごめん、今日も待たせちゃったかな?」


「ううん、今来たところだから。全然待ってないよ」


本当は三十分待ってた。

楽しみすぎて、もう気合が入りまくってるからね。


「じゃあ行こうか」


「私、こういうマジックショーみたいなの生で見るの初めてだから凄く楽しみ」


「俺も初めてだよー。なんかね、調べたらミスター丹波って色んな国でイリュージョンやってて、世界でも高く評価されてて有名で凄い人らしいよ」


「そうなんだ。知らなかった。でもそんな有名な人のチケットよく取れたね」


そう。

実は本当に奇跡だった。

丹波イリュージョンのチケットなんてすぐ取れるだろうと頭の中では、軽く考えていた。

そしていざ買おうとしたら人気で抽選があった。

応募から二日後、二枚分のチケットに当選したと通知がきたのだ。


本当にほっとした。

神様、ありがとう。


「人気だったんだけど抽選に当たってラッキーだったよ」


「彰君って強運の持ち主だね」


そんな会話をしながら購入済のチケットを受け付けで渡すと、何やら番号の書いた紙をもらった。


俺は六百八十九番。

茜ちゃんは六百九十番。


どうやら受付の人の説明によると、ショーの最中に抽選があって何か貰える可能性があるらしい。


「強運の持ち主の彰君なら当たるかもよ」


「あはは。だといいけどね。そもそも何人に何が当たるのか全くわからないよね」


「お楽しみってことなんだね」


こういうちょっとしたサプライズも丹波イリュージョンの人気の一つなんだろうか。

よくわからないけど。


中に入ると会場はかなり広かった。

まあ大型ホールなのは知ってたけど初めて入った。

人もかなり来ている。

子供を連れたファミリー層から年配の人やカップルまで様々だ。

自分たちの席を探すだけでも結構苦労した。

ようやく自分たちの席を見つけて座る。


「楽しみだね」


「丁度真ん中くらいで、位置的にも見やすくて良い感じだね」


そんな会話をして待っていると、いよいよ時間がやってきた。

会場全体の照明が突然消える。

真っ暗になる。

軽快なダンスミュージックが流れ出し、カラフルな色のライトが色々なところを動き回る。

オープニングの演出が始まった。

そして音楽が鳴り止み、ステージの前をライトが照らす。


「イエァアアアア--!!会場に集まってくれた皆、今日は来てくれてありがとう!!初めましての方は初めまして。また来てくれた君、また会えてうれしいよ。こんにちは!!ミスター丹波だ!!さあ今日も最高の魔法をお見せしよう。そうだなー、三十八番の番号を持った人はいるかい?いたらステージの前まで来ておくれ」


小学校低学年くらいの女の子がステージの前にきた。


「おーっ、これは可愛らしいお客さんだ。やあ、お嬢ちゃん。こんにちは。ステージの上に来てくれるかい?」


女の子はステージの上に上がる。


「さあこの机の上にカップが三個置いてある。お嬢ちゃんには、今からこのカップの中にこの魔法のコインを入れて僕が分からないように隠してくれるかい?僕は後ろを向いてるからね。カップの中に隠したら僕の肩を叩いて呼んでおくれ」


女の子がコインを真ん中のカップの中に入れたのが液晶画面に映し出される。

そしてミスター丹波の肩をコンコンと叩く。


「はい。隠してくれたかな?それじゃあ当ててあげよう。んー、これかな?」


一番左のカップを持ってるステッキで指す。


「あはーん。きっとこれだなぁ。よーし、えいっ!」


開けたがもちろん入っているわけがない。


「ありゃりゃー。外れちゃったなぁ。じゃあ右側かな?」


開けたがもちろん何も入ってない。


「おおっと。僕は運が悪いようだね。じゃあ真ん中だね。それしかない。えいっ」


真ん中のカップを開けたが、ここも空っぽ。

真ん中のカップに確かにコインを隠したはず。

女の子はビックリしている。


「あれれー?お嬢ちゃん、ほんとにちゃんと入れてくれたかい?」


女の子は、うん!と言って首を縦に振る。


「ところでお嬢ちゃん。今日は誰と来たの?」


女の子は、お父さんとお母さんと一緒に来たと答える。


「そっかぁー。お母さん。お嬢ちゃんが隠したコインどこにあるか知りませんか?あれはとっても大事なコイン。僕の宝物なんだ。困ったなぁ・・・。うーん、あっ。そうだ。お母さん。その素敵なカバンの中、見てくれませんか?もしかしたらコインがあるんじゃないですか?」


お母さんがカバンの中を見ると、なんとコインが出てきたのだ。

会場がざわつく。

一発目から凄い。

な、なんだ、これ!!


「お嬢ちゃん。お母さんにコインを預けるなんてズルいぞぉーー。そんなのいくら僕でもわからないぞぉーー。ほんとに隠してくれた?」


ちゃんと真ん中にいれたよと答える。


「おーけい、おーけい。疑って悪かった。きっと魔法のコインだから好き勝手に動き回るんだね。うん、きっとそうだ。よーし、じゃあ僕の宝物だけど、せっかく手伝ってくれたから、お嬢ちゃんにあの魔法のコインをプレゼントしよう。さあ席に戻っておくれ。はい、ありがとうね」


そして次々とマジックは続いていった。

ミスター丹波は番号を言って、その番号のお客さんをアシスタントにして巻き込んでいき、軽快なトークと様々なマジックを披露していく。

見入ってしまう。


「いやー、僕もさっきから魔法を使いすぎて疲れちゃった。ごめん、皆。ちょっと眠りたくなっちゃったなぁ・・・」


いきなり床に座り込み、そして横になる。


「おやすみ」


するとミスター丹波の体が横向きのまま浮き始めた。

会場がざわつく。

そしてドンッと急に床に落ちる。

笑い声があちこちから聞こえる。


「痛い痛い。いやー、今ので目が覚めちゃったよ」


マジックだけではなく、こんな笑いの要素もある。

これは本当に面白い。夢中になる。


「さあ皆、いよいよ最後。究極イリュージョンの時間だ。少し準備させておくれ」


会場が真っ暗になり、音楽が鳴り響く。

数人のスタッフが大型の箱を運んでくる。


「お待たせ。今からやるのは脱出イリュージョンだ。まずは、今日最も幸運を持ったお客さんに手伝ってもらいたい。なんたって僕の命がかかってるからね。今日最も幸運なお客さんは、六百九十番」


えっ……?

俺の次ってことは……?


「あ、茜ちゃん!?」

「えー、私!?」


「六百九十番の幸運のお客さん。ステージの前に来てくれるかい?」


茜ちゃんがステージへと歩いていく。


「おーっと、これは綺麗なお姉さんだ。やあ、こんにちは。今日は来てくれてありがとう。これから最も幸運なお姉さんには、僕の代わりに魔法使いになってもらう。まずはこのステッキを受け取っておくれ」


茜ちゃんがミスター丹波からステッキを渡される。


「このステッキには魔法の力が宿っている。大丈夫。落ち着いて。君ならできる。まずは僕がこの箱の中に入る。そしてお姉さんは、コンコンコンと三回、この箱を叩いて魔法をかけておくれ。そうすると僕は瞬間移動する。それと同時に上からたくさんの剣が箱の上に落ちてくる。お姉さんの魔法が足りなければ、もちろん僕は串刺しになる。お姉さん、よろしく頼むよ」


ミスター丹波が箱の中に入る。

そして茜ちゃんがコンコンコンと箱を三回叩く。

同時にガチャーンと音がして、たくさんの剣が箱を突き刺す。


早い。

剣が落ちるのがあまりにも早すぎる。

これは、まさか大事故になってしまったんじゃないのか?

会場がざわめく。


スタッフがざわつきながら慌てて箱に駆け寄ってくる。

そして照明が消えて真っ暗になる。


えっ?えっ?

ほ、本当に大丈夫か?

これは最悪の事態だ。

ショーは中止だ。

ミスター丹波は死んだのか?

そう思ったその時だった。


「ハーッハッハッハッハ!!僕は生きている!!」


一番後ろのドアが開き、ミスター丹波がステージに向かってゆっくり歩いてくる。


「奇跡は信じた者におきる!!信じろ!!さあ見よ!!これが奇跡だ!!お姉さん、奇跡の魔法をありがとう。おかげで僕は助かった。生きている。命の恩人であるお姉さんに皆、盛大な拍手を!!おっと、そうだ。それから特別なプレゼントをあげよう。さあその魔法のステッキは、もうあなたの物だ。手伝ってくれてありがとう。さあ席に戻って」


ミスター丹波のステッキを持った茜ちゃんが席に戻ってきた。


「皆、今日は楽しんでくれたかい?最後まで見てくれて本当にありがとう。手伝ってくれたお客さん達も本当にありがとう。今日のショーはこれで終わりだ。これがミスター丹波流のお別れの仕方だ!!じゃあな!!」


ダダダンッ!!ダダダンッ!!

とドラムの音と同時に煙が巻き上がり、ミスター丹波の姿が煙の中に隠れる。

そして煙がなくなるとミスター丹波がステージから消えていた。


最後までかっこいい。

なんだよ、この演出。

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