暗殺者の国キールへ

「ねぇ、ダーリン。次はどこにいくの?」


「それは俺にもわからない。ユフィ。魔晶石はどこへ向かっている?」


「うん。こっちの方向だけど」


 地図を開き、俺達は次の目的地を確認していた。


 その進路を確認した俺は一瞬、表情を曇らせる。


「どうしたの? ダーリン。何かあったの?」


「俺の生まれ故郷にこれから向かう事になる」


「え!? ダーリンの生まれ故郷!?」


 マリサは明らかに興味がありそうだった。


「暗殺者の国キールだ。だが、お前の期待をしているような国ではない」


「でもダーリンの素顔に近づけるんでしょ?」


「それは確かにそうかもしれない」


「それでダーリンを嫌いになるんだったらマリサの愛もその程度だってことよ」


「シン。私達は仲間よ。あなたにどんな過去があってもそれで何か変わったりしない」


「そう言って貰えて助かる」


 だが、俺は知っていた。どんな良好な関係も。どんなに信頼関係を築いていたとしても。ひとつの出来事でそれがいとも容易く崩れ去ってしまうという事を。


「けどどうやって入るの? 前はマリサがいたから魔道国マギカにはあっさり入る事ができたけど」


「難しくはない。キールは治安の悪い国だ。その為、入国の手間はない。未だに誘拐事件などが多発し、他国に奴隷として売り渡されている事も多いからな」


「うわっ……」


「適当な貨物に紛れ込んで入国しよう。どうせ大したチェックもしないさ。ズボラな国だからな」


「うん。わかったわ」


 ユフィは答える。俺達は適当な貨物に乗り込んで、蔑称暗殺者の国キールへ入国していった。


 ◆◆◆◆◆


「ぷはっ……」


「やだ。服がミカン臭くなっちゃう」


 俺達は行商人に頼み、キールに入国した。こういう事を商売にしている人間もいる。


「なぁ、いいだろ。無事入国できたんだし、約束通り手数料くれよぉ」


「ほら。やるよ」


 俺は行商人にチップを三枚渡す。


「へへ。まいど」


 行商人は去っていく。


「さて。これからどうするか」


「しばらくこの国を散策しない?」


「いいけど、面白い事はないぞ」


「いいの。ダーリンの生まれて、育った国なんでしょ。興味があるの」


「……そうか。好きにしろ」


 俺達はキールを散策する事にした。


「ただし暗くなるまでだぞ」


「はーい!」


 ◆◆◆◆◆


「兄ちゃん、兄ちゃん。良い薬あるよ」


「結構だ」


 薬の売人の男が話しかけてくる。断るがしつこかった。


「お姉ちゃんたちも、彼氏とキメ〇クする時、すっごく気持ちよくなれる薬があるんだぜ」


「うるさい。黙れ。消えろ」


 マリサは吐き捨てる。


「ちっ。んだよ。次行くか」


 男は吐き捨てて別の客を探しにいった。また別の男が話かけてきた。チャラそうな男である。


「お姉ちゃんたち、可愛いね。お姉ちゃんたちだったら、すぐに稼げるようになる、おいしい仕事があるんだよ」


「お断りです。消えてください」


「そんな事言わないでさ。見学、見学でいいんだよ。ちょっとうちの店覗きにくるだけでいいから。お嬢ちゃんたちならすぐにうちの指名ナンバーワンになれるよ」


 無視する。


「ちっ。次行くか」


「思っていた通り、治安の悪い国ね」


「ああ。キールは麻薬や売春も旺盛だ。そしてそれがこの国で唯一の資源にもなっている。そして、アンダーグラウンドな産業の温床になっている」


「警察組織はどうなっているの?」


 警察。もしくは自警団。そういった組織は国には設備されている事が多い。治安は組織により維持されるものだ。力にはより強い力で対抗するしかない。それが摂理といものだ。



「あるが、形骸化している。中にはドラッグ欲しさにわざと犯罪行為を見逃している警察官も多い」


「うわっ……」


「引いたか?」


「引いたけど、別にそれとダーリンに何の関係もないじゃない。だれだって親や生まれた国は選べないもの」


「それも確かにそうだ」


「兄ちゃん。良い女連れてるじゃねぇか」


 さっきより余程攻撃的な連中が現れた。武器を持っている。剣やナイフを持った盗賊団風の男達だ。


「きっひっひ。よこせよ、その女」


「高い値段で売れそうだ。勿論、俺達が楽しんだ後だから処女だったら多少は値が落ちるだろうけどな」


 俺は溜息を吐いた。


「当然、この手の手合いも出てくる」


「なんだ! てめぇ! やるっていうのか!」


「ぐわっ!」


 俺は男のうちの一人の顎を揺らし、一瞬で昏倒させる。


「くっ! なんだてめぇは!」


「待て! こいつは見たことがあるぞ!」


「……なんだと」


「3年前この国にいた暗殺者だ。暗殺者の教育機関にいた奴だ」


「なんだと……もしかしてシン・ヒョウガか。あの伝説の暗殺者の」


「あ、ああ! だからこいつに手を出すのはまずい」


 男達の雰囲気が一瞬で変わっていった。急にへりくだる。


「す、すみません……最近顔を見ていなかったもので」


「わかったならいい。その伸びている奴を連れて消えろ」


「は、はい! わかりました! 引きずってくぞ」


「おおっ。重いな。気絶している人間って」


 ずるずるずる。男達はどこかへ消えていく。


「シンって有名人なのね!」


 マリサが目を輝かせる。


「暗殺者としては有名になるのはデメリットでしかないんだがな」


 俺は溜息を吐く。


 その時だった。俺は気配を感じた。視線だ。遙か遠くからの視線。


「誰だ!?」


 俺は叫ぶ。


「……どうしたの? シン」


 ユフィは俺に聞いてくる。


「いや……何でもない」


 だが、俺は感じていた。殺気だ。そしてその気配。間違いない。俺でしか感じ取る事はできない。


 アリス。


 あいつは今もこの国にいるのか。




 

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