形なき魂すら即死させる

「なによ。あれは」


 目の前に闊歩しているのはデーモンであった。それも上級デーモンだ。Sランク相当のモンスターに該当とする。

 

「恐らくはマリサを襲ったデーモン。あれを召喚した人物と同じだろう」


「け、けど! 誰が! この王城には身内しかいないのよ!」


 マリサは叫ぶ。


「残念だが、身内を疑うより他にない」


「う、嘘! パパやママ、それからお兄ちゃんを疑えっていうの!?」


「そうだ」


 俺の推測が合っているとしたら、これから起こるのは悲しい出来事だ。


「け、けど、そんな……そんなのって」


「今はその事を考えている場合ではない。こいつ等を倒すぞ」


 この王城には複数の気配を感じた。数は7体だ。


「う、うん」


「ええ」


 マリサとユフィは構える。


ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 デーモンが襲い掛かってくる。


「スキル発動」


 俺は絶対即死スキルでデーモンを絶命させた。


グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 デーモンは断末魔をあげて果てる。


「さっすがダーリン! 頼りになるぅ!」


「次だ!」


 俺は次の標的を求めた。


 ◆◆◆◆◆


 そんな事をしている最中だった。レイドが姿を現す。


「お、お兄ちゃん! 危ないよ! デーモンが沢山いるんだからそんなうろついてちゃ!」


「気をつけろ。マリサ。なんだか様子がおかしい」


「え? まさか」


「だから言っただろう。このデーモンを召喚した敵はマリサの身内の中にいる可能性が高いって」


「で、でも! なんで! なんでお兄ちゃんが!?」


「クックックックック! アッハッハッハッハッハッハッハ! まさか気づいていなかったのかマリサ! 私がお前の存在をどれほど疎ましく思っていたのか。本人は気づいていなかったのか!」


「え? どういう事?」


「気づいていなかったなら教えてやろう。先日レジストデーモンを差し向けてお前を殺害しようとしたのはこの私だよ。兄であるレイド・マギカ本人だ」


「う、嘘! 嘘よ! なんでそんな事をお兄ちゃんが!!」


「だから言っただろう!? マリサ! お前の存在が私は疎ましかったんだよ! 天才として生まれたはずの私より、天才な妹が生まれたのだからなっ! お前なんて生まれない方が良いとどれほど思った事か!」


「で、でも、そんなのちょっとの差じゃん」


「全てを見下すはずだった私が見下される立場に回った。その事の意味がわかっていないのか!? 極めつけは先日、私は父マジクに王位の継承権を譲渡しない事を告げられたのだぞっ! マリサの方が優秀だから、王位はマリサに渡すと! ふざけるなよ! お前さえいなければ、私は問題なくこの魔道国マギカの国王になれたのに! お前さえいなければ!」


「そんな……そんな事って。私なんて生まれてこない方がよかったの? 私が生まれてきたからお兄ちゃんはこんなに苦しむ事になったの?」


「気をつけろ。マリサ。お前の兄は魔族に魅入られている」


「魔族?」


「魔界の住人だ。その影響で本来は使えない悪魔召喚を使えるようになったし、嗜虐性が増しているんだ。確かにお前を疎ましく思っていたのは本心かもしれない。そして、父親から伝えられた事柄もショックだっただろう。だが、本来彼はここまでやるような人間ではないはずだ。魔族に取りつかれているとしか思えない」


「お前さえ! お前さえいなければ!」


 レイドはものすごく強い魔力を放っている。


「マリサ……お前の兄を殺したら、俺を恨むか? 嫌いになるか?」


「え?」


「……そうだろうな。だが、それでいい。俺は暗殺者だ。殺すのが仕事だ。お前が思い描いているような白馬の王子様ではないのだからな」


「お兄ちゃんを殺すの?」


「必要であればそうする。仕方のない事だ。俺達が彼の為に死ぬわけにもいかない。それは彼の為にはならない」


「……けど。でも」


「死ね! 虫けらめがぁ!」


 レイドは魔力波を放つ。俺はその攻撃を避けた。


「スキル発動」


 絶対即死スキル。


「い、いやあああああああああああああああああああ! やだあああああああああああああああ! お兄ちゃんを死なせないでーーーーーーーーーーーーーーー!」


 マリサが叫ぶ。


「このゴミムシめがああああああああああああああああああああああああああ!」


 そうだ。誰かの死の果てに得た勝利など虚しいだけだ。俺はあんな虚しい勝利を二度と味わいたくはない。


 だから俺は彼に救う悪魔を即死させた。


「……ぐはっ。何を」


「俺の絶対即死スキルに例外はない。即死させる対象も自在だ。神でも悪魔でも。例え肉体がなくとも、魂だけを即死させる事ができる」


「……き、貴様は一体」


「ただの暗殺者(アサシン)だ」


 レイドは気を失った。


「お兄ちゃん!」


 マリサはレイドを抱き起す。


「しっかりして! お兄ちゃん!」


「わ、私は一体なにを……」


「お兄ちゃん……良かった。生きてた。本当によかった」


 マリサは涙を流していた。


「私は馬鹿だった……私の為にこんなに涙を流してくれる妹に劣等感を抱き、一方的に恨んでいた。すまない。マリサ。お前は私の事をこんなに想っていてくれたのに。ううっ……」


「当たり前じゃない。私達、他に一人としていない兄妹なんだから」


 レイドの中に巣くう魔族が滅んだ事で、デーモンも姿を消した。


「おーーーい! みんなーーーーーー!大丈夫だったか?」


「本当、もう何事かと」


 マジック国王、そして王妃もこちらにやってきた。


「どうやら。一件落着したようですね」


「ええ。そうみたいね」


「……すまない。マリサ、私は」


「いいのよ。お兄ちゃん。マリサの胸でいっぱい泣いても」


 レイドはマリサの胸で泣き続けていた。


「もう二人の世界に入っているわよね」


「放っておいてやれ。兄妹、水入らずでいたい状況なんだろう」


 俺達は二人をそっとしておいた。


 ◆◆◆◆◆


 翌日の事だった。俺達はマジック国王と対面していた。


「王位の継承権をレイドに譲る?」


「うん。お願い、パパ」


「なぜだ? マリサ。何か理由があるのか?」


「だって、マリサにはもっとやりたい事があるんだもん。ダーリン達と旅をするの。いつ終わるかもわからない旅。だから、その旅が終わるまで。この国には帰ってこれないかもしれない。それに、マリサは女の子だもん。ダーリンと幸せな家庭を築くかもしれないし。王様が務まるかなんて、わかんないよ」


「それもそうだな。私はマリサの意志を尊重するよ」


「お兄ちゃんはどうしているの?」


「今は自室で静養中だ。会っていくがいい」


「ええ。そうしてあげて」


 ◆◆◆◆◆


コンコン。


「誰だ?」


「お兄ちゃん、マリサだよ」


「マリサか」


「調子はどう?」


「回復魔法は受けた。傷はもう殆どない。後は精神的な問題だけだ」


「そうか。それは良かった」


「君はシン君と言ったな」


「はい」


「あまり覚えていないが、君が私を救ってくれたのだろう?」


「そうなりますかね」


「ありがとう。君になら、マリサを任せられるかもしれない。つまらない形式にこだわってすまなかった。私が馬鹿だったよ」


「いえ。そんな事はありません」


「それじゃあ、行こうか」


「マリサ、もうしばらく帰ってこないんだろう?」


「うん。そうなるかな」


「だけど、帰ってきたときは必ず元気な顔を見せろよ。私も立派になった姿を見せるように努力するつもりだ」


「何言ってるのよ!」

 

 マリサは笑顔で言う。


「お兄ちゃんは今でも十分立派じゃん! お兄ちゃんはマリサの自慢のお兄ちゃんなんだから!」


「……そうか。ありがとう、マリサ。お前も私の自慢の妹だ」


 去り際のレイドは寂しそうではあったが、それでも笑顔をしていた。


 ◆◆◆◆◆


 それは魔道国マギカを三人で出国した時の事だった。


「ダーリン。何が俺は『白馬の王子様じゃない』よ!」


「え?」


「マリサにとってダーリンは滅茶苦茶、白馬に乗った王子様だったし!」


 マリサは満面の笑みを浮かべた。



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