突然の混浴

「はぁ……」


 俺は溜息を吐いた。


食事の後、俺は王城の大浴場で風呂に入っていた。俺は風呂が嫌いである。不衛生を好んでいるわけではない。


ただ攻撃力も防御力も低下し、気が緩んでいるこの状況をあまり好ましく思っていないだけである。


 念の為に持ち込んだ護身用のダガーが俺の心を唯一安心させた。しかし何なのだ。マリサは食事時も「あーん」と言って食べさせようとしてくるし。食べづらくて仕方がなかった。


 その気づかれもある。俺は風呂に入った時、少々気が抜けていた。ここが王城という事もある。王城には厳重な警護があった。だが、これで大丈夫だとは思わない。何事も万が一という事はありえた。最強は不死身ではない。そして不死身も絶対ではない。どんな力であれど、油断をしていると足元を救われる事は絶対にある。俺もまたただの人間でしかない。


 ――そう思っていた時だった。風呂場から気配を感じる。


 敵か。ダガーを構え身構える。だが、一瞬で自分の判断が間違っていたと理解する。もっと風呂場に入ってきそうな人物がいたではないか。


「あっ! いたいた! ダーリン!」


「マリサ、お前! ってっ!」


 マリサは見事な裸体を晒していた。芸術的と言えるような裸体。無邪気な笑顔で乳房をたぷたぷ揺らしながら近づいてくる。


「何しにきたんだ! お前!」


「何って、決まってるじゃない! ダーリンのお背中を流しにきたのよ。未来の妻の務めよ」


「いや、背中を流しにきた事じゃない。俺が風呂に入っているのに、普通に裸で入ってきた事に関してだ」


「別に、ダーリンになら見られても平気だよ」


「お前が平気でも、俺が平気じゃない」


 暗殺術の中に感情を殺す術がある。精神支配だ。だが、その精神支配を持ってしてもマリサの裸体は些か刺激が強すぎる。辛うじて勃起を防いでいるくらいだ。

 

「あーっ。なになに!? ダーリンって童貞なの!?」


「……だ、だったとしてなんだ?」


「マリサには隠し事しても無駄だよ。だって私、解析(アナライズ)の魔法使えるもん」


 マリサは笑みを浮かべた。


「えいっ!」


 マリサは解析(アナライズ)の魔法を使った。


「や、やめっ!」


 今の俺は偽造用の魔晶石を持っていない俺は本来のステータスを曝け出す。持っていたとしても高位の魔法使いである彼女であるならば欺けなかった可能性があるが。


「うわっ! なにこのステータス! カンストしてるじゃないっ! こんなステータスみた事ない! やっぱりダーリンってすごい人だったんだ! 私の結婚相手にぴったり!」


「あまり口外するなマリサ。俺は暗殺者だ。噂が広まると好ましくない。やりづらくなるんだ」


「わかってるって。口外なんてしないよ。あははっ! やっぱり、ダーリン、童貞なんだ」


「童貞だからなんだ。お前はどうなんだ?」


 俺は解析の魔法を使えない。暗殺者だからだ。どれだけ強力なスキルやステータスを持っていたとしてもできない事は当然のように存在していた。


 その為にパーティーがある。俺達はお互いに補っていかなければならない。


「勿論、処女だよ。今まで付き合った事もないんだもん!」


「今は付き合ってるって事になるのか」


 俺は頭を抱えた。


「けど、だったら話は簡単じゃない。ダーリン」


 マリサは俺に馬乗りになってくる。柔らかい太ももが俺の太ももの上に乗る。マリサが顔を近づけてくる。今にも唇が重なりそうだ。その上に目線を下げると二つの膨らみもあった。


「ダーリンがマリサの処女を貰ってくれればいいの。そうすれば解決するよ。お互いに経験者になるでしょ」


「……俺は経験者になるつもりはない」


「えー。ダーリンって不能なの? それかもしかして男が好きなの?」


「どちらでもない。そんなわけあるか」


「パーティーメンバーと関係を持つのはご法度なんだ」


「そんなくだらない決まりマリサには通用しないよ。……マリサの口づけでダーリンの本能を目覚めさせてあげるんだから」


 マリサの唇が迫ってくる。心臓の音が高まる。精神支配をしているつもりなのだが。支配が完璧ではないようだ。


 ――と。その時だった。


「い、いないと思っていたらやっぱりこんなところに」


 マリサの行為を止めたのはユフィの出現だった。風呂場という事でユフィも当然裸だった。



◆◆◆◆◆


 俺の隣にはユフィとマリサがいる。突然混浴が始まった。


「……で? なんなの? なんであんたが私達の行為を止めるわけ」


「あんたではありません。私にはユフィという名があります」


「ユフィさ……あんた焼餅焼いてない?」


「や、焼餅なんてそんな!」


「あんた、ダーリンの事好きなんでしょ! そうだったら茶々入れる権利があるけど! そうだったらないわけじゃない!」


「それは確かにそうだけど。あなたみたいに感情むき出しの単純な思考回路で誰もが生きられるわけじゃないのよ!」


「ふーん。あんたの思考回路を覗きみてやるわよ」


「何するつもりよ?」


「私はマリサ・マギカ。魔道国の王女よ。魔法なら色々と使えるのよ」


「や、やめなさい! なんだかすごい嫌な予感がするわ!」


「洗脳魔法(マインドコントロール)」

 

 マリサは魔法を発動させる。


「や、やめっ! ぐっ!」


「さあ、ユフィ。素直になりなさい。素直な心に。あなたの心にかけてある鍵を開けるの。自由になるのよ。ふっふっふ」


 マリサは笑う。瞬間ユフィが急に大人しくなった。洗脳が完了したようだ。


「さあ、ユフィ。答えなさい。ダーリン――シン様の事をどう考えているの?」


「好き! 好き! 大好き! 初めて出会った時から一目惚れしていました!」


「そう。答えなさい。ユフィ。あなたはシン様とどうなりたいの?」


「それは勿論! 旅が終わったら、結婚して、子供を何人も作って、一生を添い遂げたいと思ってます!」


「ふう……あなたの気持ちはわかったわ。なんだ、化けの皮一枚はがせば私と一緒じゃないの。もういいわ。正気に戻ってよし」


 パチン、マリサは指を鳴らした。


「……はっ。私は何を」


 ユフィは正気に戻った。


「……そうだったのか。ユフィ」


 女性経験が極端にない俺でもそうまで言われると、流石に理解せざるを得なかった。


「ち、違うから!」


 ユフィは顔を真っ赤にしていた。のぼせているとかそういう理由ではないように思う。


「違うのか? さっきのは嘘なのか?」


「う、嘘じゃないけど。嘘じゃないけど。ああああああああああああああもう!」


 ユフィはどうやら開き直ったようだ。もはや誤魔化しきれないと理解したようだ。


「私もシンの事が好きだから! 目の前でいちゃつかれるとすっごいむかつくのよ!」


「いいじゃないの。恋は障害がある程燃えるもの。やっぱり好敵手(ライバル)の存在は不可欠よね。いいわっ。あなたの挑戦受けてたつわっ」


「いいわよっ。やってやろうじゃないっ!」


 二人は浴槽から立ち上がり、その見事な体を惜しげなく晒していた。


 バチバチバチ。視線で火花を散らしている。


 こうしてその日は過ぎていく。しかしこの後、魔道国マギカでの滞在は思わぬ方向に事態が進んでいく事になる。

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