王子、シンの凄さに気づき始める

王国ケセウス。そこはかつて暗殺者であるシンが働いていた王国である。


「ははっ! 酒だっ! 酒持ってこい!」


 呑気にカイン王子は酒を飲んでいた。しかも真昼間からである。そのほかにもテーブルには豪華な食事が並んでいた。


「王子、随分と機嫌が良いのね」


 横にいた美女が王子に寄り添う。単に王子の金と地位が目当てというだけの遊女だ。


「ああ……目障りな奴を消せたからな」


「目障りな奴? 誰それ?」


「隣国へと遠征した時に何もせずにぼーっと突っ立っていただけの役立たずの男だよ。私が葉巻を咥えているのに火をつけようともしない」


「へー。気がきかない奴なのね」


「ああ。その上に虚言癖があるんだ。Sランクのモンスターを倒したのは俺だ! とか。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけばいいというものを」


「へー。でもいいじゃない。もう二度と顔を会わせる事もないんでしょ」


「その通りだ。だからせいせいして飲む酒が旨いんだ!」


 ――と。その時だった。


「王子!!」


「ん?」


 使用人が宴会場に入ってきた。


「なんだ!? 見てわからぬのか! 私は今楽しんでいる最中であるぞ!」


「申し訳ありません! 王子! なんでも隣国からの使者が来たそうです!」


「使者!?」


「国王は別件で不在の為、王子が面会した方がよろしいかと思いまして」


「わかった。行こう」


 王子カインは謁見の間へ向かった。


 謁見の間には使者がいた。


「王子カインです」


 玉座に腰をかけるカイン。距離が離れている為酒臭い息も気にはならないであろう。


「御面会ありがとうございます。私は隣国であるトリスティアから参りました使者であります」


「この度はいかようでこられたのですか? トリスティアの使者よ」


「はい。実は我々の国境内にSランクの大変危険なモンスターが出現しまして。それも2体も。私達はそのモンスターを発見した時、大変肝を冷やしておりました。恐ろしい被害を被る事が予見できたからです」


「はぁ……」


「それがなんと2体とも既に討伐されてはいたではないですか。私達はモンスターを迎え撃つべく、大量の軍隊を用意している最中でした。ですのでその死骸を見た時は大変驚いた次第であります。倒すべきモンスターが既に死体となっているのですから。ですがその結果多くの人命を救う事になりました。恐らく、何千、何万という兵を失った事でしょう」


「それがどうしたのですか? 我が王国と何の関係があるのです?」


「自国内でその英雄、もしくは英雄パーティーを探し回ったのですが、一向に見つからないのです。虚偽の申請はありましたが、実力を試してみたらてんでからっきしで。とてもSランクのモンスターを倒せる実力者とは思えませんでした。それで自国でないなら、他国にいるのではないかと思い、隣国であるこの王国を訪問させて頂いた限りです。王子カイン殿。何かその英雄、もしくは英雄パーティーなどに心当たりはございませんか?」


「Sランクのモンスター、それも2体?」


 間違いない。道中で見たベヒーモスとダークドラゴンの死骸の事だ。死骸の状況から見て、倒されたのはつい最近の事と思われた。肉が腐っておらず、新鮮だったためだ。


「私どもも遠征の際、偶然にもそのモンスターの死骸と遭遇しておりますが。残念ながら倒した人物までは見ておりませんでした」


「そうですか。何か心当たりはありませんでしたか? どんな僅かな情報でもいいのです」


「僅かな情報ですか。ふーむ」


 その時王子カインの頭にあの黒装束の暗殺者が浮かんできた。


「そういえば、我々のパーティーに同行していた男がSランクのモンスターを倒しただとか、戯言を言っておりましたな」


「な、なんですと!? それは本当ですか!?」


「ですが間違いなく戯言です。そやつは我々と同行していたのです。目を離したのは一瞬の事です。その瞬間にSランクのモンスターを倒せるはずがありません。しかも一人でですよ。そんな事あるわけがありません」


「少し気がかりです。是非、その方に会わせてください」


「残念ながらそいつは王宮をやめて出ていきました」


 王子は自分がクビにして、追い出した事は黙っておいた。


「そうですか……それは残念です」


「残念に思う事がありますか。そやつの言っている事はどうせ嘘です。一瞬でそんなことができるはずがありません。英雄はきっと他に存在しているのですよ」


「……そうですか。いつかその英雄に会えるといいのですが。国をあげてお礼をさせて頂きたいとトリスティアの国王は考えているようです」


「ふむ……愚かな奴よの。それなりの褒美が貰え、私のように何不自由しない生活を送れるだろうに。成果を名乗り出ないとは」


「王子!」


「なんだ!? 騒々しい」


 また別の使用人が入ってきた。


「国境付近に、Sランクのモンスターであるミノタウルスキングが出現したそうです!」


「なんだと!? Sランクのモンスターが! 危険じゃないか! それでどうなった? 兵を出す必要はあるか」


「それが既に危険はないようです。勇者ユフィ率いるパーティーがそのモンスターを討伐していきました」


「ふう……なんだ。よかった。取り越し苦労か」


「おかしいですな」


「ん?」


「勇者ユフィは信託により選ばれた勇者ではありますが、まだ旅を始めたばかりだと聞きます。とてもいきなりSランクのモンスターを倒せるとは思えませぬ」


「……そうなのですか」


「ええ。誰かが加勢したと考えるのが自然です。そしてその人物はベヒーモスとダークドラゴンを討伐した人物と同一人物と考えられます。点と点が線で結ばれてきたしたぞ。それでミノタウルスキングはどこで出現したのですか?」


「国境付近のラナという村です。取り立てて言う事のない辺鄙な村になります」


「ありがとうございます。早速向かってみます。それでは王子、私達はこれにて失礼します。この度は貴重なお時間ありがとうございました」


 トリスティアの使者はそう言い残し帰っていった。


 王子は考え事をしていた。何となく頭の中にあのシンという暗殺者の男が思い浮かんだのである。


 まさかな。


 そうは思った。だが、気がかりだ。


「少し調べて欲しい事がある」


「はい。なんでしょうか」


「あの暗殺者。シンの過去の素性を洗え。そしてそれから現在の動向もだ」


 まさかだとは考えた。あのシンの戯言。だが、あの時の戯言が真実なのだとしたら。我等の王国に大きな損失だったのではないか。

 王子カインはそう考えたのである。


 だが、この時はまさかとしか思っていなかった。だが、この後、その疑念は確信に変わっていくのであった。



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