三十六話 彼女の素直な言葉は…
背中に原田の熱い息が再び感じられた。顔を伏せたのだろう。
まさかここで、十八歳の少女を背負うことになるとは想定外だったけれど、一刻も早く家のベッドで寝せてやりたかったのがまずひとつ。
俺が食べている間に、うとうとしていた原田の力が抜けて横に崩れかけたとき
思っていたよりも驚くほど軽かった……。これなら十分に家まで連れていける自信もあった。
「原田、俺を待っていてくれたんだってな」
聞こえているかは関係ない。菜都実さんからも、昼過ぎくらいから調子が悪そうだったけれど、俺の帰りを待っていたと話してくれたからだ。
「うん……」
「いつも、ありがとうな」
「うん……」
この反応はきっと、無意識で頷いているのだろうと思った。
だから、これまで何度も言いかけては殺していた言葉を呟くことにした。
「俺もな……、原田が待っていてくれると思うと急いで帰りたくなる。原田はどうなんだろう……?」
きっと、「うん」と頷くだけだと思った。
「私……、先生と一緒の時間が嬉しい……。このままずっと続けていたい……」
俺の妄想が造り上げた空耳か? 一度立ち止まる。
耳元に、原田の熱い息を感じる。やはり高熱で苦しいのは確かなのだろう。
「先生……が……、好きなの……。いま……でもずっと。お父…さん、お母さん……お願い……一緒に…いさせて」
なんとか振り向くと、彼女の瞳は閉じられたままだった。
急いで家に連れて帰ると、先に帰っていた両親が出迎えてくれた。
「こんな重い子をありがとうございました。あとは私がやります。ほら結花、先生から離れなさい」
「やだっ……、先生のこと、許してくれるって言ってたのに。嫌だよぉ……」
代わろうとした彼女の父親と互いに思わず顔を見合わせてしまう。
「先生、申し訳ないのですが、そのまま部屋までお願いしてもよろしいですか」
彼女が履いていた革靴を脱がせてもらい、玄関から二階だという彼女の部屋に上がっていく。踊り場とドア枠にぶつけないように気をつけて、暗い部屋のベッドに腰を下ろした。
「ほら原田、ベッドまで来たぞ。横になれるか?」
目をつぶったままだけど、ようやく手を離してベッドの上に横たわった。
「先生……、行かないで……。一人はいや……」
きっと、現実と夢の中が朦朧と混乱しているのだろう。
「原田、安心しろ。俺はここにいる」
汗ばんでいる手を握ってやると、ようやく落ち着いたような寝息に変わった。
起こさないようにそっと毛布を掛けてやると、水枕と額に乗せる濡れタオルを持ってきた父親が入ってきて微笑んだ。
服は様子が落ち着いたら母親が着替えさせてくれるそうだ。
「先生の前の方がこの子は素直になるようですな。気になさることはありません。私も妻も、結花のことは本人に決めさせると話し合ったのですよ」
部屋を再び暗くしてやり、その日は送ってもらった礼を言われ原田邸を後にした。
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