身分制度を定めるギャル「ピ農工商」

まちだ きい(旧神邪エリス)

ピ農工商に翻弄される青年

「付き合ってください!」

「え、普通に無理です」


 俺、玉砕。

 当たって砕けろの精神で挑んだ20回目の告白はまたもや失敗に終わった。


「……くっ」

「ウワサになってますよ。手当たり次第に告白してピになろうと必死だって」

「俺だって必死なんだ……だって、早くピにならないと……」


 3年前、総理大臣が交代してから日本はおかしくなった。べらぼうに、明らかに、異常なほど、この日本国は混沌を極めているのだ。総理の名前は東雲陽菜乃しののめひなの。第100代内閣総理大臣にして、日本初の金髪ギャル総理である。

 発足当初は短命に終わると予想されたギャル内閣であったが、ギャルの素朴な気持ちを反映した政策がまさかの大好評。「パーセントの計算とかマジむり」という理由で消費税を廃止し、「ありえないっしょ」という理由で百合に挟まるオトコを死刑にするなど国民に寄り添う政治を体現し、発足から3年を迎えてもなお驚異的な支持率を保っている。


 『ピ農工商』

 それが東雲総理が発案した地上最悪の身分制度である。

 誰かの彼ピであれば公的な地位が与えられるという、非モテを奈落の底に落とす為に作られたかのようなその身分制度のせいで、大学四年生である俺――日元輝樹ひもとてるきは今のように手当り次第に告白し、必死になって汗をかいている。普段大学がない日はアニメ鑑賞をしたりVTuberの配信を見漁ったりと家に引きこもってオタ活をしているので、正直体力はもうほぼない。

 ちなみにこの時代、知識層は社会的に最底辺の身分である。(総理の「ムズいこと言ってくるヤツってイミフじゃね?」という理由から)ノーベル賞を期待されていた偉い学者や、医者、あるいは過去に幅を利かせていたネット論者は総じて最底辺の位に落っこちて、確かその八割はギャル男やギャルになる為勉強中らしい。


※※※


「また振られたの? これで何回目?」

「20回だ」

「あはは、それはちょっと多いね」


 大学近くのカフェにて。

 俺は幼なじみの女、三浦六花みうらりっかに振られたことを報告した。

 六花は良い奴だ。こんな非モテのオタクにも優しくしてくれるし、俺の事を「テルッち」と愛称で呼んでくれる。今日だって俺が「会いたい」と言ったら「私もテルッちと話したいことがある」と言って、こうして今は席を共にしている。それに六花は滅茶苦茶可愛い。アーモンド型の目は綺麗だし、ツンと尖った鼻はどこか知的な雰囲気が漂ってそそられるし、リップの塗られた艶やかな唇は蠱惑的な魅力がある。俺は彼女のことが密かに好きだ。


「どうすれば彼女できるかなぁ……」

「テルッちってアニメ好きでしょ? 最近は恋愛モノが話題って聞くじゃん。それ見て勉強してみるのは?」

「とら○ラ!は観てるな。まああんな恋ができたらいいけど、難しいよ俺には」


 ちなみに俺は亜美ちゃん派である。

 周りに合わせて頭悪いキャラを演じているずる賢い小悪魔系大人少女、マジ天使。


 ひとしきり俺は六花に恋愛相談をする。

 と、そんな時彼女がポツリと言う。


「テルッちって大学卒業して来年からサラリーマンだっけ」

「ああ、ピ農工商の中では最底辺の職だよ。でも俺あんまり成績良くないし、会社員くらいしか就ける職がないんだよなぁ」

「めちゃモテ論の単位落としたんだってね。担当教員だれだっけ」

「田中先生だよ。確か元ナンパ師でヒモだったとかの」

「あー、あの先生か。他の教員とか事務員さん口説きまくってるらしいね。でも『ナンパ』って今の時代なくてはならないコミュニケーションのひとつになってるし、断れないんだよね」

「はぁ、変な時代だよなー。俺もう生きてけないよ……2次元に行きてぇ」


 俺がため息をつくと、六花は慰めるように、


「テルッちはさ、根はいい子なんだよ? ねぇ覚えるかな。小学校の頃、泣いてる私を助けてくれたよね」

「そんな事あったっけ」

「あったよー。忘れたの? もぉ……確かアレは私がイジメられてた時だよ――」


 小学校低学年の頃、六花は虚弱体質であまり学校に来れなかった。だから久しぶりに登校すると、サボってるだのズルだの散々からかわれていたんだ。俺は見てられなくて、イジメっ子の間に入って、六花を助けた。結局次のイジメのターゲットが俺になったが、その代わり彼女をイジメる者はいなくなっていた。


「あの時のテルッち……格好良かったよ」

「大したことは……してないよ」

「ううん、そんな事ない。テルッち……いいや、輝樹てるきがいなかったら、私生きてなかったかも。だから、ありがとうね」

「六花……」


 六花は顔を赤らめ、ソワソワしている。

 俺にはその様子がまるで誰かを待っているかのように見えた。そうだ。六花は待っているんだ。俺が告白するのを、俺にまた守ってもらうのを、ずっと待っていたんだ。

 だったら言わなければならない。男としては、この機会を逃すわけにはいかないのだ。


「六花」

「ん?」


 俺と六花は見つめ合う。

 目線と目線が合う。彼女は俺の方向を見て、ぱあっと笑顔になる。

 深呼吸して、俺は言い放った。


「俺と付き合って……――――」



「ごめん。それは無理。テルッちを死刑にしたくないから」

「…………えっ……?」


 刹那、後ろから明るい声が聞こえる。


「六花先輩、お待たせしましたー」

木花きはなちゃん! 大丈夫、待ってないよ」


 ココア色のボブカットをなびかせた女が立花の前に座り、二人は俺に見えるように仲良く手を繋いでみせた。


「今日はテルッちにご報告があります。親友のテルッちには一番に報告したくて……その、ね……?」


 六花は俺にも見せた事のない本当に幸せそうな笑顔で、あまりにも残酷な報告をした。その瞬間、俺の目の前が真っ黒になったのは当然の話で。



「私達、付き合うことになりました……」


 この日本では百合に挟まる男は死刑である。略奪愛なんてもってのほかだ。

 俺は六花のことが好きだ。彼女には幸せになって欲しい。だからイジメっ子から助けたし、付き合って幸せにしたいと思った。

 だけど、その気持ちは今この時をもって大罪になったのだ。好きな人を好きでいるだけで、生命の危機があるのだ。


 六花達はその後も俺の前でイチャつき、手を繋ぐだけではなく、キスなどもした。

 俺はただ見ているだけだった。何も手が出せない。目の前で好きな人が好きな人とイチャコラしているのをただ見ていることしかできない。……ああ、理不尽なこの世にどうか終わりが来ますように。





 


 

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