——決着——

 ジョーはドクターの攻撃を避けながら考える。


( このままじゃ負ける! 左手も使って攻撃されたら避けきれないよっ!)


 ドクターは未だに右手だけで光の刃を飛ばしていた。もしも両手で刃を飛ばせるなら、その量は倍になる。そうなってはジョーに勝ち目は無かった。


( モモねぇ早くきてっ!)


 時折聴こえてくる発砲音は、モモが今も戦っていることを教えてくれる。ジョーはモモの救援を諦め、転がって刃を避けた際に五センチ程の石コロを拾い上げる。


( 人に頼ってちゃダメだ! 僕は男なんだ、一人で倒さないと!)


 ジョーは決意し、最後の体力を使って石コロをドクター向かって投げる。溜めた時間は僅か三秒、当たることを願いそのまま倒れ込むジョー。


 通常時速六十キロの速度で投げるジョーの投石。今は三秒溜めたことにより、その速度は百八十キロに達していた。


 ドクターはジョーが投げたナニかを認識していた。それは真っ直ぐと自らに向かって飛んでくる。


( どうでもいい……)


 ジョーの投げた石コロは、避ける気のないドクターの右脚に命中した。ドスンと音を鳴らし、痛みが身体の中心を駆け抜ける。苦痛に顔を歪め、右手を振るい、倒れるジョーに向かって刃を飛ばす。


「ハハッ、もう避ける体力ないや……」


 アスファルトを切り裂き、真っ直ぐと飛んでくる光の刃を見つめ、目を閉じるジョー。


 ガキンッと音がして、ジョーを包む緑に輝くシールドが発動した。


「……お父さん?」


 ジョーは気力を振り絞り、立ち上がる。淡く光るシールドが『まだやれる』、そう語りかけてくるようだった。


 ジョーの投石により、久方ぶりに痛みを感じたドクター。そのせいか攻撃に、僅かばかりの感情が乗っていた。


 ジョーは叫び、ドクターに向かって走る。ドクターから飛んでくる刃は、全てシールドが防いでいた。


 右の拳を握り、ドクターの顔面を殴る。それはGiveギヴで力を溜めていない、少年の拳だった。


 ドクターは右脚にウケた投石のダメージもあり、ジョーの攻撃を受け背中から倒れ込む。


 ジョーは止めを刺そうとドクターを股越し、拳に力を溜める。


 視線が交わる二人。ジョーはドクターの、光が失われた瞳を見て躊躇ちゅうちょしてしまう。


「やめてっ!!」


 ジョーを押し退け、倒れるドクターの前に両手を広げて立ち塞がるナース服の女。


「兄さんを殺さないでっ!」


 呆気に取られているジョーの肩を叩くモモ。


「私達は何も悪いことはしてない、屋上の人達だって連れてきたのはアイツらよ!」


 涙を流して訴え掛けるミア。


「確かに兄さんはモンスターを使ってキメラを作ったわ、でも人間相手の改造はしなかった! お願いよ、お願いだから話を聞いて……」


 ミアはドクターの過去を話始める。濁った瞳で空を見上げるドクターの横で。



♦︎♦︎♦︎


 

 病室の扉を開け、飛び込んでくる一人の若い医者。彼は窓際のベットに腰掛ける女性にかけ寄り話かける。


「ハスミ聞いてくれっ! またGiveギヴを使って移植手術に成功したんだ! HLA型の適合率も低かったのに拒絶反応も全くない! 本物だよこの力は」


 世界にGiveギヴの種がかれ、二日目の晴れた日の出来事。開け放たれた窓から風が吹き、蝉の鳴き声と乾いた夏の香りが部屋を満たす。


「コレからドンドン人を助けなきゃいけないわね」


 微笑みながら返事を返すハスミ。風に揺れる髪の毛を、右手で耳にかける。


「あぁ、コレから忙しくなるぞ! でもその前にその手を治す。待ってろハスミ」


 ベットに腰掛け、妻の右手を握る。オデコにキスをして病室を出て行くドクター。入れ替わるように部屋に入ってくるナース。笑いながらハスミに話かける。


「兄さん又来てたの? あの人今、凄く忙しいはずなんだけどね」


 ナースはハスミに近付き、彼女の左腕を持ち上げ、包帯を取り替える。


「痛くない?」


 包帯を全て取り、傷口を見ながら質問する。そこには手首から先が無かった。


「うん、今は麻酔が効いてるから痛くないわ」


 一週間前に交通事故にあい、左手を失っていたハスミ。事故の痛みや悲しみよりも、今はGiveギヴを得て元気を取り戻した夫の姿が只々嬉しかった。


「それよりミアも忙しいんじゃないの? 私のことは大丈夫だから仕事に戻って」


 ミアはハスミの包帯を、三時間に一回取替えに来ていた。


「大丈夫よ。今は色んな能力の人がいるから、患者だってドンドン退院してるのよ。このままじゃ私の仕事が無くなっちゃうわ」


 新しい包帯を巻きながら笑うミア。釣られてハスミも笑っていた。



 次の日、病院の様子はガラリと変わっていた。次々と運ばれる怪我人や病人の対処に追われる医者や看護師達。ハスミの夫も朝、顔を出したきり来ていなかった。


「姉さん元気?」


 病室の扉を開け顔を出すミア。


「随分と外が騒がしいようだけど、大丈夫なの?」


 ハスミが心配したようにミアに話かける。


「全然大丈夫よ、ちょっと忙しいだけ。又後で顔を出すから、何かあったらナースコール鳴らしてね!」


 ミアはそそくさと病室を後にする。


 ドクターは忙しなく仕事をこなしていた。対処した患者の数の数倍、怪我人が入ってきている。


「どうなってるんだ!?」


 サポートする看護師に話かける。首を横に振り、分からないと答えが返ってくる。


 怪我人の様子がいつもと違っていた。夏の暑い時期に、全身凍傷を負い運ばれる男性。何かの薬品をかけられたのか、皮膚がただれている女性。明らかに刃物で切り裂かれた子供の姿もあった。


 病院に次々と雪崩れ込んでくる人々。電話は鳴り止まず、人も機材も足りなかった。


 突如として響く警報の音が、騒がしい病室を満たす。ナニかが病院の中で起こっていた。


 ドクターは目の前に横たわる、既に心臓が止まった患者を見下ろす。手は尽くしていたが、手遅れだった。


 メスを置き、手術室を後にする。背中から看護師の叫ぶ声が聞こえたが、今は妻のことが脳内を占めていた。


 行き交う人混みをかき分け、妻のいる病室へと走る。至る所から、叫び声や悲鳴が聞こえてくる。


( 頼む! 頼む無事でいてくれっ!!)


 妻のいる病室の取っ手を掴み、勢いよく開く。そこには窓のふちに脚をかける青年の姿と、胸から血を流し横たえる妻の姿があった。


「ハスミッ!?」


 男の声に振り返る青年。ドクターに向け、手を鉄砲の形にし、人差し指を向けている。


「バン」


 青年の指からナニかが発射され、ドクターの耳を掠める。


「あちゃー! 連続キル、十三で止まっちゃったか〜」


 何が起きているのか理解出来ないドクター。無意識に右手を振り、青年に光の刃を飛ばす。刃は青年の肩を切り裂いた。痛みに顔を歪め、窓から飛び降りる青年。


「何故だ? 何が起こってるんだ!?」


 妻に駆け寄るドクター。医者だからこそ、既に手遅れなことが分かってしまう。ハスミはもう、息絶えていた。


 それからどれ位の時間が経っただろう。病室の扉が開き、ミアが飛び込んでくる。


「姉さん! 避難命令が出た……わ……」


 ミアの口が塞がる。目の前には血液で真っ赤に染まった服を着た姉の姿と、左手から血を流す義兄の姿だった。


 ドクターは自らの左手を、ハスミに移植していた。彼女が天国でも困らないようにと。


 妻の両手を重ね合わせる。ハスミの右手とドクターの左手が重なり、心なしか安らいだ表情に見えた。


「傷の手当てをっ!」


 ミアの言葉を手の無い左腕を上げ制止する。


「どうでもいいんだ……」


 ドクターは妻と義妹を残し部屋を後にする。


 騒がしい通路を、ゆっくりと歩く。


 モンスターに襲われる老婆の姿があった。


(どうでもいい)


 血を流し助けを求める同僚の姿があった。


(どうでもいい)


 髪の毛を掴まれ殴られる青年がいた。


(どうでもいい)


 ドクターは、一歩進むごとに心を落としていく。


 恐れを落として、怒りを落として、悲しみを落として、喜びを捨てて。


 空になり、歩き続ける。





 





 

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