転校先で知り合った彼女はどこか抜けてる。
越山明佳
第1章
第1話
父さんが事故で亡くなった。
帰宅してから
突然のことで驚いた。
父さんが亡くなってから今までのなにげない日々が幸せだったのだと感じるようになる。とはいえ、いつまでも哀しんでいるわけにはいかなかった。
母さんは知り合いの紹介で職を得る。
家と職場との距離が遠いことと、住んでいた
1LDKのアパート。母さん、俺、妹、弟の4人暮らし。ぎりぎり生活できる広さだ。階段で転げ落ちることを心配して1階の部屋を借りた。
今日は俺、
仕事に
小学二年生で妹の
俺も制服に着替えて朝食の
俺はマーガリン。愛春はイチゴジャム。慶太はチョコ。それぞれ食パンに
大したことではないのだけれど、
食べ終えたら歯を
食器やコップは帰ってから洗う。汚れたままにして家を出た。
集団登校の愛春と途中で別れ、慶太を保育園に連れていく。
俺の高校と弟の保育園はアパートから同じ方向にある。方向は同じだが保育園に弟を送ると少し遠回りだ。
「この間はどうも! 助かったわ。これお礼にどうぞ」
向かう途中、近所に住む
脱走した飼い犬を捕獲して届けたことがある。その際にお礼としてリンゴを貰ったのは記憶に新しい。
なぜかリンゴを持ち歩いていて、それを差し出される。今日もリンゴを貰うことになった。
人の
「ありがとうございます。また、なにかあれば言ってください」
「あら、助かるわ。おっと! それじゃ、またね。ポニーちゃん。行くわよ」
犬の散歩途中らしい。犬に急かされて去っていく。犬種は人懐っこいことで名高いトイプードルだ。名前はポニー。犬なのに……。
慶太はポニーとじゃれていたようで手に犬の毛を付けている。
「あとでちゃんと手を洗うんだぞ」
聞いていないのか。返事はない。
「おにいちゃん、それなに?」
「リンゴだ。夕食にでも食べような」
「うん!」
保育園に着くと
容姿が整っている美人なお姉さん。胸の辺りまで伸ばしたおさげの髪は子供たちに遊ばれていそうだ。20代前半であろうと思われる。
「おはようございます」
「おはよう。高校生なのに偉いわね」
「いえいえ、
「はい。
「おにいちゃん。ばいばい」
「
俺が
「それではよろしくお願いします」
「はい。いってらっしゃい」
一人になって考え事をする。
今の問題はなにか。
母さんの帰りが遅いため、夕食は俺が作っている。コンビニ弁当だと栄養が
夕食の準備をしていると
キッチンには
キッチンに近づいて来ないときはふたりで遊んでいる。それが一番いいのだろうが、ケンカすることがある。
お互いに相手が悪いと言うばかりでなんで泣いているのかわからない。
その場にいればケンカにならないようにできるだろうが、料理で手一杯な俺にはできない。近所迷惑になるからとにかく泣かないでくれと祈るばかりだ。
夕食の準備、もしくはふたりの相手をしてくれる人がいれば助かる。だれかいないかな。
父さんがいれば…………そんなこと考えてはダメだ! 父さんがいなくてもなんとかしないと。
ひとりは小学生かと思えるほどに低身長だが、俺がこれから通う高校の制服を着ている。
髪はピンク色のツインテール。なにか嫌がっているようだ。首と手を横に振って
他のふたりは私服で容姿からして大学生かと思われる。
いかにも遊び歩いているという
ひとりは
見た感じナンパしているようだ。
「
「いいじゃん。どうせ退屈でまともに授業を受けてないんだろう?」
「そんなことありません! ちゃんと受けてます!」
「
俺は年の離れた妹と弟の面倒をみているためか、困っている人を放っておけない。
「なんだよ。テメェ――」
金髪の男が俺に近づいて
諦めてくれたのか、2人の男は静かにその場から去っていく。
転校初日から暴力ざたなんてありえないと
たが、
「あ……あの……ありがとうございます」
「え……あ……いや……ケガはない?」
「はい! おかげさまで! それであの……」
「あ!」
ピンク髪の女の子はなにか言いたそうにしていたが、商店街にある時計台をみて、時間が迫っていることに気づいた。
「悪い! また、ナンパされないように気をつけろよ!」
「え? あ……」
学校に到着。
ダッシュで向かったため、遅刻を回避できた。
当日、連絡したいことがあるからと担任から早めに来るようにと言われている。
校内に入り職員室へと向かう。転校の手続きの際に場所を確認していたため迷わず着いた。
「失礼します。今日、転校してきました
「やっと来たか」
「すみません。遅かったですよね」
「自覚があるならいいよ。それより、なんだそのビニール袋は?」
「これは近所の人に頂いたリンゴです」
「……そうか。まぁいいか」
担任の
資料の中には部活動の一覧が
小学生時代のスイミングスクールから続けていたが、水泳部に入ることはないだろう。妹や弟の面倒があるからな。
「教室に入ったら軽く
「いえ、ありません」
「それじゃ、行くぞ!
初陣って……
転校手続きの際にできる限りこの学校のことが知りたくて見て回っていたが、荒れているという感じではなかった。窓ガラスは
だからといって、優れているという感じもしない。普通の学校という印象だ。
ガラガラ。教室に入る。
「時は来た。みんな席に着け」
岡田先生の言葉に従い、バタバタと音を立てながら席に着いていく。
教室内がざわめきだす。転校生が珍しいのか、
もしかしたら手に
それはともかく、教室に入ってすぐ気づいたことがある。
一番後ろの席に今朝の商店街でナンパされていたピンク色ツインテールの女子がいる。
ついさっきまで前の席にいるポニーテールの子と話していたようだ。教室に入った際、ポニーテールの子の
ほどなくして、岡田先生が黒板に俺の名前を書いて話を切り出す。
「転校生の
「今日からこの学校に転校してきました
「白木の席は後ろの
岡田先生は一番後ろの空いている席を指差した。教室に入ってから気にしていたピンク色ツインテール女子の隣だ。
ずっと気にしていたこともあり、どの席を指しているのかすぐにわかり移動した。
……園田っていうのか。
俺が席に着くと岡田先生が連絡事項を伝える。
その間、隣の席で園田がそわそわしている。なにか言いたそうだ。
朝のSHRを終え授業が始まる。
授業間の休み時間の度に俺はクラスメイトに囲まれて
兄妹はいるか。部活に入るのか。趣味はなにか。リンゴが好きなのか。料理はできるのか。当たり障りない質問ばかりだ。
ただ、園田とは話せていない。
話しかけたそうにしているが、人の輪に入れないようだ。休み時間は毎回、前の席にいるポニーテールの子と話している。
俺になにか言いたいことがあるのだろうか。
だがお礼は今朝、その場で言われたし。
そういえば、別れ際にもなにか言いたげだったな。
ただ、クラスメイトを
放課後。さすがにみんな部活やバイトなんかで忙しいようだ。俺の周りに人だかりはなかった。
「あ……あの!」
帰り支度をしていると、園田に声を掛けられた。ポニーテールの女子も一緒だ。
「今朝はありがとうございました!」
頭を深々と下げてツインテールを揺らす。なんだか恥ずかしい。
「いや、いいって。そんなお礼を言われるようなことしてないし」
「そんなことありません!」
俺は困っている人を放っておけないというだけで本当に大したことはしていない。
この時、園田の顔を初めてちゃんと見れた気がした。
子犬のようなまんまるとした目で愛らしい。甘えん坊な笑顔から兄、もしくは姉がいることを聞かなくてもわかる。妹や弟も同じだからな。
「それで……あの……お礼に夕食を作らせてください!」
「は⁉ あんた。なに言って……」
「よろしく頼む!」
ポニーテールの子が止めに入ろうとしていたが気にしない。
人の厚意は快く受け取れ!
そう親に教わってきた。厚意を受け取ることで受け取る側も、受け取られる側も幸せになれるからだ。
園田の厚意もありがたく受け取らせていただこう。
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