転校先で知り合った彼女はどこか抜けてる。

越山明佳

第1章

第1話

 父さんが事故で亡くなった。


 帰宅してから醤油しょうゆを買い忘れたことに気づいて、一人で買い物に出掛でかけた際に、スーパーの駐車場で高齢ドライバーのアクセルとブレーキの踏み間違えに巻き込まれてしまう。


 突然のことで驚いた。


 父さんが亡くなってから今までのなにげない日々が幸せだったのだと感じるようになる。とはいえ、いつまでも哀しんでいるわけにはいかなかった。


 母さんは知り合いの紹介で職を得る。


 家と職場との距離が遠いことと、住んでいた一戸建いっこだてを維持できるだけの経済力がないため、俺たち家族は引っ越すことになった。


 1LDKのアパート。母さん、俺、妹、弟の4人暮らし。ぎりぎり生活できる広さだ。階段で転げ落ちることを心配して1階の部屋を借りた。




 今日は俺、白木しらき純慶すみよしがこれから通うこととなる高校の初登校日。


 仕事に出掛でかける前の母さんに起こされる。


 小学二年生で妹の愛春あいはと、保育園がよいで弟の慶太けいたを送る関係があり、ここで起きないと遅刻してしまう。


 ねむたげなふたりを起こして必要とあらば着替えを手伝う。出来れば自分で着替えた方がいいのだろうが、時間は待ってくれない。


 俺も制服に着替えて朝食の支度したく。支度といっても、食パンを焼いてこのみのスプレッドをるのと一杯の牛乳を準備するだけだ。


 愛春あいは慶太けいたに起きているかと声をかけつつ、そそくさと準備を進める。


 俺はマーガリン。愛春はイチゴジャム。慶太はチョコ。それぞれ食パンに適量てきりょうる。


 大したことではないのだけれど、兄貴あにきらしいことをしている気になれてうれしい。


 食べ終えたら歯をみがく。ここでもふたりは眠たげ。そんな表情が愛らしい。


 食器やコップは帰ってから洗う。汚れたままにして家を出た。


 集団登校の愛春と途中で別れ、慶太を保育園に連れていく。


 俺の高校と弟の保育園はアパートから同じ方向にある。方向は同じだが保育園に弟を送ると少し遠回りだ。


「この間はどうも! 助かったわ。これお礼にどうぞ」


 向かう途中、近所に住む婦人ふじんに声を掛けられた。彼女は紺藤こんどうあかりさん。丸い顔をして人が良さそう。こんどうという苗字は漢字にすると珍しく初めて知ったときは驚いた。


 脱走した飼い犬を捕獲して届けたことがある。その際にお礼としてリンゴを貰ったのは記憶に新しい。


 なぜかリンゴを持ち歩いていて、それを差し出される。今日もリンゴを貰うことになった。


 人の厚意こういこころよく受け取れ! と親から教えられている俺は快く受け取る。これから学校で荷物になるのは…………なんて考えてはいけない。


「ありがとうございます。また、なにかあれば言ってください」

「あら、助かるわ。おっと! それじゃ、またね。ポニーちゃん。行くわよ」


 犬の散歩途中らしい。犬に急かされて去っていく。犬種は人懐っこいことで名高いトイプードルだ。名前はポニー。犬なのに……。


 慶太はポニーとじゃれていたようで手に犬の毛を付けている。


「あとでちゃんと手を洗うんだぞ」


 聞いていないのか。返事はない。


「おにいちゃん、それなに?」

「リンゴだ。夕食にでも食べような」

「うん!」




 保育園に着くと保母ほぼさんの出迎えがある。


 容姿が整っている美人なお姉さん。胸の辺りまで伸ばしたおさげの髪は子供たちに遊ばれていそうだ。20代前半であろうと思われる。


「おはようございます」

「おはよう。高校生なのに偉いわね」

「いえいえ、慶太けいたのことよろしくお願いします」

「はい。慶太けいたくん、お兄ちゃんにバイバイして」

「おにいちゃん。ばいばい」

慶太けいた。いい子にしてるんだぞ。兄ちゃん、学校が終わったらすぐ迎えに来るからな」


 俺が慶太けいたに話している間、保母さんは微笑ほほえみを向けてくる。その表情にお姉さんらしいあたたかみを感じた。


「それではよろしくお願いします」

「はい。いってらっしゃい」


 慶太けいたを保育園に送ったあと、学校まではしばらく歩く。


 一人になって考え事をする。


 今の問題はなにか。


 母さんの帰りが遅いため、夕食は俺が作っている。コンビニ弁当だと栄養がかたよってしまうため可能な限り料理する。


 夕食の準備をしていると慶太けいた愛春あいはがキッチンに近づいてきてしまう。


 キッチンには包丁ほうちょう火元ひもとがあって危ないから料理中は近づかない様に言っているが、なかなか聞いてくれない。


 キッチンに近づいて来ないときはふたりで遊んでいる。それが一番いいのだろうが、ケンカすることがある。


 お互いに相手が悪いと言うばかりでなんで泣いているのかわからない。


 その場にいればケンカにならないようにできるだろうが、料理で手一杯な俺にはできない。近所迷惑になるからとにかく泣かないでくれと祈るばかりだ。


 夕食の準備、もしくはふたりの相手をしてくれる人がいれば助かる。だれかいないかな。


 父さんがいれば…………そんなこと考えてはダメだ! 父さんがいなくてもなんとかしないと。




 商店街しょうてんがいを通って学校へ向かう。商店街は朝早いため開店しているお店がなく人通りが少ない。そこになにやら、言い争いをしている3人がいる。


 ひとりは小学生かと思えるほどに低身長だが、俺がこれから通う高校の制服を着ている。


 髪はピンク色のツインテール。なにか嫌がっているようだ。首と手を横に振って拒否きょひしている。


 他のふたりは私服で容姿からして大学生かと思われる。


 いかにも遊び歩いているという風貌ふうぼうの男だ。


 ひとりは金髪きんぱつでステンレス製のネックレスを首から下げている。もうひとりは短髪たんぱつ黒髪くろかみで体格がいい。ゴリラ顔……なんて言ったら失礼か。


 見た感じナンパしているようだ。


めてください! これから学校があるんです!」

「いいじゃん。どうせ退屈でまともに授業を受けてないんだろう?」

「そんなことありません! ちゃんと受けてます!」

めろよ! 困ってるだろ!」


 俺は年の離れた妹と弟の面倒をみているためか、困っている人を放っておけない。


「なんだよ。テメェ――」


 金髪の男が俺に近づいてなぐりかからんとしてくる。それをゴリラ――じゃなくて体格のいい短髪黒髪がそれを制止した。


 諦めてくれたのか、2人の男は静かにその場から去っていく。


 転校初日から暴力ざたなんてありえないと内心ないしんあせっていた。


 たが、いさぎよく引いてくれたことに安堵あんどする。


「あ……あの……ありがとうございます」

「え……あ……いや……ケガはない?」

「はい! おかげさまで! それであの……」

「あ!」


 ピンク髪の女の子はなにか言いたそうにしていたが、商店街にある時計台をみて、時間が迫っていることに気づいた。


「悪い! また、ナンパされないように気をつけろよ!」

「え? あ……」




 学校に到着。


 ダッシュで向かったため、遅刻を回避できた。


 当日、連絡したいことがあるからと担任から早めに来るようにと言われている。


 校内に入り職員室へと向かう。転校の手続きの際に場所を確認していたため迷わず着いた。


「失礼します。今日、転校してきました白木しらき純慶すみよしです。岡田先生はいますか?」

「やっと来たか」

「すみません。遅かったですよね」

「自覚があるならいいよ。それより、なんだそのビニール袋は?」

「これは近所の人に頂いたリンゴです」

「……そうか。まぁいいか」


 担任の岡田おかだ恵里華えりか先生は仕方がないなという感じに必要事項を伝えて資料を渡してくれた。


 資料の中には部活動の一覧がっている紙がある。水泳部……前の学校で俺が所属していた部活だ。


 小学生時代のスイミングスクールから続けていたが、水泳部に入ることはないだろう。妹や弟の面倒があるからな。


「教室に入ったら軽く挨拶あいさつしてもらう。名前とよろしくお願いします。それだけ言ってもらえればいい。他になにかあれば言ってもらっても構わない。強要きょうようはしない。なにか質問はあるか?」

「いえ、ありません」

「それじゃ、行くぞ! 初陣ういじんだ!」


 初陣って……いくさじゃないんだから、その表現はおかしくないか?


 転校手続きの際にできる限りこの学校のことが知りたくて見て回っていたが、荒れているという感じではなかった。窓ガラスは綺麗きれいだし。……いやまぁ、そこで判断するのはおかしいかもしれないが。


 だからといって、優れているという感じもしない。普通の学校という印象だ。


 ガラガラ。教室に入る。


「時は来た。みんな席に着け」


 岡田先生の言葉に従い、バタバタと音を立てながら席に着いていく。


 教室内がざわめきだす。転校生が珍しいのか、興味津々きょうみしんしんという眼差しを痛いぐらいに感じる。


 もしかしたら手にげているビニール袋のせいかもしれない。


 それはともかく、教室に入ってすぐ気づいたことがある。


 一番後ろの席に今朝の商店街でナンパされていたピンク色ツインテールの女子がいる。


 ついさっきまで前の席にいるポニーテールの子と話していたようだ。教室に入った際、ポニーテールの子の後頭部こうとうぶがはっきりと見えた。友達同士なのだろう。


 ほどなくして、岡田先生が黒板に俺の名前を書いて話を切り出す。


「転校生の白木しらき純慶すみよしくんだ。親の仕事の都合で今日からこのクラスの一員となる。みんな仲良くしてくれ! それじゃ、白木! 一言挨拶あいさつしてくれ!」

「今日からこの学校に転校してきました白木しらき純慶すみよしです。よろしくお願いします」

「白木の席は後ろの園田そのだの隣だ」


 岡田先生は一番後ろの空いている席を指差した。教室に入ってから気にしていたピンク色ツインテール女子の隣だ。


 ずっと気にしていたこともあり、どの席を指しているのかすぐにわかり移動した。


 ……園田っていうのか。


 俺が席に着くと岡田先生が連絡事項を伝える。


 その間、隣の席で園田がそわそわしている。なにか言いたそうだ。


 朝のSHRを終え授業が始まる。


 授業間の休み時間の度に俺はクラスメイトに囲まれて質問攻しつもんぜめにあった。


 兄妹はいるか。部活に入るのか。趣味はなにか。リンゴが好きなのか。料理はできるのか。当たり障りない質問ばかりだ。歓迎かんげいされているのだと感じて悪い気はしない。


 ただ、園田とは話せていない。


 話しかけたそうにしているが、人の輪に入れないようだ。休み時間は毎回、前の席にいるポニーテールの子と話している。


 俺になにか言いたいことがあるのだろうか。


 だがお礼は今朝、その場で言われたし。


 そういえば、別れ際にもなにか言いたげだったな。


 ただ、クラスメイトをけてまで、話しかける必要はないだろうと思い、気にしないことにした。




 放課後。さすがにみんな部活やバイトなんかで忙しいようだ。俺の周りに人だかりはなかった。


「あ……あの!」


 帰り支度をしていると、園田に声を掛けられた。ポニーテールの女子も一緒だ。


「今朝はありがとうございました!」


 頭を深々と下げてツインテールを揺らす。なんだか恥ずかしい。


「いや、いいって。そんなお礼を言われるようなことしてないし」

「そんなことありません!」


 俺は困っている人を放っておけないというだけで本当に大したことはしていない。


 この時、園田の顔を初めてちゃんと見れた気がした。


 子犬のようなまんまるとした目で愛らしい。甘えん坊な笑顔から兄、もしくは姉がいることを聞かなくてもわかる。妹や弟も同じだからな。


「それで……あの……お礼に夕食を作らせてください!」

「は⁉ あんた。なに言って……」

「よろしく頼む!」


 ポニーテールの子が止めに入ろうとしていたが気にしない。


 人の厚意は快く受け取れ!


 そう親に教わってきた。厚意を受け取ることで受け取る側も、受け取られる側も幸せになれるからだ。


 園田の厚意もありがたく受け取らせていただこう。

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