第52話 はじまったけど

「騎士団からの報告です。3日目の撃破数、172匹。討伐したスライムを後方に送った。以上です」


「わかりましたわ。その調子で励んで欲しい、そう伝えて貰えますか?」


「畏まりました」


 森の奥に向かった騎士の現状を聞いたメリアが、今後の方針を返信する。


「冒険者からです。撃破数、183匹。順調に進んでる。以上になります」


「そちらにも、明日も期待してます、と」


「かしこまりました」


 冒険者の方も、メリア本人が考えて、その役目を全うしていた。


 俺やリリ、彩葉は、そんな責任感の強い王女様を守るために、ずっと彼女の隣で警戒を続けている。


--そう言えば聞こえはいいけど、ぶっちゃけ、する事がない。


「メリアさん。今日のご飯は、焼き魚にしてみました。メイドさんの毒味も済んでます」


「ありがとう存じます。美味しそうな香りですわね」


「すみません、リリさん。本来なら私の仕事ですのに……」


「いえ、これも護衛の仕事ですから」


 いや、料理は違うと思うぞ?


 なんて言いたいけど、言えない。


『対策会議本部』


 そう名付けられた天幕は、王女様がいる場所に相応しい大きさにも関わらず、報告に来る者以外は俺たち5人しかいない。


 しかも、周囲には他の護衛たちの天幕が張り巡らされている。


 猫1匹入れない厳戒態勢だ。


「これ、俺がいる必要あるのか?」


「もちろんですわ。最終防衛ラインなのですから、期待して居りますわよ?」


 なんて、メリアは言うけど、正直要らない子だよな。


 リリは飯を作る仕事を見つけたみたいで、


「メリアさ~ん。極蝶ごくちょうのイヤリング、直し終わったよー?」


「すごいですわね。本当に元通り、いえ、元よりもキレイになって見えますわ。申し訳ないのですが、こちらもお願い出来ますか?」


「ふむふむ、なるほどなるほど~。ここのほつれを直せばいいんだね?」


「はい。出来ますでしょうか?」


「う~ん、たぶんだけど大丈夫かな。やってみるね」


「はい! よろしくお願い致しますわ!」


 彩葉も、新しい仕事を見つけたらしい。


『え? これも護衛の仕事だよ~?』 


 なんて言ってたけど、たぶん違う。


 そして俺は、ただぼんやりと天幕を見上げているだけだ。


 一応、周囲の物音には気を配っているけどさ……。


 そうして、3日が過ぎて、4日が過ぎて。


「7日目の報告です。冒険者側の討伐数、42匹。騎士、45匹。以上です」


「わかりました。明日もよろしくお願い致します、と」


「畏まりました」


 次第に、倒すスライムの数も減っていた。


 あと2、3日もすれば、1桁の報告も聞けるかも知れない。


 そうなれば、切り上げだろう。


 多すぎるのは問題だけど、絶滅させてしまっても問題だからな。


 何事も、ほどほどにしておかないと……。


「繁殖の原因は、まだわからないのですわね?」


「はい。今のところ、それらしい物はなかったと聞いております」


「わかりました。下がっていいですわ」


「失礼します」


 新しいダンジョンが見付かった、とか。


 魔力の溜まり場をスライムが餌にしていたー、とか。


 そんなのが見付かればいいんだけど、そっちはダメっぽい。


「メリア様。すこしお休みになられては、如何ですか?」


「……ありがとう。ですが、安全な場所にいる私が休んでは、前線の方々に示しが--」


「メリア様が無理をされると、その前線の方々も困りますよ。せめて報告が来るまではお休みください」


「……わかりました。少しだけ横にならせて頂きますね……」


 討伐を始めて、今日で七日目。


 緊張を張り詰めていたメリア様の限界も近そうに見える。


 それはたぶん、最前線の連中も同じだろう。


 精鋭だけを選んだボンさん達ですら、6日で疲労困憊に見えたからな。


 人数を増やして一人一人の負担を減らした分、戦力の質は落ちてるからな。


「そろそろ、撤退だろうな……」


--そう思っていた矢先、


「王女には、絶対に近付けるなよ! ここで仕留めろ!!」


「くっ……。化け物め!!」



 !!!!!!


 戦闘音!?


 この近くで!???


「お兄様!?」


「大丈夫だ。外には護衛がいる。ここには来ないよ」


「そう、ですわよね……」


 気休めじゃなく本気でそう思うけど、どうにも騒ぎが大き過ぎるな……。


 状況を把握しないと!


「リリ、彩葉! メリアとアンナさんを頼む!」


「任せてください!」

「はいはーい」


「お兄様!?」


「大丈夫だよ。状況を見て来るだけだから」


 メリアが不安げに見上げてくるけど、せめて様子を伺うくらいはしなきゃだもんな。


 あれだけの人数が居て、未だに戦闘音が収まらないのも気にかかる。


「……わかり、ました。ですが、直ぐに戻ると約束して下さいませ!」


「あぁ、約束する。すぐに戻って来るよ」


 参加しなくてもいい戦闘に、自分から参加するなんて真似はしないからな。


 そんな事を思いながら軽く手を持ち上げて、天幕の外に出る。


「そっちら回り込め!!」


「魔術師! 魔術師はまだなのか!!」


「絶対に王女の天幕には近付けるなよ!」


 なっ!???


 何だあれは!?


「デカすぎるだろ!!」


 そう叫んだ俺の視線の先で、護衛用の天幕の1つが、バカみたいにデカいスライムに飲み込まれていた。

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