第34話 悪霊の正体

 2匹目との戦闘を終えてから1時間がたった頃。


 俺は冒険者ギルドにある小さな部屋に呼び出されていた。


 目の前にいるのは、冒険者ギルドのトップであるボンさんただ1人。


 リリと彩葉は、別の部屋で、ルーセントさんと買取の交渉を続けている。


「悪いな、突然呼び出しちまって」


「いえ。外殻の査定には時間が必要のようですし、ボンさんに話したい事もありましたから」


「……だろうな。とりあず掛けてくれ」


 促されるまま椅子に座って、真剣な表情のボンさんと対峙する。


 大きく息を吐き出したボンさんが、ガジガジと頭をかきむしっていた。


「予想はしてたんだが、やっぱ、彩葉を連れて来やがったか……」


「と言うことは、ボンさんたちの心当たりと言うのも?」


「あぁ、彼女の事だ」


 緑色の髪に。樹木の花って呼ばれるドライアドのハーフだもんな。


 ダンジョンの周辺で悪目立ちしていたらしいし、思い浮かぶのも当然か。


「おまえさんの評価でいい。彼女をどう見えた?」


「……そうですね。気の利く女性で、優秀な案内人。冒険者向きの信用出来る人物だと見ました」


「……だろうな。信用する・・・・部下から上がってきた報告を読んだだけだが、俺も同意見だ」


 信用する部下から、か……。


 ダンジョン周辺の状況を見る限りだけど、本当にいろんな報告が来てるんだろうな。


「それでだ。どこまでかかえるつもりだ?」


「抱える?」


「悪霊付き。その言葉も聞いたんだろ? ギルマスとしての見解と、立ち位置を聞かせろ」 


 背もたれにドッシリと身を落としたボンさんが、睨むように俺を見詰めてくる。


--彼女の問題に、深入りするつもりはあるのか?


 そう聞いているんだと思う。


 本物の悪霊が取り憑いている、なんて事は、さすがにないだろう。


 たけど、何かしらの問題を抱えている事は間違いない。


「情報が少なすぎて、明確な答えは無理ですね。まだまだ様子見ですよ」


 “占い”には、【仲間 出会え】ってあったけど、詳細はわからないしな。


 噂を鵜呑みにするつもりはないけど、毎日の飯に危険が及ぶようなら 手を引く。


 自分の飯が最優先。

 彩葉の事情は、二の次。


 そんな心構えだ。


「まぁ、なんだ。おまえさんの事は、それなりに理解したつもりだ。


 その上で忠告してやる。


 詳しく知れば、手を引けなくなるぞ?」


「……引けなくなる?」


「おまえさんなら、進んで助けたくなる、って言ってんだ」


「…………」


 俺が、自分から助けたくなる?


 つまりは、それだけの秘密が、彼女にあるわけか。


 助けたら、毎日 肉を食えるようになるとか、そんな感じか?


 いや、彩葉なら【木】の関連だよな?


 まさか、フルーツ食い放題!?


 それなら、確かに助けたくなる!


 そういうことか!!


「ボンさん。そこまで聞いて、俺が何も聞かずに逃げると思ってます?」


「いや、単純な脅しだ。彩葉を連れて来た、って聞いた時点で、説得はとっくに諦めてるよ」


 さすがは、ボンさん。


 世のことわりを理解してる。


 フルーツの食べ放題なら、普通の人間は、止まれないよな!


「だがな。関われば、部下にも影響が出る。おまえさんのギルドがなくなるかもな」


「……ギルドが?」


「あぁ。そうしたら、おまえさんは、ギルマスじゃなくなるぜ?」


「……なるほど」


 フルーツ食べ放題に挑戦するか。


 パン食べ放題だけで我慢するか。


 そう言う二択か……。


 確かに迷うけど、


「わかりました。聞かせて貰います」


「……いいんだな?」


「はい。もしダメそうなら、全力で逃げますから」


 フルーツ食べ放題は、確かに魅力的だ!


 だけど、パンの食べ放題は俺の生命線だからな。


 行けるところまで頑張る!


 無理ならやめる!


 それだな!


「個人的には嫌いじゃねぇ答えだ。だがな、ギルマスなら言葉を飾る事も覚えとけ」


「……すいません」


 本心を隠すとか、苦手なんです。


「まぁいい。憶測の部分も多いんだがな……」


 そういって、ボンさんが彩葉に関する情報を話してくれた。


 彼女は現在、Aランクのギルドである〈堅牢の壁〉に所属しているらしい。


 ギルドのランクはS~Fまであり、〈堅牢の壁〉はAランクの中でもトップクラス。


 王都でも、それなりに名の知れたギルドのようだ。


「評判は悪くねぇギルドだ。情報の収集能力に関して言えば、国からの信頼も高い。下のもんからの評判もいいしな」


 そんなギルドが、彩葉にだけ表情が変わる。


 能力が不足しているからと、仕事を与えず。


 態度が悪いからと、訓練への参加も認めない。


「それに加えてあの悪霊付きの騒ぎだ。庇うどころか、積極的に広めてる雰囲がある」


「……理由は?」


「わからねぇ。だが、送り込んだ密偵が言うには、ギルマスがその身を欲しがってるって話だ」


「欲しがる? 既に部下なのでは?」


「どうにも、奴隷にしたいらしい。金を与えず、仕事を奪い、身売りしたところを買い取る計画、ってのが最有力だ」


 胸くそ悪い話だが、奴隷にすれば好きに命令出来るからな、それが目的だろう。


 どれだけ空腹でも『そのパンを寄越せ』と命令されたら、従うしかない。


 それが、奴隷だ。


 ただ、奴隷にした後、どんな命令をするのかが、わからないらしい。


「ギルマスは70を越えた爺だ。まだまだ元気とは言え、惚れた腫れたじゃねぇだろ。わざわざ奴隷に落とす理由がわからねぇ」


「警告やギルド脱退の勧告は?」


「してる。俺の権力をすべてを使ってな。だが、相手は評判のいい大手だ。俺が下手に動けば、冒険者ギルドの信用問題になる」


 大手をクビになれば、次のギルドは見つからない。

 彼女の場合は、悪霊付きの噂まである。


 彩葉が自分から脱退を言い出すことはないだろう。


「爺を呼び出して、個人的に話はしたんだがな。『悪霊付きじゃない根拠がないじゃろ? 庇うための根拠もなくてのぉ』とかぬかしやがる」


 他のギルドに受け入れの打診をしても、ひとりの女のために、大手を敵に回すギルドは多くない。


 大手同士でも、全面的に対立する者は皆無だ。


「荷物持ちや、雑用なんかで援助する動きもあったんだがな。その関係者が賊に狙われる事件が相次いだんだ」


「もしかして、それも所属ギルドが?」


「正直、無関係とは思えねぇ。だが、証拠も出ねぇんだ」


 その結果、悪霊付きの噂が業界全体に広まったらしい。


 彼女も賊の仲間だ、彼女が主犯だ、なんて話もあるそうだ。


「もし彼女を助けたいのなら、大手から引き抜けばいい。本人が望めば、俺の権限で移せる」


 Fランクさいじゃくギルドが、Aランクおおてを敵に回す気はあるのか?


 失敗すれば、パンすら食えない生活に逆戻るぞ?


 真っ直ぐに俺の目を見詰めるボンさんの瞳が、そう言っている気がした。

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