第33話 蟻!!
「お兄さーん。背中とお腹、どっちをメインに残すのかにゃ?」
「?? 背中とお腹?」
「んん? ダンジョン蟻の
がいかく?
隣に座っていたリリに目を向けたけど、彼女もプルプルと首を横にふる。
作業をしていた彩葉が手を止めて、不思議そうに振り向いていた。
「あり? 知らなかった系? 普通は落とし穴で動けなくして、槍で刺すの。だから、外側はズタズタで使い物にならないんだよねー」
「……そうなのか?」
「そ。近付くとか自殺行為だもん。普通は、お兄さんみたいに、関節を狙って武器を刺す度胸なんてないし。リリさんみたいに、一撃で倒せたりしないからねー」
どうやら、常識を逸脱した行為だったらしい。
言われれば確かに、そっちの方が安全で確実に思える。
「あえて近付くのは、つやつやでキズがない外殻が欲しいとき! 綺麗で硬いからねー。高く売れるよー」
にゅふふー、と笑った彼女が、その高いと言われる外殻の隙間にナイフを入れた。
手付きは水が流れるようにスムーズで、スルスルと剥ぎ取られていく。
「すごいです。彩葉さん、器用なんですね」
「でしょでしょ! もっと誉めてくれていいんだよ?」
「本当にかっこいいです! 憧れちゃいます!」
「にゅふふー」
きらきらした瞳のリリが素直に誉めたものの、どうやら恥ずかしかったらしい。
赤く染まる頬が、遠目からでも見えていた。
背中と腹、4つある足の太もも、手の甲が2つに、胸当て。
合計9つの外殻を地面に並べた彩葉が、ふぅと息を吐く。
「うん。解体終了!」
くるりと振り向いた彼女の顔には、やり遂げた安堵の笑みが浮かんでいた。
剥ぎ取りをはじめてから終わるまで、せいぜい5分くらいの早技だったと思う。
どれを見ても、綺麗の一言だ。
「あとは、これだね!」
それらとは別に、彩葉が四角い何かを手のひらに載せて、俺の前へと差し出した。
全体的に鮮やかな琥珀色で、手の動きに合わせて、プルプルと揺れているように見える。
「それは?」
「ダンジョン蟻のメープルシロップ! 1階から3階の一般的な収入源だね! と言うか、普通はこれだけを狙うんだよ?」
外殻をチラリと流し見た彩葉が、クスリと肩をすくめて見せた。
琥珀色の塊の中には、メープルシロップの原液とでも言うべき液体が詰まっているらしくて、それなりの値段で売れるそうだ。
「ちなみにだけど、この辺の名物にもなってるよ。あのパンケーキにかかっていたのもこれ!」
「へぇ、これがねぇ……」
渡された物を手にとって、みょんみょんと弾ませて見る。
割れそうにない水風船、と言った感じだろうか?
高級店は原液に近く、庶民向けほど砂糖水でのばして使うらしい。
「ん……?」
ふと彩葉の背後に目を向けると、蟻の巨体がフワリと光り、地面に吸い込まれるように消えていった。
そこには剥ぎ取った物だけが残り、1メートルくらいの巨体が、今はどこにもない。
隣にいるリリも、大きな瞳をパチパチさせているから、俺の見間違いってこともなさそうだ。
「なぁ、彩葉。蟻が消えたんだが?」
「ん? あー、触角とか中身とか、その辺? 売れない部分は切り離してないから、ダンジョンが回収したよん」
「回収?」
「そ。スコップとかの武器は、倒した直後に消えちゃって。剥ぎ取らなかった部分も、ダンジョンが回収しちゃうんだよねー」
なんてことないよ、とでも言うように、彩葉が笑って見せる。
ハッキリとした理由はわからないが、魔力が多い場所は、真っ先に消えるらしい。
他も時間が経てば、消えるのだとか。
「回収して再利用? そんな感じ!」
剥ぎ取った部位が回収されない理由も、解明されていないそうだ。
ついでに言うと、回収される理由も憶測だとか。
「……まぁ、ダンジョンだもんな」
多少のデタラメは当たり前か。
スコップなんかは、リリの武器にちょうど良かったんだけど、仕方ない。
「仕舞っちゃうけど、いいよね?」
「あ、あぁ。よろしく」
「はいはーい!」
大きな物を先に積めて、小さな物は外側に。
ふわふわの髪を揺らしながら、彩葉がテキパキと外殻をリュックに詰め込んでいく。
よっこいしょ! と持ち上げた頃には、ペッタンコだったリュックもかなり膨らんでいた。
「さてさて、どうするの、お兄さん? 荷物持ち的には、もう1匹入るよ?」
「んー、そうだな」
透明なナイフを借りたとは言っても、蟻を相手にかなりギリギリだったからな。
もともと、様子見の予定だったし。
「何かしらの対策は必要だろうしな」
蟻の外殻があれば、3人が腹一杯食えるっぽいしな!
よし、帰るか!
そんな思いで視線を向けた先に、ふと地面に落ちる光の玉が見えた。
「ご主人様、蟻ですね」
「まじか……」
ほんの少しだけ離れているけど、周囲に冒険者の姿はない。
ムクリと起き上がった蟻の目は、どう見ても俺達を捉えていた。
「ちっ……、やるしかないな」
落ちてる飯を拾わない理由はない!
今日も肉祭りだな!!
「リリ! さっきと同じ形で、隙を突いてくれ!」
「……わかりました!」
今のリリに、あのシャベルを避けるだけの力はないと思う。
それがわかっているのか、リリは悔しそうな表情を浮かべながらも、コクリと頷いてくれた。
「彩葉。このナイフ、借りるからな?」
「もちろん! 無理しちゃダメだからね? わかってる?」
「あぁ、こんなところで死ぬ気はないよ」
飯が食えるようになったんだからな。
死ぬのは、バカみたい美味い物を食い尽くしてからだろ。
「安全な場所で、剥ぎ取りの準備よろしくな」
それだけを言い残して、蟻に向かって走っていく。
あの時と同じように背後に回って、蟻の後頭部を蹴りつける。
大きな瞳が振り向き、スコップが片手に持ち替えられた。
「それは、さっき見た!」
一気に距離を詰めて、関節にナイフを突き刺した。
小さな抵抗を感じた直後に、体が流れる。
「なっ!?」
切れた!?
蟻の太い腕が!?
「くっ!!」
地面に落ちたスコップを慌てて蹴り飛ばす。
「倒れて!!」
ベコンと潰れた蟻の頭を横目に見ながら、俺はただ呆然と透明なナイフを見下ろしていた。
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