第27話 ダンジョンに出会いを

 ダンジョンとは、森や山なんかにある、魔物が生まれる場所の事だ。


 魔物のほとんどはダンジョンで産まれ、餌を探して外に出て来る。


 故に ダンジョンは、人類の敵であり、肉や魔石などを産み出す収入源でもある。



 そう記憶していたんだが……。



「なぁ、リリ。この地図って、王都の中じゃないか?」


「えっと、……そうみたいですね」


 ルーセントさんが教えてくれた場所は、どう見ても王都の中だ。


「街中にダンジョン? 危ないよな?」


 そんな疑問が拭えないが、今はもう冒険者ギルドを出た後だ。


 今更 戻るのも めんどくさいしな。 


 そんな事を思いながら歩いていると、隣を歩くリリが、なぜか不思議そうに俺の顔を見上げてくる。


「えっと、西南にあるダンジョンですよね? 観光地の」


「観光地!?」


「あっ、知りませんでしたか? えっと、中には入れないんですけど、外観が可愛くて有名な場所なんです」


 どうやら、王都に住まう人からすると、常識らしい。


 リリの瞳に、夢見る乙女のような色が浮かび、ここじゃないどこか遠くを見詰めているように見えた。


「奴隷商にいた先輩に『初デートはそこだったのよー』って聞いて、気になっていたんです」


 ……ダンジョンで、初デート、ねぇ。


 冒険者ギルドが管理する狩場なんだろうけど、万に1つの確率だとしても、モンスターが外に出て来たら普通に死ぬよな?


「一般人、と言うか、観光客は怖がらないのか?」


「えっと、これも先輩に聞いた話しなのですが、それがいいそうです」


「……は?」


「なんでも、『死の恐怖よりも、2人の愛の方が強い事を確かめる場所なの!』って言ってました」


 …………。


 王都に住まう人間は、すげぇな。


 田舎者の俺じゃ、計り知れねぇ。


「まぁいいや。取りあえず、行ってみるか」


「はい!」


 何処までも夢見る乙女のまま、リリが頷いてくれた。


 宿に戻って、リリにギルマスを示す襟章も着けてもらう。


「あの、えっと、……壊れてない、と思うのですが……」


「うん。大丈夫そうだね、ありがとう」


「いっ、いえ……」


 ホッと肩の力を抜くリリには悪いと思うけど、もう少し自信を持って欲しいからね。


 そんな思いを胸に、襟に並んだ2つの印を流し見て、外に出る。


「デートスポットに行くなら、手でもつなごうか」


「えっと、あの、骨折が--」


「もし痛かったら言うからさ。西南ってことは、こっちでいいんだよね?」


 戸惑うリリの手を取って、そのまま大通りを歩いて行った。


 本当にダメそうなら離そうかとも思ったが、襟章同様、普通に大丈夫そうだ。


 器用じゃない、と言うのは彼女の思い込み、もしくは猫族の標準と比べてなのだろう。


「あの、ご主人様、手を……」


「大丈夫。折れたりなんてしないから」


 ペタンと耳を倒して、繋いだ手を不安そうに見詰めるリリを横目に、そのまま街の中を歩いて行く。


 食べ物を売る露天が集まるエリアを抜けて、西南の町へ。


「なんか、雰囲気が変わったな」


「そっ、そうですね……」


 周囲には高級感のある店が増え始めて、どこなく町全体が明るくなった気がした。


 街を歩く人の服装も華やかになり、手をつないで歩く男女の姿も見える。


「ちょっと、マーくん! 猫耳の子見てないで、こっち向きなさいよ!」


「ぇ? ぁ、ぃゃ!」


「信じらんない! 私、帰る!」


「ちょっ、待てよ! 俺が悪かったって! なぁ! 待てってば!」


 時折 不穏な会話も聞こえるけど、どこかゆったりとした空気が流れているように見えた。


 そんな中にあって、どう見ても冒険者こっちよりの男たちもいる。


 周囲をキョロキョロと見回していたうちの1人が、俺たちの方を見て、ぺこりと頭を下げた。


「許可持ちのギスマスっすよね? いや~、可愛い彼女さん連れだから、最初はわかんなかったっすよー」


 鉄の胸当てを付けて、腰にも動きを邪魔しない程度に鉄の板を巻き付けてある。


 武器こそ持ってないが、いつでも戦えるような目だな。


「あっ、すいやせん。荷物持ちしてるんすけど。1日5000ルネンでどっすか?」


「……荷物持ち?」


「おっ? 狩場系 初な感じっすか? 理由は知らないんすけど、ダンジョンに仲間は5人まで。荷物持ちも5人まで入れる、って決まってるんす」


 なるほどね。


 理由としては、資源保護と値崩れ防止ってところか?


「ダンジョン内部の案内も出来るっすよ? 4000ルネンでもいいんで、どっすか?」


「内部にも詳しいのか?」


「もちろんっす! 荷物持ちならベテランっすよ!」


 自信満々に言い切る男の様子を見る限り、嘘じゃなさそうだ。


 詳しい者がいたほうが、安全面も強化されるだろう。


 悪くない。


 悪くない、と思うんだが、


「やめておくよ。と言うより、今日はデートでね。入る予定はないんだ」


 どうにも、違和感が拭えない。


 見せ付けるようにリリの肩を抱き寄せると、男は「うらやましいっす」なんて言って、わざとらしく肩を落として見せた。


「しょうがないっすね。もし気が変わったらおねしゃす。そんときは、3500でいいっすから!」


「あぁ、考えておくよ」


「おねしゃす! あっ、それとなんすけど、緑の女には気をつけた方がいいっすよ?」


「緑の女?」


「黒い噂が絶えない荷物持ちの女がいるんす。ここだけの話しなんすがね、緑の女と関わったら死ぬって、評判なんす」


--悪霊が取り付いてるなんて噂もあるっすよ。


 小声になった男が、そんな言葉と共に、周囲をキョロキョロと見渡していた。

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