第26話 ダンジョンへ!

 リリを占った翌日。


 俺たちは、さっそくとばかりに、冒険者ギルドの個室に来ていた。


 ダンジョン行きの許可は、冒険者ギルドのマスター、つまりは、ボンさんの管轄なので呼び出して貰ったのだが、


「あん? ダンジョンに行きたいだ?」


「いえ、行きたいではなくて、興味があるだけで……」


「それってあれだろ? 行きたい、って事だろ?」


 どうにも話しが通じない。


「いえ、ですから。行くかどうかも決まってなくて……」


「よし。意味がわからん。ぜんぶ話せ」


「……わかりました」


 冒険者は出来るだけ手札を隠すものだ。


 なんて聞いていたのだが、仕方がない。


 ボンさんとルーセントさんだけなら、問題もないだろ。


「実は“占い師”の力をリリ相手に試したんです。そしたら……」


 金色の文字が表れて、虫食い状態だったこと。


 やり方を変えたら、文字の数が増えたこと。


 リリに書いてもらった文字を見せながら話をすると、ボンさんだけでなく、ルーセントさんも身を乗り出していた。


「ギルマス、この【木】と言うのはもしかして……」


「あぁ、間違いねぇな。準備してくれ」


かしこまりました」


 俺とリリに頭を下げたルーセントさんが、部屋を出て行く。


 状況が読めずにいると、バリバリと頭をかいたボンさんが、俺たちの方へと向き直った。


「まどろっこしいのは嫌いだから、結論から言うぜ? ダンジョンの許可を出してやる。【木】ってのにも心当たりはあるが、助言は出来ねぇ」


「え……?」


「しない、じゃねぇ、出来ねぇんだ。察してくれや」


「……わかりました」


 なにひとつとしてわかってないが、ボンさんの真剣な目を見ると、他に言える言葉なんかない。


 不思議そうに首を傾げているリリも、わかってなさそうだ。


「すまねぇな。アイツを頼む」


 あいつ?


 【木】と聞いて、思い当たる人がいるってことか?


「それとなんだがな。お前さんの“占い”は、人に見せねぇ方がいい。俺ですら知らねぇ占いだ」


「そうなんですか?」


「あぁ。俺が知る占いってのは、○か×の二択を知るだけの物だ。ましてや、知らないヤツと出会えなんて、神の領域だろうよ」


「神……」


「こう見えて俺は貴族にも顔が利くからな。貴族が抱える“占い師”に知り合いもいる」


 名高い“占い師”でも、10個の中から最善を選ぶ形式で、普通は○と×の二択が限度らしい。


 それでも、精度は低いのだとか。


「確証はねぇが【禁忌】の影響だろう。もし貴族やら、他の“占い師”に知られたとする。実験やら解剖やらで、人類の発展のために切り刻まれるぞ」


「ぃ゛!?」


「運良く平民の占いを信じるような貴族に出会えたとしてもだ。牢屋で飼い殺しだな」


「…………飯は?」


「あん? 食えねぇんじゃねぇか? 家畜の餌くらいは与えられるかもな」


 空腹よりはまし、そんな程度の地獄だな。


 絶対にバレないようにしよう。


 人前で使う前に、聞いといて良かった。


「それとな。スキルを使うときの言葉があんだろ?」


「えっと、彼女の幸せな未来をー、ってヤツですか?」


「おうよ。そいつは“詠唱”って呼ばれてんだが、脳内に浮かぶのは中級以上からだ。剣士なら5年の実践を経たくらいだな。初心者が使えるとなると、敵をつくる」


 ……俺の“占い”、地雷が多すぎねぇ?


「それとな」


「まだあるんですか?」


「おうよ。詠唱に『彼女の』ってあるだろ? 基本的には、女性にしか使えねぇと思うぜ?」


 例外は、自分自身と、自分の事を女性だと思っている相手らしい。


「女性だけを導く天の使い。教会の連中が騒ぎそうだと思わねぇか?」


「…………」


 たしかに、金の亡者たちが喜びそうだ。


 “占い師”のおかげでリリと出会えたのだから、見直してやってもいいかな。


 なんて思っていたけど、やっぱろくなものじゃないな、“占い師”。


「だからと言って、封印するには、有能過ぎるからな……」


 ……ん? 有能?


「俺の“占い師”が、ですか?」


「あん? 詠唱を聴く限りじゃ、仲間の幸せの方向を示せるんだろ? ギルマスに打って付けじゃねぇか」


「ギルマスに……」


 俺の、力が……?


「まぁ、なんだ。危険はたっぷりあるが、捨てることは出来ねぇな。本当に信じれる仲間以外には、死ぬまで隠しとけ」


「……そうします」


「仲間を導く。ギルマスの仕事に打って付けだろ」


 仲間を導くか……。


 ギルマスになれば、仕事が貰えて飯が食える。


 その一心でギルマスになったけど、もともとは部下を幸せに導くのが仕事だもんな。


「?? ご主人様? どうかしましたか?」


「いや、なんでもないよ」


 リリを今よりも幸せに出来るのなら、確かに悪い力じゃない気がする。


 “占い師”の力。


 鍛えてみてもいいかもな。


「ちなみにだが、使い続けるのが上達への近道らしいぜ? 詳しくは知らんがな」


 まるで心を見透かすかのような笑みを浮かべながら、ボンさんが俺の頭に手を乗せていた。


「先輩面はこのくらいにしてやるよ」


 そういって、ボンさんが部屋を出て行く。


 ちょうど入れ替わりで入ってきたルーセントさんが、なぜかリリの前に立って、銀と緑の襟章を差し出した。


「こちらをリリ様が付けてあけてください」


「私が、ですか……?」


 おそらくは、ダンジョンの立ち入りを許可する物なのだろう。


 銀細工が施された台座の中央に、小さな緑色の宝石が乗ったそれを見下ろして、リリが離れていく。


「いっ、いえ……。えっと、こんなに小さな物、私じゃ……」


「大丈夫ですよ。壊れないように魔法がかけられています。それに、もし壊れてもすぐに直りますから」


 そう言って、ルーセントさんがリリとの距離を詰めていた。


--壊れないのに、すぐ直せる?


 どう考えても違和感のある言葉だが、リリは気付いていないらしい。


「本当ですか?」


「もちろんです。冒険者ギルドのマスター、ボン・ベーネに誓って」


 そんな言い回しも不思議で、押しが強いルーセントさんにも違和感がある。


 おそらくすれ違った時に、ボンさんが何かを言ったのだろう。


「わっ、わかりました」


 ゴックンと喉を鳴らしたリリが、慎重に襟章を持ち上げて俺の方に向き直る。


「おめでとうございます、ご主人様」


 綺麗な指先を器用に使って、俺の襟に緑色の宝石を付けてくれた。


 その手付きは危なげもなくて、普通に器用だ。


「ギルマスは部下を導く、か……」


「えっと? 何か言われましたか?」


「いや、なんでもないよ。付けてくれてありがとな。自分で言うより器用じゃないか」


「いっ、いえ、それは、魔法が--」


「かかってない。ですよね?」


 チラリとルーセントさんを見ると、彼女は楽しそうに微笑んで、頭を下げて見せた。


「申し訳ありません。恨むならうちのギルマスをお願い致します」


 だよな。


 そんな気がしたよ。


「……ぇ!?」


 ピンと耳を立て自分の手と俺の襟、ルーセントさんの顔とを見比べたリリが、プルプルと震え始める。


 そんなリリの髪に手をおいて、ボンさんが立ち去った方向に頭を下げた。

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