第24話 みんなで食おう!

「ぉぉー! すげー! 肉だ!!」


 目の前の光景に、思わず声が出た。


 サイコロ状に切られて焼かれた高級肉しあわせが、丸い皿の中央に転がっている。


 付け合わせは、ぺったんこのパンらしい。


「いいお肉をシンプルに焼いただけなので、恐縮ですが」


「いやいや、十分過ぎるでしょ」


 見るからにうまそうな肉の横には、彩りのいい野菜が盛り付けられ、手作りのソースが掛けられている。


 短時間だったけど、これは間違いなく、手の込んだ料理だ。


 少なくとも、俺には作れない。


「パンの種を作っている時間もなかったので、ナン--と言うよりは、チャパティになっちゃったんですが……」


 なぜか恥ずかしそうにしながら、リリが薄いパンを肉の側に置いてくれる。


「本当はピタにしようかな、とも思ったんですが、そっちはオーブンがなくて」


 どこを見ても、『すげーうまそう!』、の一言なのだが、どうやら不満があるらしい。


 ナンとピタとチャパティが何物で、どう違うかもわからないが、とにかく違うらしい。


 そのまま背後に控えたリリをチラリと流しみて、心の中で溜め息をつく。


「それじゃぁ、お先に頂くよ」


「はっ、はい。ご賞味ください」


 ぺこりと頭を下げたリリを後目に、肉をフォークで刺して、口に運んだ。


 旨味が舌の上で溶けて、表面の香ばしさが鼻を抜けていく。


 奥歯で軽く触ると、口の中に幸せが広がって、ゴクリと喉の奥に落ちていった。


「うまい……」


「あっ、ありがとうございます」


 まるで本物の給仕のように、リリが深々と頭をさげる。


 次の肉をフォークに刺して、俺はそのままクルリと彼女の方を向いた。


「リリも同じだけ食べないとな。はい、あーん」


「ふぇっ……!? いっ、いえ、えっと、あの、その……」


 耳をピンと立てたリリが、頬を赤くして、視線をそらす。


 俺も恥ずかしいが、引くつもりもなかった。


 だって、高級肉だそ!?


「同じ量を食べる。そう言ったな?」


 もう1皿、同じ物が用意されているけど、リリの前にないから無効だな。


 そんな俺の意志を感じ取ったのか、恥ずかしそうに頬を染めたリリが、小さく口を開いてくれた。


「あっ、あーん」


 掠れるように紡がれた声が、なぜか心地良く感じる。


 そんな思いを心の奥底に閉じ込めて、リリの口の中に肉を入れて、ちょっとだけ押し込んだ。


 淡く閉じた唇からフォークを抜き取る。


 もにゅもにゅ、ゴクン。


「美味しいか?」


「はい! すっごく美味しいです!!」


「そっか。それは良かった。リリも一緒に座って食べようか」


 もしこれ以上抵抗するようなら、次は肉をパンに挟んで口の中に……。


 などと思っていたが、頬を赤らめたリリが、素直に座ってくれた。


「今後も遠慮したら、あーんだからな?」


「はっ、はい。……ありがとうごさいます」


 顔を俯かせて、目も合わせてくれないけど、たぶん問題はないだろう。


 戸惑いながらも、ゴクリと喉を鳴らしたリリが、パクリと肉を口に運んだ。


「すっごく、おいしいです……」


 ふわりと微笑んだ彼女の瞼が、ゆっくりと落ちていく。


「リリ?」


「ご主人様は……。やっぱりすごい人ですね……」


 ぐすっ、と顔を手で覆ったリリの頬に、一筋の涙が光って見えた。



 幸せそうなリリと共に肉を食べ終えた後は、体の中にある爆弾を浄化していく。


「ただ見ているだけなのも暇じゃないか?」


「いえ、とても楽しいので、気にしないでください」


「……そうか? まぁ、リリがいいんだったら、それで、いいんだけどさ」


 正直、目の前でじーっと見られるのも辛いのだが……。



 なんて思いも、最初の30分で慣れた。


 そうして、見られ続けること、約2時間。


 最初は実感できなかったけど、採れたての天然物は違うらしい。


「なんだか、体が軽くなった気がするな」


「そうなんですか?」


「あぁ、魔力が半分くらいの硬さになった気がするんだ」


 どう表現していいのかわからないけど、石より固かった爆弾が、今は飛び跳ねるグリーンスライムくらいになっていた。


 このまま続ければ、倒したスライムみたいになるのかも?


 なんて思うけど、意外と集中力が必要らしい。


 正直な話し、飽きたな。


「かと言って、今から外に行くのもな」


 夕食にはまだ早いけど、やるべきこともない。


 思えば、何かに追われていない時間なんて、産まれて初めてな気がするな。


 命の危機も、飢える恐れも、未来に対する不安もない。


「これが、幸せ、ってヤツなのか?」


 知らないうちに、そんな言葉が口から漏れていた。


「ご主人様?」


「あっ、いや、なんでもないよ」


 不思議に見詰めるリリから目をそらして、背を向ける。


 そうして、ふと見えた視界の先に、第4王女から貰った“占い師”の本が見えていた。


「占い、か……」


 思えば、俺がギルマスになれたは、“占い師”のおかげなのだよな。


 “占い師”のせいで嫌な思いはいっぱいしたし、今もあまり好きじゃない。


 だけど、橋の下で寝泊まりしていた頃ほど嫌いでもない。


「やってみても良いかもな」


 そんな思いが、自然と湧き上がっていた。


 もちろん、やるのは自分を占う【禁忌】じゃない。


 今さら、死にたくなんてないからな。


「リリを占ってみてもいいか?」


「え? いいんですか?」


「あぁ、練習台も兼ねてな」


 自分自身じゃなきゃ、危険はない。


「精一杯 お手伝いします!」


 楽しげに笑うリリと一緒に、貰った本を開いていった。

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