舞わずの太夫
あやえる
第1話
俺は、男だ。でも、物心付いた頃には、女として育っていた。
朝、目が覚めれば顔を洗い、食部屋で仲間達と飯を食らい、女物の着物と化粧をして、仲間達は、稽古やら店の舞台へ向かうが、俺は別部屋へ向かう。
ここはお江戸。表は“若衆茶屋”であり、魅せ物は“歌舞伎”。俺は、“陰間”。金のある奴が、飯を食いに来て、俺達みたいなわっぱの“歌舞伎”を観て、気に入ったわっぱを線香の時間買い取る。
客は、男だけじゃない。女もいる。ようは、美しいわっぱに好きな事が出来るのさ。
仲間達は、表で歌舞いて、客を取る。俺は、歌舞いてない。正しくは、歌舞けない。なぜかって?生まれつき、足が悪くてまともに歩けない。だから捨てられて、ここに拾われた。お得意様にだけ紹介される、動けないぶん好きにも出来る、ある意味“上質の商品”として育てられた。
皆は“舞う”。俺は、“舞えない”。だから、俺は、“舞わずの太夫”と隠語が付けられた。
江戸の色物好きの奴らの大好きな噂話さ。
ーーーーーー
「林太郎!起きろ!林太郎!」
仲間に起こされた。
「うるせぇなあ。起きてるよ。」
「お前は、ただでさえまともに歩けないぶん支度に時間がかかるんだ!早く起きろよ!」
「うるせぇなぁ。」
「ったく!良い御身分だよな?舞もしねぇのに、客だけとって皆と同じ飯食いやがって!」
「は?!じゃあアレか?お前は、俺のように舞えなくても客を満足させる容姿や作法や技量はあんのか?俺はな、舞えない分、お前等より、見た目が美しいんだよ。この見た目の美しさは、きっとお天道様が足と引き換えにしたんだ。作法や所作の格が違うんだよ。」
「てめぇ……。」
仲間と朝から口喧嘩をしていると、おとっつぁんが仲裁に来た。
「こらこら、お前達!朝から辞めなさい!林太郎、全くお前は見た目とは裏腹に気も口も達者で強気で敵わん。」
「ふんっ!」
おとっつぁんには、感謝してる。だから俺が唯一云うこと聞くのは、おとっつぁんだけって決めてんだ。生きる場所と、飯と、生きてる意味をくれた。
足がまともじゃない。家も身寄りもない、捨て子の俺を拾ってくれた。
そりゃ、客だけじゃなくて、変な気に目覚めたり、鬱憤晴らし、嫉妬や妬みから仲間達にも物心ついた時から悪戯ばかりされてきた。それは、おとっつぁんも気が付いてるし、目視され続けている。でも、生きていく為には、それに堪えるしかなかった。
何回も悔しい思いや、怖い思い、痛い思いをした。むしろそれしかない。でも、それが、俺の生きていく為の術なんだ。“気持ちいいフリ”、“悦んでいるフリ”をして、満足させる。
いつまで続くんだろう。たまに消えたくなる。いつまで、むしろ続けられるんだ?もともと、親からは足が不自由だから捨てられた。いつか……いや、いつも……捨てられるんじゃないかって恐怖と不安で、心は潰されそうで、いつも叫びながら泣き出しそうだ。でも、それを悟られないよう、捨てられないよう、強がっている。
客を待っている俺の“上質部屋”は、調度、店の舞台の裏にある。つまり、お得意様は、他の客が魅せ物を観てる時に、その舞台の音を聞きながら、江戸の陰間の噂話。“舞わずの太夫”を堪能出来るってわけさ。どいつもこいつも……、その優越感や背徳感やらが凄いのなんのって。
居場所と、生きる為に、俺は今日も客を待っている。
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