綴物語

belle

プロローグ

 物理学は、万物の法則を論理的に説明する可能性を持つ、唯一の学問だ。


 僕、藤宮空は、その物理学を、大学で専門的に学んでいる。大学に入学した僕は、一心不乱に物理学を学んできた。物理学以外の事柄に、興味も意味も見出せなかった。


 どんな人生を送ろうと、死んだらどうせ、全て終わりだ。それなら、少しでもこの世の真理を理解した上で死にたい。人間ごときが、宇宙の真理を知ろうとするなんて、無理で滑稽で愚かなことかもしれない。しかしながら、何も知らないことをよしとして自分の人生を進めることが、不器用な僕にはできないのである。


 一つでも多くの法則を、本質的な意味合いも含めて、理解したい。凡庸な僕の能力で、全てを理解することが困難なら、せめて理解した気分になりたい。とにかく、知識が欲しい。


 そういうある種の飢餓感が、僕の物理学への学習意欲を加速させる。もちろん、実際のところ、宇宙の真理を完全に解明したところで、死の運命に抗うことなど、できないのだろうが。


 こんな訳のわからないことを言っているけれど、僕だって、一応人間だ。どんなに愚かな思想を持っていようと、それは変わらない。


 だから、心のどこかでは、物理学がどうのこうのとかどうでもよくて、とにかく自分の人生が面白くなれば、それでいいと思っているし、それに抗おうとも思わない。


 ただまあ、ろくな人生を歩むべくもないのだ。物理学と人生、この2つを同時に追い求めることは、少なくとも僕にとって、矛盾している事柄だ。こんな矛盾した欲求を抱えながら、この世を乗りこなそうなんて、おこがましすぎる。


 だとしても僕は、どんなに歪で不恰好でも、自分の物語を書き綴りたいと思う。最後まで。自分の人生に、責任を持ち続ける。最期まで。


 今から語る物語は、その物語のほんの一部だ。誰かにとって有益な類のものではないかもしれない。それでも、僕にだって、「自分は確かに、ここにいたのだ。ここで生きたのだ」と、語る権利くらい、あってもいいじゃないか。人間は、言葉を使う唯一の動物なのだから。

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