今日も異世界に人を送る為、私はトラックを運転します。

杏里アル

初仕事

「オーケー、見てる人は誰もいないよ」


「わかりました、次の着信で発進します」


 数秒後、着信を聞いた私はアクセルペダルをぐっ、と踏み込み

トラックを急発進で加速させ回転計スピードメーターの針は60キロを

 ピッタリと維持した状態で、横断しようとする歩行者にしっかり当たるように

ハンドルを強く握り勢いよく突っ込ませようと直進を続けた


「ま、初めては誰でも緊張するもんだ、すぐ慣れるわ」


 助手席に座っている高橋たかはし先輩が私の肩をポンっと叩き

緊張で絡まってしまった私の糸をゆっくりとほどいていくように

 優しく何度も声かけをする、私は歩行者を凝視して、


「行きます」


今日、私は初めて異世界に人を送る――。


       ◇    ◇    ◇


 私の名前は美空明日香みそらあすか、今年で28歳になるのに

未だに定職に就かず、職場を転々としながらこうして毎日親の金で

 だらけた顔でスロットを打つ生活を送っている


「ええ、そこで討伐隊はないっしょ……」


 液晶画面には白鯨三体目と表示され、戦いに負けたのか

ジャージにNと書かれた人がゴロゴロと転がり、復活を望んで

 私は右手の拳をハンマーのように握ってレバーを叩いたが

特に何も演出はなくそのまま館の画面へと切り替わってしまった


 「はあ」と暗いに気持ちに沈み、ため息を一つして数回転まわしてから

これ以上の当たりは望めないと感じ、がっかりと肩を落としながら

 スマートフォンをいじり、トボトボと負け犬のようにホールを出た


 私は今日の収支を一定の文字数だけ書き込みが出来るSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)

「ぽいステッター」に書き込みをして、他の人のつぶやきを眺めていると――。


「1日1万稼げるバイト……?」


 個人企業主の書き込みだろうか、アカウントの画像アイコンは初期設定のままで

仕事内容は「ただ車に乗るだけで1日1万稼げます、免許有れば尚良いです」と

 何度も同じつぶやきがズラッと並ぶように書いてある


 そんなバカな、と初めに思ったのだが正直車に乗るだけで1日1万の

バイトはおいしい話だ、私は負けた分を取り返そうと思ったのか、はたまた

 うるさい親の為に定職に就きたかったのか、特に理由らしい理由は自分でも

わからなかったがそのアカウントのつぶやき返信欄に「まだ募集していますか」と

 バイト希望の連絡を入れようとスマートフォンを操作して送信ボタンを押した


「ふーっ……」


 ホール近くの喫煙所で一服をすると、スマートフォンから音が鳴り

返事が返ってきた、私はその文章を左手でタバコを持ちながら

 空いてる右手で画面を操作し、食い入るように読む。


 内容は「面接などは一切不要です、中型免許が無い場合は助手担当となります」

という内容だった、この時点でかなり怪しいのだが、危ない仕事だったら

 すぐ車を捨てて逃げればいいだろう、と私は安易に考え、空いてる日時を相手に

伝えた後、当日指定された場所へ電車を使って駅から歩いて向かう事にした


 昼、コートに身を包み私は指定された場所へと行くと、そこは車の通りも少ない

何てことのないただの十字路だった「連絡相手の人はどこだろう」と

 冷えた身体を暖める為、熱いコーヒーをチビチビと飲みながら

少し左右にユラユラと身体を揺らし待っていると、一人のツナギ作業着を着て

 頭髪がつるりと禿げたお爺さんが乗っているトラックが目の前で止まった


「ぽいステッターでご連絡された方です?」


 と言われたので私は「はい」と頷くと、乗ってくださいと

助手席へ乗るよう指示された、突然乗車する事に若干の困惑を示したが

 ステップに足をかけ言われた通りに乗車し、シートベルトを締めると

お爺さんはミッションを手で動かしてバックギアに入れ、トラックは

 ピピー、ピピーと音を鳴らしながらゆっくりと後退を始めた


「初めまして、高橋です」


「あ、どうも、美空です」


「中型免許はあるんだっけ?」


「あ、いえ普通免許しかないです」


「そうなんだ、まあうちの社長なら安く取らしてくれるよ」


 お互い簡単な自己紹介をすると、高橋さんは「タバコいいかな?」と私に尋ね

いいですよと頷くと指でハザードスイッチを押して、適当な路肩に駐車し

 サイドブレーキを引くとトラックの窓を開けふーっ、とモクモクと煙を出して

落ち着いた素振りをして一服を始めた。


「じゃあ早速だけど美空さん、仕事の内容を説明するわ」


「はい」


 楽な仕事がいいな、と内心思っていると、とんでもない仕事内容に

私は自分の耳がおかしくなってしまったのかと数回も疑った。


「基本は連絡が来るまでここで待機」


「で、人が横断歩道を渡り始めたら60キロを維持してく」


「以上が仕事内容、簡単でしょ?」


「今日は三件あるから、助手席で見てるだけでいいよ」


 今ので仕事の全貌ぜんぼうだったのか、話し終えた高橋さんは

トラックの窓から景色を眺めながらぷはーっ、とまた一服を行った


 いやいや、意味がわからない。人が横断歩道を渡り始めたら

60キロを維持して歩行者を轢く?それは誰がどう考えても殺人だろう、と

 私は心理的に落ち着く事が出来なかったが、しかしこの人は平然と説明を行った


 今の仕事を普段からやっているのだろう、早く来ないかなと言わんばかりの表情で

何度もタバコの灰を捨てながら、のんびりとした体勢で誰かの連絡を待っている


 やっぱり逃げよう、この歳で前科持ちはキツいと思って高橋さんに

「あの……」と声をかけようとした瞬間、車内に古そうな携帯の着信音が

 数回ループして鳴り響いた、それを聞いた高橋さんが急いでタバコを

灰皿に押しつけ火を消すと、胸ポケットからこれまた古そうな携帯を取り出して

 ピッ、とボタンを押すと「はいはいお疲れ様」と、軽いノリで通話に応じた


 うん、うん、と何回も相槌あいづちを打って電話を切ると

もうすぐ来るみたいだわ、と伝えるとサイドブレーキを下ろした

 来るって、歩行者が、ここに?どうしてわかるのだろうと考えるよりも先に

どうやら高橋さん以外にも誰かその歩行者を見張っているのを私は推測した


 トラックを降りるタイミングを完全に逃し、数秒ほど車内で待機していると

また古そうな携帯の着信音が数回が鳴り、それを聞いた高橋さんは「来たな」と

 一言いうと、今度はアクセルペダルを全開で踏み込み、突然前から加重を感じた

私はシートにもたれかかるように身体が張り付き、車はロケットのように

 どんどんスピードを上げて加速していく、同時に目の前には飛び出したように

横断歩道を渡ろうとしている一人の歩行者が見えた


 しかし高橋さんはブレーキペダルを踏んで減速を行う事もなく

回転計タコメーターを見ながら、右足の踏む力でアクセルペダルを調整した

 歩行者の距離はどんどん縮まる、危ない、本当に轢いてしまうのだろうか?

このままではぶつかると思った私は恐怖のあまり「きゃああ!!」と叫んだ


 横断歩道を過ぎてから高橋さんはブレーキを踏んだり離したりして

一気に前の方へ重力加速度をかけないように徐々に減速を行った

 私は歩行者が轢かれた姿を直視出来る度胸は持ち合わせておらず

両手で目を隠して高橋さんに、


「どうなりました……?」


「ん、


 あの歩行者は死んでしまったのだろうか、私は共犯としてこれから警察に捕まり

事情聴取などされるのだろうかと、様々な事を矢継ぎ早に思い浮かべた

 不思議な事に人とトラックがぶつかった音は一切聞こえなかった


 私は恐る恐る両手の隙間から目を開けると、窓に血など一切ついておらず

また、割れているという事もない異常な光景が目に飛び込んできた


「え、え?」


「あと二件あるけど、大丈夫? ダメそうなら帰ってもいいよ」


 困惑をする私に高橋さんは心配そうに尋ねたが、それよりもまず歩行者の安否が

気になっていたので、私はシートベルトを外して助手席のドアを開け通り過ぎた

 横断歩道を確認するとそこには歩行者は元々いなかったかのように

血も道路についておらず、影も形も無くなっていた


「どうなってるの……?」


 すると運転席から降りてきた高橋さんが一言「無事異世界に行ったと思うよ」と

ふざけている表情でもなく、真剣に私に向かってそう言った、異世界転生って

 あの異世界転生なのだろうか?確かに漫画や小説で主人公が異世界に転生する

シーンではトラックやトラクターなど、ダンプカーなどに轢かれて転生するのが

 よくある展開だ、つまり1日1万楽に稼げる仕事というのはその、


「(異世界転生を手伝う仕事って事……?)」


「(いや、まずこの漫画みたいな展開が信じられないんだけど……)」


「美空さんどうする?このまま歩いて帰るなら駅まで送るよ」


 高橋さんは次の現場に向かいたかったのか、少し急かしたように私に提案をした

この場合もう私がおかしいんだろう、と考える事をやめた私は

 「大丈夫です、やります」と何か認めたような、または諦めたように

トラックへと戻ると、高橋さんも乗り込み次の現場へと発進した


 次の現場も同じようにトラックを路肩に待機させ、二度目の着信が鳴ったら

急発進で車を加速させ、スピードは60キロをピッタリ維持した状態で

 横断しようとする歩行者に向かって突っ込ませる――。


 今度は慣れてしまったせいか、私は目をしっかりと開けたまま歩行者が轢かれる

その直前の光景まで見つめていた、そして轢かれる瞬間、前回と同じように

 パッ、と目の前で消える、先ほど全く同じ状況が起きた事に私はもう

少しの動揺や不安な素振りなどは一切せず、冷静にバックミラー見つめていた


「(本当に異世界?に行ってるんだろうなあ……)」


 やはり元々そこに歩行者などいなかったかのように、横断歩道に一切の血は

ついていないし、トラックも傷などはついていなかった、次の現場までの間

 運転するのが退屈だったのか、高橋さんが突然私に話題を振った


「しかしみんな異世界に行きたがるほど、今の世の中って生き辛いんかねえ」


 高橋さんは疑問の表情を浮かべて運転しながらタバコを気持ちよく吸っていた

生き辛いと言われると、私は定職に就かず仕事を転々としてるので

 正直言ってどう答えていいのかわからないので、「そうですね」と

同意すると、高橋さんは独り言のように言葉を続けた


「俺はもう今年51歳でさ、嫁や子供もいるし、新しい人生を望むって事はもう出来ねえんだよな」


 私も28歳なので、新しい事をやれと言われると少し悩む歳だ

でも「辛い人生だな」と思った事は10代や20代前半の若いうちだけで

 今は死にたいだとか、生きるのが苦しいと考えた事はない。


 少し間があいたので、私は会話が途切れたら申し訳ないかなと思い

私は高橋さんと共通の趣味を探してみようと「スロットとか好きですか?」と

 尋ねてみた、すると「あー」と一言いってから、


「四、五号機の時はしてたけどなあ、今はもうやらんわ」


「その時代だとゼグラーとか獣人王とかですよね、確か」


「そうそう、いやあ懐かしいな」


「昔は万枚とか普通にあったんですよね」


「あったよー、閉店まで打てたね」


 嬉しそうに四号機五号機について語っていた高橋さんは昔の思い出に浸ったのか

しばらく黙っていると突然、「美空さんはパチスロ以外何するの?」と

 今度は高橋さんの方から会話のボールを投げ返してくれたので私は少しの間

言うか言わまいか悩んでから、最初の言葉にアクセントを強くつけて

 恥ずかしながら結局言う事にした


「あ、……っとネット小説とか書いてます」


 28にもなってそんな趣味やってるんだ?と、言われたくない回答を

処刑台に登る罪人のような気持ちで高橋さんの返事を待っていると――


「へー、紙とかじゃなくてパソコンで文章打つの?考えるの大変でしょ?」


 予想外の回答に私はキョトンとしたが、


「そうですね、表現方法とかわからないとこは度々検索して」


「文章が上手い人の作品とか読んで勉強してます」


 高橋さんはニヤッと口元を緩めると、真剣な表情で、


「いいねえ、歳取ると出来る事は限られていくけど、挑戦は何歳からでも出来るからね」


「……そうですね、ちまちま頑張ってみます」


「書いたの本になったら教えてよ、飲み屋で自慢するから!」


 私は「あはは」と軽く笑って、高橋さんから満足の言葉を聞けてホッとしたのか

これで自分の人生は間違っていないのかもと、嬉しそうな表情を顔にみなぎらせた

 「挑戦は何歳からでも出来る」その言葉を聞いて、私は人生適当に生きている

と思っていたが、少し自分のしたい事についてトラックの窓から流れる景色を

 眺め、頭に血を巡らせフル回転で考えてみた。


 私が心から楽しいと思うモノ、それはゲームやパチスロとネット小説を書くこと

他人から見たらもっといい趣味見つけなよ、結婚とか考えないの?と言われても

 おかしくないのかもしれない、さっきも高橋さんに他の趣味を話す事を

躊躇ためらったのは、他人にそんな説教じみた事を言われるのが嫌だったからだ


 しかし、仕事も勉強もロクに続かない私が唯一ハマったのはコレらだけだった

それをこの人は否定する事もなく、趣味を応援してくれた、頑張ってみよう

 納得いくまで続けてみよう、このバイトも趣味も、そしたらまた何か

違ったモノが見えてくるかも知れない、異世界へ行きたい人の気持ちはよくわかる


 だからこそ、この仕事は需要があるのだろうと私はこの仕事を気に入り

せっかく採用してもらったので続けてみる事にした。


 現場までの運転中、高橋さんは自分の知らない範囲だからからなのか

興味を持って私にガンガン質問をした、二人で熱くネット小説について話し込んでいると

 夢中になりすぎたせいか、三件目の出来事も覚えていないぐらい仕事は全部片付き

いつの間にか駅前へと送ってもらっていた、帰る前に高橋さんが「ほい」と

 1万が入ってると思われる茶色い封筒を私に渡すと、


「それじゃあ明日、服のサイズ教えて、ツナギ作業着の事を社長に話すから」


「はい」


 高橋さんはトラックに乗り込むのを見て、私は地元へ帰ろうとしたが

何か言い忘れた事があったのか、ウィーンと音がしたのでトラックの方へ

 振り返ると運転席の窓が開いており、少し大きな声で、


「俺も生まれ変わったら、異世界行ったりとかまた違った事やってみるかな」


「いいですね、私も今の現実に飽きたら轢かれて異世界に行ってみます」


 転生や転移して行った先が楽しいかどうかわからないが、

とりあえず私は今の現実をどうやってさらに楽しくするか考える事にした。


「ああそうそう、この仕事警察や市民に見つかると面倒だから」


「人に何か聞かれても知りませんわかりませんって貫き通してね」


 高橋さんは口に人差し指を当て、しーっという素振りをしたので

同意するように「はい」と返事すると、今度こそ高橋さんが運転するトラックは

 会社へ戻しに行くのか、音を立て行ってしまった、私は茶色い封筒を握りしめて

「日も沈んできたし帰ろうかな」と電車へ乗り、今日の仕事で起きた出来事を

 楽しく振り返りながら家へと帰り、両親に仕事が決まった事を伝えた


明日は今日よりも楽しい日になりますように――。


       ◇    ◇    ◇


 あのバイトしてた日から3ヶ月後、私は正社員となり無事中型免許を取得した

警察や周りの人にはうまい事バレずに仕事は続いており、一緒に働く従業員たちと

 今日も電話でやり取りをする


「オーケー、見てる人は誰もいないよ」


「わかりました、次の着信で発進します」


 数秒後、着信を聞いた私はアクセルペダルをぐっ、と踏み込み

トラックを急発進で加速させ回転計スピードメーターの針は60キロを

 ピッタリと維持した状態で、横断しようとする歩行者にしっかり当たるように

ハンドルを強く握り勢いよく突っ込ませようと直進を続けた


 歩行者が轢かれる次の瞬間、パッ、と私の目の前では消えた。

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今日も異世界に人を送る為、私はトラックを運転します。 杏里アル @anriaru

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