佐久間さんが言うには

白木錘角

第1話

 佐久間さんが言うには、俺は将来サッカー選手になりたいらしい。


「そうだよ。君はサッカー部に入っていて日々練習に励んでいる。部の中でも人気者で、君を慕う後輩も多い」


 佐久間さんの声はなぜだかとても落ち着く。優しくて、穏やかな声。俺が何を言っても決して怒ったり苛立ったりする事無く、その声のまま、俺が乱暴に投げた言葉を受け止めてくれる。

 そんな佐久間さん相手だから、余計に申し訳なく感じる。おそらく何十回と言われたであろう「俺の夢」は、今回もまた他人事として俺の中に入ってきた。


「いいんだよ。焦る必要はない。少しずつ、少しずつ思い出していこう。僕もとことん付き合うからさ」


 佐久間さんは微笑を浮かべたまま、1枚の紙を取り出してきた。どうやらそれは新聞紙を切り抜いたものらしい。


「これは君のチームが地区大会で優勝した時の記事だ。ほら、ここに君が写っている。たしかこの時は、君が決めたゴールが優勝の決定打になったんだっけ」


 思い出そうと必死に写真を見つめる。佐久間さんの指の先にある、カップを持って嬉しそうに笑っている少年――あれが俺なんだ。あれが俺なんだ、と何度も心の中で反復する。しかし、写真の少年はどこまでも他人で、決して俺に重なる事は無かった。

 今回は……か。その事を伝えると、佐久間さんは笑顔のまま、小声で何事か呟いた。


「そっか。それじゃあこれはどうかな?」


 次に佐久間さんが取り出してきたのはサッカーボールだった。自分が写っている写真、それも大会での優勝という印象深い出来事の写真でも効果がなかったのに、何の変哲もないサッカーボール1つで何かが変わるのだろうか?

 そんな俺の心の声を読んだのか、佐久間さんの浮かべた笑顔がいたずらっ子のそれになる。

 佐久間さんがボールをゆっくり回転させる。すると、今まで見えなかった、ボールの裏側に書かれた文字が目に飛び込んできた。

 

 ――――—―—―—‼


 それを見た瞬間、俺の中で何かが溢れ出した。忘れていたもの、思い出せなかったものが全部、全部叫びとなって口から出てくる。


「君がサッカー選手を目指すきっかけになった、憧れの選手のサイン入りボール。どうやら効果覿面てきめんだったみたいだね。苦労して手に入れた甲斐があったよ」


 もう抑えられない。今すぐにここを飛び出してサッカーがしたい! 

 硬く、重い体を何とかして動かそうとする。だが動かない。肩や足、指先にいたるまでぴくりとも動かない。


「ふふ……。今はゆっくり寝るといい。おやすみ――」


 佐久間さんが顔の前に手をかざし、ゆっくりと動かす。その動きに合わせ、瞼が下がり、意識が深くへ沈んでいく。







 視界が闇に閉ざされる寸前、最後に見えたのはサインの下に書かれた俺の名前だった。

 

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