第26話 スカウトで就職したので就活の辛さってよくわかりません(白目)

「さあ、まずは一杯――と、希望くんは未成年だったかな?」


 にっこりとさわやかな笑顔でナチュラルにお酒を勧めてくるこのヒトは、希望の記憶が確かならこの国の王様である。

 つまるところ、キングであり、トップであり、ナンバーワンであり、超エラいヒトのはずだ。


「あの」

「ああ、僕かい? 僕はトウマだ。そこのレオンの――まあ、友人だと思ってくれ」

「トーマ、というのは、王様の名前ではなかっただろうか」


 ナチュラルに同じ名前で通す王様っぽいヒトに、シルヴァが思わず、といった調子でツッコミを入れる。


「トウマ、だ。国王陛下はトーマ、だろう? 発音が違う」


 ドヤ顔でそんなことをのたまってくださいやがった。

 変なとこにこだわり持つなこのヒト!


「トウマの旦那よぉ、ちっとお人が悪いんじゃねえかい?」

「はっは、いや、急に押しかけたのは悪いと思っているよ?」


 ため息交じりに漏らすレオンに、悪びれることなく答える王――もといトウマさんとやら。

 この面の皮の厚さ、やはり王なのでは(迫真)。


  *


「さて、では乾杯といこう」

「あ、ど、ども」


 流されるまま、こちらに来てから何気に初となる座敷に腰を下ろす。

 オレンジっぽい果実のジュースのが入ったグラスを、トウマのグラスとかち合わせた。

 この国では15歳から成人判定されるようだが、じゃあお酒デビューします、という気にはならない。飲んでみようかな、と思った時に飲めばいいのだ。


 そんな気分になったのであろうシルヴァは、パーシーに勧められたお酒に口を付けている。

 くい、とグラスを傾け、なみなみと注がれた酒精を一気に飲み干した。


「おお、いい飲みっぷりでござる。いかがでござるか、初めての酒の味は?」

「……ああ。喉が焼けるようだ。身体が熱くなる。甘い、というのか、辛いというのか、形容しにくい味だ。……だが、うん。もう一杯もらっても、いいだろうか」

「もちろんだとも。さあ、ぐっといくといい」


 トウマがシルヴァのグラスに、お酒を注ぎ入れる。

 それをまたも一息に飲み干して、彼はふう、と大きく息を吐いた。


「ああ――美味いな」

「ふふ、そうかい。気に入ってもらえてなによりだ」

「シルヴァ殿もこれで酒飲みの仲間入りでござるな」

「そういうものなのか?」


 うむ、と頷く四人。

 四人?


 ええと、トウマさん、パーシー、しれっとお酒を飲み始めてるレオン、で三人。

 あと一緒に部屋に入ったのはゼッちゃんだが――めっちゃ飲んでた。

 ケーキっぽいお菓子やらクッキーのようなお菓子やら饅頭のようなお菓子をもりもり食べながら、まるで水かなにかのようにお酒をぐいぐい飲んでた。


「はっはぁ、こりゃあゼクス殿もイケるクチだな?」


 からからとレオンが笑う。


「ええ、悪くないわねこのお酒」

「今回は特別いいものを手配したからね。」

「ミストラルの20年物なんてそうそうお目にかかれる代物ではないでござるよ。酒精が強いでござるから、水で薄めて飲むのが一般的でござるが……シルヴァ殿もゼクス殿も強いでござるなぁ」


 蒸留酒、とか言ってたから、ウィスキーとかに近いものなんだろう。

 アルコール度数30%とか40%とか、そういうお酒だ。そんなものを水で薄めないどころか氷も入れずにカッパカパ飲むのだから、かなりの酒豪っぷりである。


 それにしても、ううむ。お酒かぁ。

 の、飲んでみようかな?(急な気変わり)


 ほらその、興味がないわけじゃないし、わたしこの世界だと成人してるし、お酒の味くらい知っといた方が良さそうだし、お酒の失敗は身内がいるときに早めにやるのがいいって聞くし。


 べべべ、別にみんなお酒飲んでる中一人だけジュースなのが仲間はずれみたいで寂しいわけじゃないんだからね!

 そんな希望の逡巡を察したのか、トウマが希望の前にグラスを置いた。


「一杯やってみるかい? なあに、こっちじゃあ君も立派な成人だ。酒を飲む権利くらいあるさ」


 グラスになみなみと注がれた琥珀色の液体。

 一見するとなにかの蜜のようにも見える。アルコールの匂いに混じって、どこか甘い香りが漂った。


 こういうのを芳醇、というのだろうか。視覚と嗅覚を刺激する情報は悪くない。このまま口を付ければ、甘い蜜を飲むことになるのではないか、と錯覚さえしそうなほどに。

 ちら、とゼクスを見た。


「いいんじゃない? わたしはあなたのおりではあるけれど、お目付け役ではないのだもの。あなたの好きになさいな」


 暫定保護者からあっさりOKをいただいてしまった。

 それでちょっと決心がついた。グラスを手に取る。


「乾杯」

「え、あ、か、かんぱい」


 トウマの言葉に反射的に答えて、グラスを合わせる。

 キン、といい音が鳴った。


 口を付ける。アルコールの香りと甘い香りが、より一層鼻腔を突いた。

 一口だけ、すするように口に含む。あまり甘くはない。なんとも形容し難いが、あえて形容するのであればやはり辛さなのだろう。途端に舌が熱を持ったような気がした。


 飲み込む。飲み込……飲み……


「こふっ」


 思いっきりむせた。


「はっはっは、嬢ちゃんにはちっと早かったか?」


 レオンが笑う。

 つっよ! なにこれつっよ!

 口に含んだ瞬間、アルコールのドギツい臭いが鼻にツーンときたわ!


 舐めてたわたし蒸留酒舐めてた。こんなのべろんべろんに酔っぱらうやつが出るわけだ。

 これをグラスになみなみ注いで飲んでるこのヒトたちなんなのマジで。


「さすがにこれをで飲むのは早すぎるわよ、希望」


 ゼクスがひょい、と希望のグラスを持ち上げ、こくこくと喉を鳴らして中身を飲み干した。


「別に今飲まないと死ぬわけでもないのだし、飲むにしても甘めの果実酒からにしておきなさいな」

「そうだね、無理はよくない。なに、今飲めなくてもそのうち美味く感じるようになるさ」


 ゼクスの言にトウマが同意を示し、然り然りと頷く飲兵衛ども。

 パーシーがジュースを新しく注いでくれた。ありがとう。


「まあ、あなたのことだから一人だけ飲めないのが仲間外れみたいで寂しい、とか思ったんでしょうけど」


 このホワイトロリータなにさらっと暴露しちゃってくれてんの!?

 案の定レオンとトウマに笑われた。


「それはよくない。俺もこれ以上の酒はやめておこう」


 いやいいよシルヴァッティは引き続きお酒飲んでいいよ。

 やめると言いつつちょっと名残惜しそうな目ぇしてるもん。すっかり飲兵衛の仲間入りだもん。

 希望がお酒を飲めないのは仕方ないにしても、それに付き合わせる必要性は感じない。


「や、わたしのことはいいから。飲んでいいよ」

「むぅ……だが」

「パーシー」

「シルヴァ殿シルヴァ殿。ノゾミ殿はシルヴァ殿に楽しく酒を飲んでほしいのでござるよ。ささ、もう一杯」

「そういうものか? と、と、すまない。いただこう」


 どうにも遠慮しがちなシルヴァだが、希望の意図を察したパーシーに酒を注がれてもう一杯。

 しかしシルヴァも結構なペースで飲んでいるはずだが、一向に酔ったように見えない。


 ゼクスは――まあそもそもこの世界の住人と規格が違うから論外として、トウマ氏も酔う素振りがない。

 反面、レオンとパーシーは顔が赤くなっている。特にパーシーは元が色白なせいか露骨に赤い。


「それにしてもトウマの旦那よぅ。なんでまた急にこの嬢ちゃんたちを呼んだんだ?」


 はいここでレオンからぶっちゃけトークきました。

 トウマ氏はここで待ち構えていただけであって、希望たちを呼んだりはしていない。呼んだのはトーマ王である。


 建前がすっぽ抜けるくらい酔っぱらっているのか、理不尽へのささやかな反抗なのかはわからないが、ともかくレオンの問いは希望の問いでもあった。


「そうだねぇ……理由はいくつかあるとも」


 それにさらっと答えてくれるトウマ氏。

 てっきり「いや僕はトウマだし」みたく逃げるのかと思った。


「かの征東せいとう将軍ライオネルが高く評価していたのが一つ。子供を助けてくれたお礼が言いたかったのが一つ。そして極めて個人的な理由が一つ、かな?」


 今ちょっと聞き捨てならない単語が出てきませんでしたか王様?

 ライオネル=レオンの方程式はわかった。で、そのライオネルさんとやらは……なんですって?

 せい――せいなんちゃらしょうぐん? 将軍?


「え、あの、将軍?」


 思わずレオンを指差してしまう。


「ああ、彼は将軍さ。王都を中心として、国の東側の領域すべての守護を司る征東将軍ライオネル。近隣諸国じゃあ結構有名だよ」

「マジか」


 じゃあなにか、将軍が王都ほっぽってゴブリン退治とかしてたのか。

 そりゃエルウィンさんも愚痴りたくもなろう。なにやってんのこのヒト。

 希望のなんとも言えない視線を受けたレオンは、にっと笑ってサムズアップして見せた。

 さすが将軍、とんでもない厚さの面の皮である。


「ちなみにレオンはライオネルの愛称読みでもあるわ。近しい人にそう呼ばせているのか、のかは知らないけれど」


 そうゼクスが言うと同時に、すっと視線を逸らして酒を飲むレオン。

 おい待て図星か。

 ゴブリン退治する隊長用の名前かレオン。


「ちなみにそっちで出来上がりつつあるのが、この国の筆頭魔導師の一人であるパーシバルだ」


 トウマ氏が示した先には、シルヴァともう何度目だかわからない乾杯をするパーシーの姿があった。


「およ~? なにか某に御用でござるかぁ~?」

「なに、パーシーに用があるのか。それは俺にも手伝えることだろうか」


 とろーんとした目つきのパーシーに対し、一見シルヴァはしっかり受け答えができるように見える。


「なんでも言ってほしい。俺にできることであれば手伝おう。まずはこの酒を飲み干せばいいだろうか」


 あ、ダメだこれ酔っぱらってるわ。

 ぐでんぐでんの筆頭魔導師殿と一見酔ってない風に見えるわんこに、なんでもないからほどほどにと告げて話を戻す。


「まあ、ともかくレオンとパーシーが随分と高い評価で報告してくれたのさ。聞けば帰りの兵たちの面倒まで見てくれたらしいじゃないか。そりゃあ僕だって会ってみたくなる。それに加えて、王都に着いた当日に子供の救出だ。そこまで聞いて会わないなんて選択肢はないだろう?」


 いや、わたし的にはそっとしておいてほしかった!

 王都に着くと同時に強烈なイベント起こした自覚はあるけども!


「で、だ。希望くん」


 と、トウマ氏はどこか悪戯っぽい目と口調で改めて口を開いた。

 何故だろう。とても嫌な予感がする。


「え、あの、はい」

「君たちは今、職についてはいなかったね。これからどうするつもりだい?」

「えー、あー、や、あの、特になにも」


 考えてません。


「とりあえず、冒険者になるつもりはないんだったね?」

「え、あ、その、じょうきょうによる、かも? です」


 今のところ冒険者にはあまりいいイメージがないが、日々の糧を得るために必要とあれば冒険者も選択肢に入るだろう。

 お金にはまだしばらく余裕があるから、今日明日に仕事を決めなくてはならないわけでもないけど。


「つまり、安定した収入があれば冒険者にはならないわけだ」

「や、そういうわけじゃ――あれ、そう……なるのか?」


 畳み掛けるように言われ、勢いに押されるまま答えるが、まあトウマ氏の言うことは間違っていない。

 安定して生活できるのであれば、冒険者になる必要などないのだし。


 トウマ氏はにこっ、ととっても素敵でさわやかな笑みを浮かべ、希望の肩にぽんと手を置いた。


「じゃあ、僕に雇われてみないかい?」

「へ」


 なにそれこわい。


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