第24話 王城にて

 希望は荘厳な大広間にいた。

 真っ赤なカーペットが部屋の入り口から目の前まで一直線に伸び、いくつかの段差を経てやや高い位置にある椅子の下まで綺麗に敷き詰められている。


 その椅子はと言えば、これまたやたらと豪奢ごうしゃな造りの大きなものである。頑丈な木にをベースに、なにやらふっかふかなクッション材を用い、赤と金で彩ってある。椅子だけでも相当な存在感だ。

 まるで――というより、まんま玉座であった。


「…………ええと」


 隣のレオンにならい、とりあえず床に片膝をつく。

 それから、えー、右腕を左胸に置く、と。で、頭を下げておく。

 こ、こうかな?


 希望の後ろではシルヴァとゼクスが同じように頭を垂れているはずだ。ゼクスはこういうの嫌がるだろうと思ったが――というか希望だってイヤなのだが――空気を読んで同じようにしているらしい。

 部屋の入り口から玉座まで、ずらりと人が並んでいる。


 入り口の方は兵士としても、たぶん玉座に近い場所にいるのはお偉いさんたちだろう。

 これから希望はこのアーシュラウム王国の国王陛下と謁見することになっているのである。 


 どうしてこうなった。


  *


 地下水路から帰還した希望たちを出迎えたのは、助けを呼びに来た女の子――リリちゃんというらしい――と、二人の男の子の母親、壷中天の女将さん、そしてレオンを筆頭に、武装した十数名の筋肉たちであった。

 どうにもいざ地下水路へ突入! というところだったらしい。


 クルトとロランを連れ帰った希望たちを見て揃ってきょとん顔だったのは、言ってはなんだが結構面白かった。


「おっと、嬢ちゃんたちが救出しちまってたか。さすがだな」


 いち早く状況を把握したレオンがにかっと笑ってそう言うと、一同がわっと沸きあがる。

 心配のあまり涙目のかーちゃんに怒られて、わんぱく坊主クルトもバツが悪そうだ。


 そうしてあれよあれよと盛り上がり、やれ打ち上げだ、宴会だという話になって。

 そのまま壷中天にて宴会と相成った。

 そこまではいい。問題は翌朝、つまり今日のことである。


「ノゾミ殿。シルヴァ殿。ゼクス殿。朝食を終えたらちょっとついてきてほしいでござる」


 朝食時にパーシーにそう言われ、通されたのはレオンが宿泊していたらしい部屋だった。

 希望が宿泊した部屋よりも少し広く、部屋の中央にはテーブルと椅子が置いてある。

 そこには随分と立派な身なりの青年が一人、希望たちを待っていたかのように腰かけていた。


 茶色の髪は綺麗に撫でつけられ、整った顔立ちはどこか見覚えがある気もしないでもない。というかここはレオンの部屋のはずだが、目の前の人は誰だろう。レオンの上司とかだろうか。


「その恰好はどうしたんだ、レオン」

「れおん」


 シルヴァの言葉を反芻する。

 いや待て、あのにーちゃんはあんなサラサラヘアーではない。

 頭の上にぴょこんと乗っている丸っこい耳にはひどく見覚えがあるのだが。


「ああ……ノゾミ殿。シルヴァ殿。ゼクス殿。私と共に、王城へ参じていただきたい」


 一瞬だけ手を後頭部にやりかけ――やっぱり戻してから、どうやらレオンらしいヒトはそう言った。

 今絶対後頭部がしがし掻こうとしただろこのヒト。もしやったら髪のセットめちゃくちゃだもんね、わかる。


 それはともかく気になる点がありまくりである。

 これまで見てきた着流し風の衣装とは違い、高級感漂う衣服然り、妙に固っ苦しい口調然り。

 それよりなにより、王城。こんなろくでもない単語を聞くことになるとは思わなかった。少なくともOh,Johの聞き間違いではないだろう。そもそも誰だよジョー。


「え、なんで」


 疑問はそのまま口から出て来た。

 レオンはもっともだとばかりに頷き、


「陛下が、あなたがたにお会いしたいと。地下水路に迷い込んだ子供たちを助けてくれた礼を申し上げたいとおっしゃっておられる」

「へ」

「礼。俺たちに、国王が。……その、国王というのは、とても偉いものではなかっただろうか」


 希望だけではなく、シルヴァをしても不思議に思うほどだったようだ。

 ゼッちゃんは――うん、ポーカーフェイスだからわかんない!


 ともかく、希望たちがやったことといえば国民とはいえ市政の子供を二人、地下水路から連れ出しただけである。

 で、王様がどこの馬の骨かもわからない連中に頭を下げていいものなのだろうか。


「陛下には陛下のお考えがあるのだろう。私は陛下の命に従うだけのこと」

「つまり、よくわからないけど連れて来いって言われた、と」


 ゼッちゃんの言葉に、レオンは思わず、といった様子で苦笑いを浮かべる。


「それで、いかがだろうか。お付き合いいただけるとありがたい」

「正直面倒なのだけど、わたしは希望に従うわ。あなたが決めなさい」

「俺は構わない。レオンに同行しようと思う」


 ゼクスは希望次第、シルヴァは行く。まあ、彼は大抵のお願いは断らないだろう。

 さて、ではここでシルヴァにあとよろしく! と任せてそれっきりにしていいか、という点だが――


「…………い、いく」


 めんどいとか見世物になるのがイヤだとか、そんな理由で行かないというのは思いっきり薄情な気がする。

 正直葛藤がないではなかったが、希望も頷かざるを得なかった。


   *


 と、そんなこんなでレオンとパーシーに同伴して王城にきたわけで、馬車移動からの大広間――おそらく謁見の間であろう――に通されてしばらく。

 なるだけ顔は伏せていたのだが、やはり部屋のあちこちから視線が向けられて居心地がよろしくない。

 部屋の奥から女官らしき人が入室してきて、レオンの身体に緊張が走ったのがわかった。


「トーマ・ゼノ・ウィンザード・アーシュラウム国王陛下の御成おなりである」


 厳かな声が部屋中に響き、玉座の裏手から、その人は姿を現した。

 健康的に日焼けした肌。赤みの強い髪。柔和さの中に、どこか荒々しさを湛える黒い瞳。


 赤い裏地の白いマントを翻し、堂々と玉座に腰かける。

 なるほど、風格はまさしく国王と言うに相応しい。


「面を上げよ」


 涼やかな低音の声が耳朶じだを打った。

 レオンが顔を上げたので、一瞬遅れて顔を上げる。


 随分若い。アーシュラウム王国当代国王、トーマ・ゼノ・ウィンザード・アーシュラウムへの希望の第一印象は、まずそれだった。


 顔立ちも肉体も、まだ二十代半ばくらいだろうか。

 精悍せいかんな顔つきはまさしく成熟した男性のそれではあるが、少年のような無邪気さと老人のような狡猾さを併せ持っているようにも見える。


 引き締まった体躯は、あの地下水路に利用されているダンジョンを踏破したことの証左のようだ。


「……こりゃまた随分美人さんだねぇ」


 ぼそり、と。

 王が呟くのが聞こえた。

 あ、いやいいです。そういうの間に合ってます。


「さて、では改めて名乗ろう。余はトーマ。トーマ・ゼノ・ウィンザード・アーシュラウム。アーシュラウム王国国王である。そなたたちの名を聞かせてもらおう」


 自己紹介キター!

 え、まってまってわかってたけどまって。

 王様にどんな自己紹介すればいいのわかんないまって。

 レオンとパーシーは聞かれたら名乗ればいいっていってたけどそれ結構ハードル高いまって。


「シルヴァだ」


 とか混乱しているうちに、希望を抜かして背後のシルヴァが名乗りを上げてくれた。

 ありがとうシルヴァッティ!


「……その、あなたがとても高貴な方だと承知している。だが、俺はこの通りの半魔で、不調法者だ。なにか失礼があるかもしれないが、許してほしい」

「ふふ、構わぬよ。礼というものは作法ではない。その心根にこそ現れるものだ」


 シルヴァの謙虚さが気に入ったのか、王は鷹揚に頷いた。

 続いてゼクスが、そっけなさすら覚えるほどに簡素に名乗る。


「ゼクスよ」

「ゼクス――? そう……か。ふむ、そうか」


 シルヴァと比較すると無礼にも取れる態度ではあったが、王は特に気を悪くする素振りもなく、どこか腑に落ちないような顔をして頷いた。

 そして、視線は自然と希望に移る。


「さて、最後はそなただ。黒髪の少女よ」


 人見知りにこの数のギャラリーの前で自己紹介とか、酷だと思うんですよ王様。

 とはいえ名乗らないわけにもいかないし、なんとか無難に挨拶を――


「う、え、あ、ど、ども。桜井希望っす」


 やっちまった。


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