第3話 異世界の取扱説明書(剣)
目を開けると、一面の緑が広がっていた。
木。木。木。周囲にはひたすら木が立っている。察するに、森だ。
希望は森らしき場所の、少し開けた草むらの中に立っているらしかった。
「ここが――異世界?」
なのか?
希望が元いた世界と異なる木や草が生えているのかもしれないが、元の世界でも植物の知識があったわけではないのだ。見た感じ、大きな違いは見つけられない。
では空はどうか。空の色や雲の色が違うとか、太陽が二つあるとか、以前と明らかに違う部分があるかもしれ――特にありませんねハイ。
真っ青な空に、真っ白な雲。一つしかない太陽は燦々と希望を照らしている。
ついでに言えば、ドラゴンが空を飛んでいるわけでもない。
うむ。ここが本当に異世界なのか、急に自信がなくなってきた。
そもそも、神(仮称)はどこらへんに希望を飛ばすのか全く情報をくれなかったのである。前の世界より危険な異世界だよ! 剣と魔法があるよ! でもお前に攻撃魔法はくれてやらねー! というふわっとした情報だけだ。
あ、くそ。ろくな魔法もらえなかったこと思い出した。むかつく。
「魔法……」
しかし、である。生活魔法というよく分からん種類の魔法と、デカい倉庫らしい空間魔法、ゆうしゃのたびだち一式、すてきななにかをもらっているのも事実だ。
すてきななにかが不穏すぎる点については、この際全力で目を逸らすことにする。
ともかく、もらったものの中身を確認しておく必要はありそうだ。
希望はまず自分の着ている服を見下ろした。
神(仮称)が「たびびとのふく」とか言っていたのはコレだろう。
麻だか綿だかその他の不思議素材なのかは知らないが、ブラウスっぽい服と、膝丈くらいの裾のスカートだ。その上からローブらしきものを羽織っている。
ここに転移するまでは学校の制服を着ていたし、唐突に服装が変わっているのは確かに魔法っぽい。「たびびとのふく」とかいう割には特に旅人らしさはない気もするが、あの神(仮称)のことだ。どうせ適当に名前を付けたに決まっている。
肉体も再生すると言っていたが、今の希望はその再生後の肉体とやらなのだろう。実感はないが、身体を動かす分には全く違和感がないので問題なさそうだ。
さて、服と身体のチェックが終わったところで次は武器だ。どうのつるぎがあるらしいが――
「どこだどうのつるぎ」
少なくとも身に付けてはいなかった。
あの神(仮称)がくれると言ったのだから、所有はしているのだろう。嘘をついても意味がないし、彼はそういうタイプではない。
――どう見ても人をおちょくって楽しむタイプだから、よりタチが悪いとも言える。
「空間魔法」
導き出される結論はそれだ。
容量盛りだくさんの素敵倉庫らしい。具体的な使い方は全くレクチャーされていないが、どう使えばいいのだろうか。
とりあえず手を伸ばしてみる。
「えと、開け……ゴマ? 的な?」
すごくいい加減な呪文を唱えてみたが、果たして空間魔法は機能したようだ。
唐突に、目の前にぽっかり穴が開いた。
文字通り、穴である。サイズはあまり大きくない。ちょうど希望の腕が突っ込める程度の大きさだ。
穴の中は完全な暗闇で、中がどうなっているのか分からない。
これは、腕を突っ込めということだろうか。いや、考えるまでもなく突っ込めということなのだろうが、突っ込んだ結果まかり間違ってすてきななにかに触れてしまったらどうしよう。
少しだけ逡巡したが、所持品の確認はしておいた方がいい。意を決して、希望は空中に現れた穴の中に手を突っ込んだ。
――瞬間、希望は理解する。
いや、理解するというか、理解させられた。空間魔法の原理はさっぱり分からないが、ともかく今希望が腕を突っ込んでいる謎空間に入っているものは三つ。
どうのつるぎと、100ゴールド。すてきななにか。
空き領域は、19.2パーセント。おおむね40メートル四方の立方体くらいがフリースペース。って空き領域デカいな!
あとすてきななにか結局なんなのか分からないのかよ。80パーセントとかバカみたいな領域占めてるくせに。
ともかく、どうのつるぎを見つけ出したので引っ張り出すことにする。すてきななにかには触らない。
何が起こるか見当もつかないし。触らぬ神にたたりなしと言うしね。
あの神(仮称)は勝手に手ぇ出してきそうだけどな!
「どうのつる……重っ!」
とりあえずどうのつるぎを取り出してみたが、案の定重かった。
刃渡りは50センチ前後だろうか。ナイフよりは長く、希望がイメージする剣よりは短い。ショートソードなどと呼ばれるものだろう。
昔の銅製の道具は、錫との合金である青銅が主だったと世界史で習った記憶がある。が、現在希望の手元にあるコレはどうも純銅製っぽい。銅は鉄より重いはずなので、この重量感も納得である。
多分、1キログラム強はあるはずだ。予想はしていたが、武器として振り回せる気がしない。むしろ振り回される気しかしない。
「あれ、これ先走りすぎかわたし」
『――希望。希望よ』
この状態で魔物に襲われたら即死亡である。いや、死亡くらいで済めばいいが、ゴブリンとかオークとかに捕まってアレやコレな目に遭わされる可能性もなきにしもあらずだ。
それは嫌だ。全力で嫌だ。
だから攻撃魔術をよこせと言ったのに! 対象をまとめて消し飛ばす感じのやつを!
『ライトグリーンの女、希望よ。とりあえず人の話聞けな』
「うおぅ、びっくりした!」
唐突に頭に声が響いて、希望は思わず飛び上るほどびっくりした。
『色気のないリアクションだなおい』
「キサマ、クソ神様か」
あ、クソって言っちゃった。まあいいや。
さっき別れたばかりだというのに何の用だろう。寂しくなったのだろうか。
『おー、クソ神様だ。こんにちは』
「あ、はい。こんにちは。……いやいやいや認めちゃうのクソ神様」
『分かれば別になんでもいい。定期的に筋肉がこむらがえる呪いをかけてやろう』
こわっ! 神(仮称)様こわっ! わたしが悪かったので嫌がらせをやめろくださいコノヤロウ。
『それはそれとして、この念話が使えるということは、どうのつるぎを取り出したということだな』
「あ、うん。どうのつるぎ重いんだけどこれ」
『ただの銅の塊だからなそれ』
「おい。おいキサマ。これ素敵アイテムじゃないなかったのか」
勝手に敵を倒してくれる系とか、そんなのをちょっぴり期待していたのに!
『おー、それな。言ってしまえば説明書な』
「せつめいしょ」
ちょっと待ってほしい。
今こいつなんつった?
「せつめいしょ? ってなに」
希望の脳内に、盛大なため息が響いた。むかつく。
もの知らずな小娘のために説明してやるが、と前置きされた。むかつく。
『機械・道具・アプリケーションなどの使用を記載したもの。手引き書。マニュアル。取り説。これ以上簡単には説明できんぞ』
「いやあの、単語の意味はどうでもいいんだけど」
どうのつるぎはどうのつるぎであって、説明書ではないはずだ。どうしたらどうのつるぎ=説明書になるというのか。
そう聞くと、
『もちろんその世界の情報を一通り埋め込んで渡したからだな』
そんなふざけた答えが返ってきた。
「なぜそんな回りくどい真似をしたキサマ」
『…………様式美?』
特に深い意味はなかったと見た!
なんとなくか! なんとなくなのか!
『防具だけ渡して武器はないっていうのもカッコ付かんだろう』
「そこ素直に素敵武器よこせば良かったんじゃないかなぁ!?」
適当に振り回しても自動的に敵を倒してくれる剣とか、投げれば必中の槍とか弓矢とか!
あととにかく魔法をよこせ!
『えー、最初からチートよこしてもつまんなくね?』
「わたしには死活問題なんだけど」
『とはいえどうのつるぎを選んだのはお前なわけだしな』
「確かに! ってなると思うなよキサマ。ひのきのぼうとの二択だったよね。悪意に満ちてたよね」
『持ち歩きに不便かと思ってひのきのぼうを提案してみたんだが』
確かに銅の塊よりは持ち歩きやすいだろうけども!
『ともかく、そのどうのつるぎは説明書だ。辞書とか用語の検索機と言った方が正しいかもしれん』
「……どう使えばいいの?」
文句は山ほどあるが、いくら文句を言ったところでコイツが
『
とりあえず、言われた通りやってみることにした。
刃――を握るのはちょっと怖いので、柄を握って刃を上に向けたまま、目を閉じる。この格好ちょっと騎士っぽいね。カッコいいかもしれん。
まず最初に確認すべきことは、
「ここは、どこ?」
問いへの回答は、脳に直接浮かんできた。
――アーシュラウム王国東部、リーザス。通称「月光の森」中心部。
よし分からん。少なくとも希望の知識にはない国と地名だ。
そのアーなんちゃら王国がどんな国で、今いるこの森がどれくらいの大きさで、人のいる場所からどれだけ離れているのか。それくらいの情報は欲しい。
無意識のうちに浮かんできた疑問には、随時回答が浮かんでくる。
アーシュラウム王国。ヒト族を王とした絶対君主制の王国。建国300年。情報不足により詳細不明。
月光の森。アーシュラウム王国東部、リーザスに存在する小規模森林。情報不足により詳細不明。
月光の森から最短距離にあるヒトの居住地。地方都市リーザス。現在位置からの直線距離、約5キロメートル。
以上。まったくないよりだいぶマシだが、情報不足感は
説明書は地図ではないし、こんなもんかと言えば確かにそうなのだが。ちょいちょい出てくる用語を検索する分には問題ないだろう。
いちいちこの重い剣を持たなくてはならないところがいただけないが。
『なお魔物に剣を向けると対象の情報を自動で更新するようになっている』
「なにそのどっかで聞いたことのあるような図鑑機能」
だから武器の形をして――って納得すると思うなよキサマ。奇襲くらって即死じゃ意味がない。
魔物を捕獲するボールとかないのか。
『さて、一応アフターサービスでどうのつるぎの使い方まで教えてやったが、ここから先は俺もお前に関与しない』
「え……あ、うん」
神(仮称)のどこか固い声音に、希望は思わず背筋を伸ばした。
それはそうだろう。仮にも神様っぽいなにかだ。希望だけに構っているわけにもいかないはずだ。
『それなりに生きていける程度の能力はくれてやったはずだから、あとは知恵と勇気で切り抜けろ』
「どこら辺がそれなりに生きていける程度の能力なのか、まったく分からないのは何故か」
いや、うん。倉庫業とか運搬業で生きていけるかもしれない。空間魔法的に。
女の子の職種としてはどうなのかという疑問が残るけど。
『…………がんばれ!』
「ちょ、おま!」
ものすごくざっくりした激励の言葉と共に、神(仮称)の気配は消え去ってしまった。
逃げやがったなアノヤロウ。今度会ったら殴る。ぜったい殴る。
こみ上がった怒りを呼気と共に排出して、希望は改めて周囲を見渡した。
木。木。木。やはり言わずもがな、森である。「月光の森」なんぞというどこのRPGかという名前まであるらしい。
「一番近い町まで、直線距離約5キロ……だったかな」
単純な距離で言えば、そう遠く感じない。
しかしここは森のど真ん中である。土地勘は最初からないにしても、方向感覚もうまく機能しないだろう。
さらに言えば、舗装されていない地面を歩くのだから体力の消耗も大きいはずだ。単純に5キロ歩いたら現地の人に会えてヒャッホウ! とはならないであろうことは想像に難くない。
ということは、である。
「あれ、これ最初から詰んでね?」
おいクソ神様もっとわたしを甘やかしてくださいやがれコノヤロウ。
希望は思わず天を睨んで悪態を
「今わたしの逆襲カウントが1上がった。これで死んだら祟ってやる」
神様に希望の祟りが通用するかは自信がなかったが。
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