第四章 ~『バニラとの決闘』~


 アリスがグレートタイガーとの激闘を繰り広げていた頃、ニコラは二人の幹部と相対していた。


 二対一は組織にとって有利な状況だ。だがフレディは距離を取ると、腕を組んで、その様子を静観する。


「逃げるのか?」

「まさか。他人の闘いには干渉しない主義でね。バニラが敗れることがあれば、僕が戦うよ」

「随分と油断しているな。俺は二対一でも構わないんだぞ」

「君の方こそバニラを舐めすぎだ。彼女は組織で唯一人、僕が認める実力者だ。簡単に勝てるとは思わないことだね」


 ニコラがバニラに視線を移すと、ピリピリとした緊張で空気を震わせる。ニコラの実力を見抜いている彼女は、油断する素振りを見せない。警戒するように、杖を掲げて、魔力を練り始めた。


「魔法使いが武闘家の俺に勝つつもりか?」

「魔法を発動する間もないまま敗れるでしょうね。だが私には優秀な前衛がいますから」

「お仲間は手を出すつもりはないようだが?」

「忘れているようですね。壇上にはもう一人、組織の人間がいるではありませんか。ですよね、コータス」


 バニラの呼びかけに応じて、コータスは木槌を捨てる。彼の口元には笑みが浮かんだ。


「あんな男に俺が止められるとでも?」

「まさか。ですがコータスはフレディの部下の中でも三本の指に入る実力者。時間稼ぎくらいはできます」


 皺くちゃの顔に笑みを浮かべるバニラを守るため、コータスは駆け寄る。この時の彼女は油断していた。だからこそ足を掬われる結果になる。


「悪いが、俺の勝ちだ」


 バニラへと駆け寄ったコータスが、彼女の脇腹に拳を突き刺す。突然の裏切りで真っ白になった思考に、痛みが広がる。彼女は膝を折って、その場で崩れ落ちた。


「な、なぜ裏切ったのですか?」


 バニラは裏切ったコータスを冷めた目で見つめる。だが彼は答えを告げる代わりに、足下から魔力の粒子となり姿を消していく。


「まさか……分身魔法っ!」

「それと変身魔法の組み合わせだ。お前が仲間だと思っていたコータスは、俺の分身が変身した姿だったのさ」


 ニコラがベカイゼ支部でコータスと接触した本当の狙いはこれだった。組織の人間に自分の分身を紛れ込ませておけば、いつでも背後から一撃を加えることができる。彼の用意していた卑怯が実を結んだ瞬間だった。


「クククッ、やはりあなたは油断できない人ですね。正面から挑まなくて正解でした」

「まさか……」

「私もあなたと同じということですよ」


 倒れ込んでいたバニラが魔力の粒子となって霧散する。戦っていた彼女は分身だったのだと知る。


「ならフレディの奴も……」


 彼がいた場所に視線を送るが姿はない。本当の狙いは、ニコラから逃げるための時間稼ぎだったのだ。


「な~にが、他人の闘いに干渉しないだよ。俺から逃げるのが目的だったんじゃねぇか」


 フレディはニコラに負けず劣らずの卑怯者だった。アリスの質問に素直に答え、自分の力量に自信がある態度を示したのも、逃げるはずがないと、彼に思いこませるための演技だったのだ。


「まぁいい。それよりも……」


 ニコラはアリスと合流する。彼女の傍には気絶したグレートタイガーが転がり、涙を流すジェシカもいた。


「ふん、無事だったんだな」

「ニコラ……あ、あの、ありがとう……」

「お前のためじゃない。生徒たちのためだ」

「うん。知っている……でも助けに来てくれたことが嬉しいの……」


 目尻の涙を拭いながら、ジェシカは精一杯の笑みを浮かべる。その顔を前にして、嫌味を口にする気が失せてしまう。


「はぁ~、俺も甘くなったな」


 溜息と共に、生徒たちのためだと言い聞かせる。彼の復讐心は消えないままだが、それでも無事で良かったと安堵する気持ちが湧き上がってくるのだった。


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