第四章 ~『闇オークションの始まり』~


 コータスとの密談を終えたニコラは、闇オークション会場へと向かう。そこはベカイゼ支部と地下で繋がった先にあった。


 暗い通路を進んだ先に、クリスティーゼオークションの会場にも引けを取らない広大なスペースが顔を出す。階段型の観客席には大勢の観客が座り、開始を心待ちにしていた。


「先生、観客の人たち、みんな仮面を被っていますね」

「疚しいことをしている自覚があるんだろうな……」


 ニコラは収納魔法から仮面を取り出す。鬼のお面は、子供なら泣き出しそうな形相を浮かべていた。


「このお面はオロチさんと同じものですか?」

「微妙に違うな。こっちのお面は角が二本生えているからな。デザインが気に入ったから衝動買いしてしまったのだ」

「先生の趣味は血筋なんですね……」

「デザインはともかく、顔を隠すなら十分役に立つだろ。よければ使うか?」

「止めておきます。私は自分が恥ずかしいことをしているとは思いませんから」

「それもそうだな」


 ニコラはすんなりと鬼の仮面を収納魔法で仕舞う。彼らは闇オークションに参加するのではない。催しを潰し、ジェシカを救い出すことが目的なのだ。


「どうぞ、ニコラ様。こちらです」


 二人は職員によって、最前列の客席へと案内される。競売に掛けられる商品が良く見える席だった。


「特等席ですね」

「会場を襲撃された場合に、真っ先に商品を守るためだな」


 観客より商品の近くに重要な戦力を配置していることから、組織の守りたいモノの優先度が察せられる。これはジェシカを探る手掛かりにも繋がっていた。


「俺より古参の幹部は、より商品に近い壇上で警護するはずだ。フレディがジェシカを傍に置いている可能性は高い。ここで待っていれば、すんなり見つけられるかもな」


 ジェシカは勇者パーティに所属できるほどの実力者だ。捕えておくのも簡単ではない。見張りも兼ねて、フレディが傍に置くことは十分に考えられる。


「もう少しで始まりますね」

「だな」


 闇オークションが始めるために、壇上にベカイゼ支部の支部長であるコータスが姿を現す。オークショナーを担当するのか、木槌を手にしている。


 観客にも視線を配り、戦力を把握する。客のほとんどは闘気が小さく、肉体も冒険者とは思えないほどに脆弱だ。貴族が正規手段では買えない珍しい物を求めて参加しているのだと察する。


「先生、あの二人を見てください」


 コータスに続くように、二人の人影が壇上に姿を現した。一人は若い男で、金髪と灰色の瞳が特徴的だ。もう一人は外套を羽織った老婆である。二人は他の観客と違い素顔のままだ。


「仮面を付けていないのは、顔を隠す必要がないということでしょうか」

「この場にいる誰もが知る存在ってことだ……つまりは幹部だな」

「お婆さんは、組織のまとめ役のバニラさんでしょうか?」

「だろうな。そして、隣の若い男。あいつが拳法使いのフレディだ」


 ニコラは二人を観察する。バニラからは肉体的な強さを感じないが、高位の魔法使いであることは間違いない。油断できない相手だ。


 そしてフレディ。彼の身体から溢れる闘気は常人を遥かに超えており、立ち振る舞いにも隙がない。


「先生はあの二人に勝てますか?」

「問題ない。アリスはどうだ?」

「試合なら勝てません。ですが何でもありなら勝機はあります」

「それでこそ俺の弟子だ」


 相手が強者でも怯むことはない。アリスは一人前の武闘家に成長していた。


「皆様、お待たせ致しました! オークションを始めます!」


 オークショナーのコータスが木槌を叩く。観客の拍手と共に闇オークションが開催された。


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