第四章 ~『幹部の挨拶』~


 富裕層のみが足を踏み入れることを許された特別なエリア。そこには力を誇示するための豪華絢爛な建物が並んでいた。そんな中、人の視線から隠れるように闇夜に溶け込む黒の建物がひっそりと建てられている。それこそニコラたちの目的であった。


「組織のアジトの一つだそうだ」


 ニコラは幹部に就任した際に、サイゼ王国内にある組織の拠点情報を聞き出していた。その一つがここベカイゼ支部である。


「まさか先生、アジトに乗り込むのですか?」

「言っただろ。挨拶してくるだけだ」


 ニコラは建物の裏手に回り、あらかじめ聞いていた合言葉を守衛に告げる。頭を下げる守衛に案内されて、ニコラたちは中へと招き入れられた。


 外観の無骨な印象とは対照的な煌びやかな室内が、ニコラたちを歓迎する。床に敷かれた赤い絨毯と、天井で光り輝くシャンデリア。ニコラが感嘆の声を漏らしていると、一人の男が駆け寄ってきた。


「ニコラ様ですね」

「あんたは?」

「私はベカイゼ支部の支部長、コータスと申します」


 コータスは軽く頭を下げる。ただの軽い会釈だが、くっきりとした顔立ちの彼がやれば気品ある振る舞いになった。元は貴族の生まれなのかもしれないと、ニコラが観察していると、コータスは爽やかな笑顔を返した。


「あんたが俺を採用した男だな」

「直接会うのは初めてですね……後ろの女性は?」

「俺の弟子だ。気にするな」

「そうですか……それでニコラ様、今日はどのようなご用で?」

「闇オークションの護衛を頼まれただろ。どうせ護衛するなら、会場の外ではなく、客席から護衛したいと思ってな」

「では壇上に近い席を確保しましょう」

「頼む。それともう一つ、闇オークションに関しての情報提供だ。なんでも冒険者が会場を襲撃する計画を立てているそうだ」


 襲撃計画は反応を見るためのニコラの嘘である。だがコータスは平静を保ったままだ。


「そうですか。ですが問題ないでしょう」

「問題ない?」

「ニコラ様もいますし、それに何よりフレディ様がいらっしゃいますから」


 コータスはフレディという男が勇者に匹敵する力を持つことや、闇オークションに護衛として参加していると自慢げに語る。その語り口には尊敬が含まれていた。


「フレディのこと、信頼しているんだな」

「人間性は最低ですし、友人になりたいとは思いませんが、あの人間離れした力には憧れてしまいますから」

「それほどまでに強いのか……だがそれでも不安だな。闇オークションを襲撃する冒険者も勇者にも匹敵すると聞いているからな……ジェシカを護衛に割り当てるのはどうだ?」

「ジェシカ様ですか……それは難しいですね」

「組織に掴まったと聞いているぞ。なぜ難しい?」

「ジェシカ様の身柄はフレディ様の手の内ですからね。あの人が私の頼みを聞くとは思えませんから」

「…………」

「それに戦力は現状でも十分ですから。心配はいりませんよ。闇オークションには幹部であり、組織のまとめ役であるバニラ様も参加されます。ご高齢ではありますが、実力は他の幹部に引けを取りません」

「幹部が二人もか。それは好都合だな」


 フレディとバニラが参加するなら、仮にジェシカが会場に現れなくても、尋問で情報を引き出せばいい。二人を辿れば必ず彼女の元へと辿り着ける。


「好都合?」

「こちらの話だから、気にしないでくれ。それよりもう一つ、極秘の情報を伝えたい、他の奴には聞かれたくない内容だから、二人っきりで話ができないか?」

「構いませんよ。あちらに私の自室がありますから、そこで話を聞かせてください」


 ニコラは愛想笑いを浮かべるが、その笑みの真意は友好ではない。組織の破滅を願う、口角の歪みだった。


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