第四章 ~『サクラと卑怯』~


 オークション開始を知らせる小槌の音が会場に響き渡り、観客が拍手を浴びせる。世界最高と名高いクリスティーゼオークションがとうとう始まった。


 アシスタントの女性が壇上に品物を運んでくる。それは最初の品目として相応しいダイヤで作られた盾だった。


「派手な盾だな」

「といっても武器としての性能はない観賞用でしょう」

「やはり高いのか?」

「金貨一万枚は軽く超えると思います」


 ニコラたちは会場の様子を伺う。観客は我先にと、値を釣り上げていく。最終的にはアリスの予想通り、金貨一万枚を超えて、金貨二万枚で落札されることになった。


「二万枚か。買ったのは貴族か?」

「おそらくは。冒険者なら飾るために盾を買うことをしないでしょうし、商人なら金貨二万枚は高すぎますから」


 冒険者は命がけの仕事で金を得ている。それは自分の命を危険に晒した対価に等しい。そんな彼らが欲するのは、美しい武具よりも、実用性のある武器だ。


 同じく商人も実利を重んじるため、転売した時に、買値を超える価格で販売できるかどうかで落札を判断する。だがダイヤの盾に金貨二万枚を超える価格を付けるのは至難の業だ。


「それでは次の商品を紹介します。次は――」


 司会のオークショナーが次々と商品を紹介し、それを観客たちが落札していく。最初の品目から半時間ほど経過し、とうとうニコラたちの狙い、魔導書のオークションが始まった。


「来たぞ、アリス」

「分身魔法ですね」


 オークショナーが分身魔法について説明する。如何に便利な魔法なのか、そして如何に貴重な魔法なのかを語るたびに、観客席から歓声があげる。特に冒険者の瞳は、玩具を見つけた子供のように輝いていた。


「分身魔法、どれくらいの価格になるだろうな」

「冒険者もかなり参加していますから、最低でも金貨三千枚はいくでしょうね」

「泥沼は避けたいな」

「意地の張り合いになれば、相場の何倍もの価格になることもありえますからね」

「よし、なら少し乱暴だが……」


 ニコラはふぅと息を吸い込み、オークショナーの商品紹介が終わるのを待つ。吸い込んだ息が彼の肺に溜まり膨らんでいった。


「では最低落札価格、金貨三千枚からのスタートです。競売を開始し――」

「金貨三万枚!」


 ニコラは会場が静まりかえるような声で叫ぶ。金貨三万枚、開始価格の十倍の提示に、皆が黙り込んだ。


「金貨三万枚だ」

「え~金貨三万枚、頂きました。他のお客様で、より高値で落札される方はいませんか?」


 先ほどまで目を輝かせていた冒険者も、開始価格の十倍の金額に顔を俯かせる。魔導書の中では最初の出品であるため資金を温存しておきたい心理が働いたことと、開始価格の十倍を提示する男と価格競争をしたくないことから、誰も手を挙げなかった。


「では落札です。おめでとうございます」


 まずは一点、目当ての商品を落札し、ニコラとアリスは喜びを見せる。そして次に、大本命の収納魔法の魔導書が運ばれてきた。


「続いての紹介は収納魔法。冒険者なら戦利品の保存やアイテムの持ち運びに、貴族であれば自分だけが開け閉めできる隠し金庫として使うことのできる便利な魔法。そのあまりの利便性に皆が自分で習得するために魔導書を使うため、中々世に出回らない珍しい一品です」


 オークショナーは収納魔法が如何に素晴らしいかの言葉を続ける。分身魔法とは比べものにならない熱気が会場を包み込んだ。


「先生、今度はどういう作戦でいきますか?」

「収納魔法だ。金貨三万枚は覚悟しないとな」

「その程度で済めばよいのですが……」


 アリスは不安げな表情を浮かべる。ニコラは分身魔法と同じように最初に高値をぶつける作戦で進めることに決め、競売開始を待つ。


「では収納魔法の競売を開始します」

「金貨三万枚!」


 ニコラは分身魔法の時と同じように叫ぶ。だがその声はすぐにより大きな声で上塗りされる。


「金貨五万枚!」

「金貨六万枚よ」

「なら私は金貨八万枚だああぁ」


 貴族と冒険者が収納魔法を手に入れるべく、凄まじい勢いで値を釣り上げていく。異常ともいえる値上がりの仕方だ。


「先生、いくらなんでも」

「高すぎるな」


 ニコラは落札希望を出した観客を注視する。格好こそ身綺麗だが、無精髭や滲み出る態度は、富裕層のそれではない。


「なるほど。そういうことか」

「なにか分かったのですか?」

「出品者がサクラを雇って、値を釣り上げているんだ」


 人は欲しい物が他の人間も求めていると知ると、財布の紐が緩くなる習性がある。それ故にサクラの効果は絶大だった。


「先生、このまま進めば予算をオーバーします」


 ニコラが収納魔法に支払える予算は金貨十万枚。収納魔法の普段の相場なら半値でも買うことができるだろう。しかし今の異様な状況では、予算を超えてしまう可能性があった。


「正直、少し油断していた。金貨十万枚を超えることはないだろうと思っていた」

「先生……」

「だが俺はやられっぱなしの男じゃない。俺に敵対したことが失敗だったと教えてやる」

「先生! 何か思いついたのですね!」

「出品者も卑怯な手段を使ったんだ。俺も遠慮なく使わせて貰うさ」


 ニコラはサクラと思わしき観客に意識を集中すると、突き刺すような闘気を飛ばす。


 闘気そのものは触れても殺傷力はない。だがニコラの怒りの感情が込められた闘気は、ただの一般人に耐えられるものではない。サクラたちは恐怖で歯をガタガタと振るわせ、気の弱い者は気を失った。


「これで邪魔者はいなくなったな」

「それに場の熱も冷めましたね」


 サクラによって高められていた空気が沈められていく。金貨九万枚で張り付いた価格。そこから誰も動かない。ニコラはゆっくりと手を挙げ、宣言する。


「金貨十万枚」


 相場より遙かに高い大金。サクラも排除され場が乱されることもない。故にオークショナーはニコラの落札を告げる。分身魔法と収納魔法。二つの魔導書を手に入れたのである。


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