第三章 ~『闘気外しと相手の油断』~

 三日後、とうとうアリスの初戦の日がやってきた。決戦の舞台へと向かうため、ニコラたちは対戦相手が待つ場所へと向かう。


「ケルンさんが使っていた闘技場は使わないんですね」

「あそこはパフォーマンスのために用意した特設会場だからな。もう取り壊されたそうだ。それに闘技者の数は多いんだ。あそこだけだとすべてを捌けないだろ」

「ですね」


 たどり着いたのは都市の外れにある移動魔方陣だ。設置するのに時間と高額な費用がかかる魔法陣が十数個並んでおり、国王戦にかけられたリソースの多さが察せられる。魔法陣の前には闘技者たちが列をなし、戦いの舞台へ赴くのを心待ちにしていた。


「皆さんどこへ移動しているのでしょうか?」

「闘技者の希望次第で変わるそうだぞ」


 闘いの舞台は荒野や草原や森、もちろんオーソドックスなリングでの決闘になることもある。


「今回は相手の希望がリングだからな。地形による優位性はほとんどない」

「それはつまり私相手なら真っ向勝負で闘うのが一番勝率が高いと思われているのですね」

「そういうことだな。ただ言うまでもないが、舐められているのはラッキーだぞ。相手の油断を誘えるからな」

「はい、先生」


 並んでいた列が進み、とうとうアリスの番が回ってくる。彼女は対戦相手が待つ場所を魔方陣の傍に立つ魔法使いに告げる。


「では行ってきます」

「必ず勝ってこい」

「はい!」


 淡い光に包まれたアリスが浮遊感を覚えると、目に映る光景ががらりと変わる。ただリングが置かれただけの空間に、ポツリと人相の悪いダークエルフが立っている。腕は太く丸太のようである。


「あなたがグレイブさんですか?」

「そうだぜ、エルフの姫様。今日はその顔をグチャグチャにしてやるからな。覚悟しろよ」


 グレイブとアリスはリングへと上る。二人がリングで相対すると、彼は待ちきれないのか、体から好戦的な闘気を放った。応えるようにアリスも闘気を放つ。


「俺から行くぞ!」


 グレイブは拳を振り上げ、アリスへと振り下ろす。闘気で加速された拳はアリスと比較にならないほど速いが、彼女はその拳を躱す。それは彼女が闘気のすべてを脚に集中しているからこそなせる技であった。


「逃げてばかりじゃ、勝てねぇぞ」


 グレイブの両腕両足を使った連打をアリスは紙一重でかわし続ける。もし彼女が見切るのを少しでも誤れば、すぐにでも試合に決着がついてしまう。そんな緊張感の中、彼女はただ時が来るまで耐えた。


「はぁ、はぁ、そろそろ諦めて俺に殴られろ」


 グレイブは何度も連打を続けたことで息を荒げていた。彼はスタミナに弱点があり、それをアリスが把握していたからこそ、ひたすらに拳を躱し続けていたのだ。


「あなた、私の顔をゴブリンのように変えると言いましたよね」

「それがどうした?」

「あなたのパンチは一発も私に命中していませんよ」

「ぐっ! なら今度こそ当ててやるよ!」


 アリスの挑発にイラつきを覚えたグレイブは、全身を覆う鎧の闘気を腕に集中して拳を振り上げた。この瞬間こそアリスが待ち望んでいた瞬間であった。


 アリスはグレイブの懐に入ると、腕に闘気を溜めて、彼の脇腹に拳を打ち込んだ。グレイブが普段全身を覆っている強固な闘気は、アリスでは貫くことができない。しかし腕に闘気を集中しているせいで、身を守る闘気が薄まっている今なら、彼女の拳でもダメージを与えることができる。


「これで私の勝ちです」

「さっきの豆鉄砲みたいな攻撃で勝負が決まったつもりか。俺にダメージはない――なんだこれは!」


 グレイブはアリスに殴られた箇所を確認する。傷は青痣ができているくらいでたいしたダメージはない。だが彼の脇腹には異変が起きていた。身体を守るための闘気が消えていたのである。


「油断大敵ですよ」


 困惑するグレイブを見逃すアリスではない。彼女は再びグレイブの間合いに入ると、拳に闘気を込めて、先ほど殴った箇所と同じ箇所に拳を打ち込む。先ほどとは異なり、闘気の防御がゼロになった状態への打撃は、グレイブの筋肉を穿ち、彼を吹き飛ばした。


 グレイブはリングを二転三転と転がり、口から血を流している。今度の打撃は青痣だけでは済んでいない。確実に骨が二、三本折れていることが見て取れた。


「な、なにをした……なぜ俺は敗れる……」

「あなたは幾つかミスを犯しました。その中でも一番のミスは、私の顔を潰すと宣言したこと。フェイクとして使うならともかく、本当に狙うならただの馬鹿です」

「…………」

「私はあなたの体力を落とし、最後の決めの一撃を待っていました。顔を潰すような一撃です。必ず隙ができると読んでいました。事実、あなたは拳を振り上げてくれた」

「…………」

「もしあなたが闘気を温存し、クレバーな闘い方をしていたなら、私はきっと勝てなかったでしょう。私の勝利はあなたの油断のおかげです」

「……俺の負けだ」

「ありがとうございます。私の勝利です!」


 アリスは勝利したと名乗りを上げる。エルフ領の王座へと最初の一歩を踏み出したのだ。

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