第二章 ~『格上の襲撃』~
一年生最強の生徒たちが集まる一組のクラスメイト達は、布団が並べられただけの味気のない大部屋で雑談していた。元々は旧校舎の教室の一つで、建物が大理石でできていたおかげもあり、部屋の中は快適だった。
「九組は武道会で勝ったから、個室なんだよね」
「けれどみんなと話せるから結果的に大部屋で良かったかもね」
「そうね。それに豪華な料理は譲ってもらえたしね」
「部屋と料理、両方貰うのは悪いからってな。良い奴らだよな、あいつら」
皆、楽しそうに笑っている。アリスに敗北したオークスを非難する者は誰もいない。強さこそすべての学園において、一組の代表として選ばれた彼女は、クラスメイトの誰よりも強く、彼女が敗北するのなら自分たちが出ても結果は変わらなかったと納得していたからだ。
「そうだ。折角だし、恋愛の話でもしない?」
「いいね。しよう、しよう」
楽しそうに談笑する一組の生徒たちの間には、暖かい空気が流れていた。だが突然の寒気が生徒たちを襲う。
「なぁ、なんか変じゃないか」
「さっきから震えが止まらない」
唯一震えていないのはオークス、ただ一人だけだった。そして皆が震えている理由に察しがついた。
「外に誰かいる!」
オークスが扉に向かって叫ぶと、ゆっくりドアノブが回され、一人の大男が現れた。オーク族である彼女よりさらに大きい、巨人族の男だ。身長は二メートルより高い。腕の太さも丸太どころではなく、大樹のように太かった。
「俺の闘気に怯えないとはやるなぁ」
巨人族の男は威嚇するように闘気を発しており、その闘気量は学年最強のオークスの倍に相当する量だ。
「てめえらは今から死ぬ。俺が殺す。逃げたいのなら逃げても良いぞ。逃げられるならな」
一組の生徒たちは逃げようとするが、オークスを除いて、誰もが震えて動けない。部屋の至る所からガタガタと歯が鳴る音が聞こえてきた。
「せ、先生が来てくれれば……」
「そうだ! 学園長が見回りに来るはずだ!」
皆が希望に縋るように、学園長の名を口にするが、それを馬鹿にするように巨人族の男が笑う。
「ああ。あの女か。あいつなら俺が殺したぞ。だから誰も来ねえよ」
「嘘だろ」
「ありえない、あの学園長が」
誰もがその事実を否定するように首を振る。だがどれだけ叫んでも助けは来ない。もし生きているなら、これだけ騒げば助けに来るはずであるのに。
「男の教師にも俺の仲間を刺客として送っている。助からねえよ」
絶望的な状況下に、一組の生徒たちは涙を流し嗚咽を漏らす。学年最強の一組とは思えない有様だった。
「さて、唯一動けるオークの女。俺を倒さないのか?」
「ぐっ」
オークスは本能的に勝てないと悟った。筋量も闘気も劣っているのだから勝てるはずがない。
「けれど私は負けたんだ」
巨人族の男とオークスの闘気量の差は倍近くある。だがアリスとオークスの差は五倍近くあった。それでもアリスは逃げずに闘い、オークスに勝利したのだ。
「なら私が諦めてどうする!」
オークスは走り出し、渾身の闘気を込めて、拳を振り上げる。だがその拳が巨人族の男に当たることはなかった。それどころか相手の間合いに入ることすらできずに、パンチを数発顔に貰ってしまう。鼻の骨が折れ、眼は腫れあがり、口の中はズタボロになる。何をされたか分からぬまま、彼女は後ろに下がるしかなかった。
「驚いているな。格上と闘うのは初めてか」
「なにをしたんだいっ!」
「ただ殴っただけだ。実力差が大きすぎて見えなかっただろう」
「ぐっ……」
「諦めな。勝敗は明白だ」
巨人族の男の忠告を無視して、オークスは立ち上がるが、足が前に出ず、身体が震え始めた。思えば彼女は筋量と闘気を増やす訓練しか積んでおらず、自分より格上の相手と戦うための武器が何もなかった。
「諦めるのか? 諦めたら、クラスメイト全員死ぬぞ」
「ゆ、許してください。わ、私では勝てないです」
オークスは地面に膝を付き、土下座する。その様子を見て、巨人族の男は満足げな表情を浮かべた。
「条件を飲めば、てめえらを生かしといてやる」
一組の生徒たちはゴクリと息を呑む。靴を舐めろと云われても、躊躇するつもりはなかった。
「エルフの姫が、てめえの学校にいるな。どこにいるか教えろ。もし素直に話すなら、オークの女、お前の顔の傷も治癒魔法で治してやるし、ここにいる全員も生きて帰れる。ただし断るなら全員死ぬことになるがどうする?」
一組の生徒たちに選択肢はなかった。アリスに悪いと思いつつも、彼女の居場所を口にするのだった。
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