第一章 ~『山賊の復讐』~


 オークスに宣戦布告した次の日、アリスは郊外にあるニコラの邸宅を訪れた。立派な門構えは彼女の住む王城ほどではないが、上流貴族の邸宅に匹敵するほどであった。


「入ってよいのでしょうか」


 屋敷の前でアリスは「う~ん」と唸り声をあげる。彼女は一人で他人の家に行ったことがなかったため、勝手が分からないのだ。


「おい、そこのエルフ!」


 門の前で戸惑っていたアリスに声を掛けたのは、毛皮の外套を着た人相の悪い三人組だった。


「もしかしてニコラの友人か?」

「えーと……」

「兄貴、あいつに友人なんているはずねぇよ。きっと俺たちと一緒さ」

「あんたもニコラに酷い目にあわされて復讐しに来たんだな!」

「おい、ニコラでてこい! いるのは分かっているぞ!」


 人相の悪い三人組が門の前で騒ぐと、扉を開いてニコラが姿を現す。先ほどまで眠っていたのか、気怠げな表情を浮かべている。


「近所迷惑だろ。誰だよ、こんな朝早くから――おお、アリスか。よく来たな」

「せ、先生!」

「先生だぁ?」

「てめぇ、どういうことだ?」

「いえ、あの……」

「アリスは俺の弟子だ」


 ニコラの弟子という言葉を聞き、三人組は人相の悪い顔を怒りで顰めて、より人相を悪くする。


「てめぇ、俺たちを騙しやがったのか!」

「師匠が師匠なら弟子も弟子だ。卑怯者の最低女だ」


 三人組の身勝手な言葉に、アリスは困り顔を浮かべることしかできない。だがニコラは違う。気づくと彼の蹴りが三人組の一人の金的に突き刺さっていた。蹴られた男は股から血を垂れ流して気絶し、三人組から二人組へと変わった。


「いきなり何するんだ!」

「うるさかったからな」

「はぁ?」

「目覚ましの魔導具が鳴っていると殴って黙らせるだろ。同じだ、同じ」

「……相変わらずの倫理観だな」

「俺は誰に対してもこんなことはしないが……お前たち山賊だろ」


 ニコラは三人組の服装が、つい最近襲撃した山賊たちと同じであることに気づいていた。そのため彼らが訪問してきた理由にも察しはつく。


「もしかしてボスを憲兵に引き渡したことを恨んで復讐に来たのか? だとしたらお前たち暇人だな。人生はもっと有意義に使えよ」

「お、お前のせいでどれだけ俺たちが苦労したか……ボスがいなくなり、組織は瓦解。仲間内で派閥争いだ。血で血を洗う内部紛争を止めるには、お前の首を差し出し、俺がボスになるしかないんだ」

「言葉はどう言い繕っても、結局自分がボスになるために俺を殺しに来たんだろ。十分、お前もクズだよ。わーい、仲間仲間~」

「お、俺は……」

「それに俺はお前たちのボスを憲兵に引き渡した賞金を恵まれない人たちに配っているからな。俺の方が人間レベルは上だ」

「う、嘘吐け。お前のようなクズがそんなことするはずない!」


 二人の暴言ラリーは数十回続けられる。くだらないなぁ、と内心思いながらもアリスは二人の様子を傍で見守っていた。


「ニコラあああっ、お前の首は俺が貰う!」

「暴力で決着をつけるならさっさとこい」


 二人組がニコラと闘うために全身から闘気を放つ。威圧するような闘気は傍にいるだけで息苦しくなる圧迫感があった。


「おい、ニコラは金的を打ってくる。気をつけろ!」

「はい!」


 二人組の片方が金的を警戒するため、顔を守るガードを下げた瞬間、ニコラの拳が顔に突き刺さった。鼻の骨を折られた山賊は倒れ込んで気を失った。


「ニ、ニコラ、いつもの卑怯な技はどうした? 容赦のない金的はどこにいった?」

「俺は金的マニアでも何でもないぞ。有効な一撃を状況に応じて使い分けるさ」

「ぐっ……」

「そもそも俺がいつも金的打ちばかりを連打するのには理由があるからな」

「り、理由?」

「俺が金的を多用すると知られていると、どうしても意識がそちらに向くだろ。そうすると他の攻撃に対する意識が低くなる」

「金的打ちを警戒した俺たちのミスか」

「いいや。ミスではないさ。警戒しないならしないで普通に金的を打ち込むからな」


 何をしても勝てないと、残った一人の山賊が身体を震わせる。この窮地を脱する方法を探るため、彼はアリスにちらちらと視線を向け始めた。


「一つ忠告しておくが、アリスを人質にした瞬間、お前の首の骨をへし折るからな」

「ぐっ……」

「あ、そうだ。丁度良い機会だし、アリスが倒してみろよ」

「わ、私がですか……」


 急に指名されたアリスはゴクリと息を吞んで身構える。闘気を放つもその力は弱々しく、とても人を殴れるような状態ではなかった。


「俺のことは平気で殴れるくせに……」

「せ、先生には、私の攻撃なんて効きませんから」

「おい、山賊、お前にはアリスのパンチが効くってよ。舐められているぞ」

「……このエルフ女がぁっ」

「よし、ならこうしよう。俺がこいつの両腕をへし折ってやるよ。それなら殴れるだろ」

「余計に殴れなくなりますよ……」

「何も遠慮することないのに」

「先生が言いますか……」


 ニコラは山賊に近づくと、彼の頬を叩く。空気を切り裂くような破裂音が鳴ると、男の頬が赤く染まった。


「い、いでぇ」

「痛いさ。殴ったんだからな」

「……情はないのか?」

「そもそもお前は山賊として罪のない人間を何人も殺してきているんだぞ。何をされても文句を言えないだろ」

「ぐっ……」

「アリス、覚えておけ。山賊とはつまり人間サンドバックだ。俺から殴られるために悪行を重ねてきた哀れな魔導具なんだから、使ってやらないと可哀想だろ」

「二、ニコラあああぁ」


 山賊が雄叫びをあげると同時に、ニコラの蹴りが金的に突き刺さる。激情した山賊は金的への警戒心を失っていたため、闘気で守ることもできずに、蹴りがそのまま直撃する。彼の潰された睾丸からは血が流れ、意識を失うまでに時間はかからなかった。


「アリスに解説しておくと、俺が罵倒を浴びせたことで、あいつは金的への警戒を解いただろう。相手の隙を作る方法はこういうやり方もあるんだ」


 とても三人の男を倒した後とは思えないほどに、ニコラは爽やかな笑顔を浮かべる。アリスは何とも言えない表情で、彼の笑顔に応えた。

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