第一章 ~『卑怯者の弟子』~
次の日、ニコラは昨日と変わらず黒板に自習の文字を書き綴った。それを見た者の反応はそれぞれだ。彼のことを軽蔑する者、無視して自習を始める者、怒りの形相を向ける者。そして怒りをぶつける者の中にはイーリスも含まれていた。彼女は教卓に上がると、彼に掴みかかってきた。
「教師に向かって何の真似だ?」
「教師だと。貴様は何も教えていないではないか!」
「言ったはずだぞ。俺は自分から求めてこない限りは何も教えないとな。黙って自習していろ」
ニコラはイーリスの服の袖を掴むと、彼女の足を払い、教室の後ろまで投げ飛ばす。宙を舞う彼女をクラスメイト達が呆然と見つめる。何が起きたのか理解できないという顔だった。
「イーリスさんが負けた!」「それより何なのあの技!」「あいつって卑怯なだけじゃなかったのかっ!」
教室が騒めき、思い思いの声が聞こえてくる。思えば、イーリスとアリス以外の生徒に、まともな戦い方を見せるのは初めてだった。
「五月蠅いぞ、黙って自習していろ!」
ニコラが手を叩くと、生徒たちは渋々自習を再開し、教室が静謐を取り戻していく。そんな時、教室の扉を開く音が響いた。
「遅れてすいません」
アリスが息を荒げながら、教室に飛び込んできた。額から玉の汗を流して、謝罪の言葉を口にする。
「遅いぞ」
「すいません。夜明け前には出発したのですが、さすがにエルフ領からだと、始業時間に間に合いませんでした」
弟子になったアリスに、ニコラの初めて出した課題が、エルフ領から走って学園へ通学することであった。これには理由がある。武闘家として激しい修行をするにあたり、体力がなければ身体がもたない。そのための体力作りの一環であった。
「姫様、どうして私を置いて、一人で登校を!」
護衛役のイーリスは常にアリスと行動を共にしていたが、今日はイーリスがアリスを迎えに行った時にはすでに一人で登校していた。
「ごめんなさい、イーリス。けれどあなたに付き合わせるわけにはいかないの。これは私の修行だから」
「修行、ですか……」
「ええ。私は先生に弟子入りしたの」
「駄目です、姫様! こんな卑劣漢の弟子になるなど。どんな風に利用されるか分かったモノではありません」
「イーリス、先生のことを悪く言うのは止めて」
「姫様……」
有無を言わさぬ、アリスの言葉に、イーリスは悄然とした表情で黙り込む。昔からイーリスにとってアリスの言葉は逆らうことができないモノだった。
「先生、イーリスの無礼を私からも謝罪します」
アリスが勢いよく頭を下げ、髪がはらりと舞う。と、同時だ。アリスは頭を下げた勢いを使い、ニコラの金的めがけて蹴りを放つ。攻撃を予想していた彼は、その蹴りを手で受け止めた。
「やはり駄目でしたか」
ニコラはアリスに「いつでも襲ってこい」と伝えていた。常に彼の隙を伺い、隙あらば攻撃する。そうすることでアリスは相手の弱点を察知する戦い方を習得することができる。それはニコラにとって武闘家の基本理念とでも云うべき思想だった。
「謝罪し、相手を油断させるアイデアは悪くない。だが金的蹴りを放つ動作がバレバレだ。奇襲は静かに確実にだ」
「はい、先生!」
イーリスはニコラたちのやりとりを見ながら、「姫様が卑怯者に」と、不満げな声を漏らす。強くなるためなら手段を選ぶべきでないという考えのニコラにとって、そんな言葉は右から左へと流れるだけだ。
「アリス、正式に俺の弟子になったのだから、最初にやっておくことがある」
「奥義の伝授ですか?」
「いいや。昨日、お前を泣かせた学年最強の女、オークスに宣戦布告しに行くんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます