第一章 ~『卑怯者の戦い』~
「よければ、降参してくれないかい?」
優男が馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ニコラにそう告げる。
「いきなり降参してくれとは不躾だな」
「君を倒すのは容易いが、僕が教師になった後、エルフの姫を救ったヒーローを倒した悪役となるのは嫌だからね」
僕は人気者が好きなのさと、優男が続ける。
「君にとっても勝敗が明白な戦いをせずに済むから、怪我もしないし、無様な姿を晒すこともない。お互いにとって得なのだよ」
「勝負はやってみないと分からないだろう」
「分かるさ。僕の闘気量は冒険者ならBランクに相当する。対して君の闘気量はFランクの中でも下位だ。子供が大人と喧嘩するようなものさ」
「……仕方ないか」
ニコラは悔しそうな表情を浮かべながら、両手を挙げる。すると観客たちからどよめきが生じた。観客からは真剣に戦えという声と、降参しても仕方ないという声が入り混じっていた。
「賢い選択だね」
「ああ。俺もそう思う」
両手を挙げた状態で優男に近づいたニコラは、油断して気を抜いている男の股間に蹴りを放つ。蹴り足に瞬間的に闘気を集め、放たれた金的蹴りは、容易にBランクの闘気の鎧を貫いた。
「ぐぎゃあああああっ!!!」
睾丸を潰された優男が激痛に絶叫する。体を痙攣させ、ピクピクと動く様は、既に戦える状態ではなかった。
「聞こえていないかもしれんが、これから教師になるんだし、解説しといてやる」
「…………」
「闘気を少なく見せ、降参するような素振りを見せることで、お前を油断させる。圧倒的な実力差があると舐めているお前は、俺の接近を許してしまった。当然殴られるとも思っていないのだから、金的蹴りも容易に入る。隠していた闘気を足に集め、蹴り上げれば、相手にどれほどの実力があろうと一撃で倒れるという寸法だ」
「…………」
「もしお前が俺を舐めずにまともに戦っていれば、金的蹴りも入らなかっただろうから、俺も多少は実力を見せなければならなかった。だがお前は俺の狙い通りの動きをした」
「…………」
「つまりだ。お前は試合に強いが喧嘩に弱かったということだ。次は喧嘩の腕を磨いてくるんだな」
そう言い終わると、優男は痙攣を止めて、気絶する。サテラが勝者の名を告げる。告げられた名はニコラのものだった。だがその宣言を受け止められる程に、観客の生徒たちは大人ではなかった。
「卑怯者!」「騙し打ちなんて最低!」
生徒たちの声が大きくなっていくと、次に教員たちからも同じような声が溢れてきた。
「あんな奴と同僚になるのは御免だ!」「生徒たちに悪影響を与える!」
至る所から非難の声が挙がる中、サテラは事情を説明するために、皆に黙るよう手を挙げる。
「確かに卑劣な勝ち方ですが、ルールには反していません。加えて金的蹴りを放つ際の、闘気を練る速度も一級品でした。それに何より、あんな簡単なワナに引っかかるよう男を教員として採用するわけにいきません」
学園長であるサテラの言葉に、非難していた生徒たちや教員たちが黙り込む。あの場で気絶している男と、憮然とした姿で立っている男。どちらを採用すべきか明白だったからだ。
「ニコラを本校の教員として認めます。そして彼から学んでください。戦いはよーいどんで始まるとは限りません。いつでも戦えるように、常に緊張感を持ちながら学園生活を過ごしてください」
サテラの宣言に乾いた拍手が投げられる。その音色に歓迎の色は含まれていなかった。
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