第一章 ~『試験開始』~
魔法陣を使ってシャノア学園の校門前まで移動したニコラは、目の前に広がる学園に圧倒される。とても学校とは思えない広さの敷地に、聳え立つ大理石でできた複数の校舎。さらに自然公園のように緑豊かな高木が並び立っている。これほど大規模な敷地を有することができるのは、シャノア学園が入学希望者の尽きない人気校であるが故だった。
ニコラは並木道を進み、試験会場へと急ぐ。試験会場は校門から目と鼻の先にある円形場の建物で、施設内にはすでに大勢の観客が集まっていた。普通の学園では見かけないこの建物は武道家同士が戦うための闘技場である。強さを追求するシャノア学園において、生徒たちの模擬戦闘や進級試験に使用されていた。
「姉さん!」
教職員たちが座るエリアへ向かうと、サテラは苛立たしげな表情でニコラがやってくるのを待っていた。
「すまん。遅刻した」
「……事情は聞いているわ。襲われていた生徒を助けたそうね。あなたのことを性根の腐ったクズだと思っていたけれど、見直したわ。やるじゃない」
「これっぽちも嬉しくない褒められ方だな」
だがニコラは抗議の言葉を続けない。本当はカツアゲを正当化するために助けただけであり、反論することに後ろめたさを感じたからだ。
「で、試験はどうなるんだ?」
「観客の生徒たちや対戦相手に事情を説明して、あなたの到着を待って貰っているわ」
「なら不合格ではないのだな?」
「ええ。受験してきなさい」
試験を受けられると聞き、ニコラはほっと息を吐く。もし試験も受けずに教師になれなかったとしたら、姉の脛を齧るどころか、家から追い出されるかもしれないと危惧していたのだ。
「試験内容は覚えているわよね?」
「決闘して勝てばいいのだろ」
「ルールは実戦形式の決闘よ。相手に参ったと言わせるか、気絶させれば勝ち」
「反則は?」
「ないわ。魔法や武器の使用さえも認めている。もっともあなたは素手しか使わないと思うけれどね」
サテラの素手しか使わないという言葉には理由がある。この世界には大きく分けて三つの戦術が存在した。一つは銃や大砲を使用した火器戦術だ。単純だが誰でも威力のある攻撃が行え、過去の戦争でも重宝されていた。
二つ目は魔法による戦術。炎や水など自然の力を自在に操り、大勢の人を巻き込む攻撃を行う魔法使いは人々を震え上がらせた。
そして最後が闘気による戦術だ。武闘家や剣士は訓練を積むと、闘気というオーラが体を包むようになる。闘気を身に纏った攻撃は岩をも砕き、崖の上から落とされても傷一つ付かない鋼の肉体となる。
現代の戦闘は闘気による戦術が他二つの戦術より優れていると云われている。火器が闘気を貫通することはできないし、魔法は習得に膨大な時間が必要にもかかわらず、闘気を貫通できる威力となるには血の滲むような修練が必要だからだ。つまり魔法の訓練をするくらいなら、筋トレをして闘気と筋肉を増やす方が強くなるための近道なのである。
「試験の前に忠告しておくわ。あなたの対戦相手、かなりの闘気量よ。負けることはないと思うけど、気をつけてね」
「山ごもりで山賊相手に身につけた力を見せてやるよ」
ニコラはサテラに見送られながら、闘技場の中心にある試験会場へと向かう。観客からの視線を浴びながら、彼は対戦相手の待つリングへと登る。
「お前が来るのを楽しみにしていたぞぉ!」「姫様を助けてくれてありがとう!」
アリスを助けたという話を聞かされていた観客たちが、一斉にニコラを褒めたたえる。観客の誰もが彼の勝利を期待する雰囲気が出来上がっていく。そんな空気を対戦相手の男は、嫌悪を滲ませた表情で静観していた。
「凄い人気だね」
対戦相手の男は顔こそ優男だったが、腕は丸太のように太く、身長も高い。それに何より体を覆う闘気の量は、彼が強者だと証明していた。
「僕の闘気量に驚いているのかな。それはそうだろうね。僕ほどの使い手は学園にも数える程しかいないだろうからね」
「自信に見合うだけの実力はあるようだが、相手が悪かったな。もし対戦相手が俺でなければ、試験に受かっていただろうに」
ニコラは相手の戦力を分析して勝利を確信する。そして必勝の策を頭で巡らせていく。
「先に謝っておくぞ。俺は面倒事が嫌いなのでな」
ニコラは極端に闘気量を減らした状態で、全身から闘気を放つ。その姿を見て、対戦相手の男は笑いを零した。
「失礼。これから僕と戦おうという男が、一般人に毛の生えた闘気量だったのが面白くてね」
男は嘲笑を隠そうともせずに笑い続ける。だが彼は気づいていなかった。ニコラも口元に笑みを浮かべていることに。
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