それは進化の最果て

@fujikon

第一話



―――それは、聖戦だった。



星々は幾つもの宇宙で生まれ、滅びた。生命の息吹はそれでも尚吹き荒れ、進化と退化を繰り返し続ける。


力による崩壊、自らによる崩壊、多元に渡る宇宙が一瞬にして零へと還る瞬間。無限という一から生まれる個にして郡。大戦の果てに滅びゆく宇宙の数々、空間と次元、宇宙と時間の全てが取り込まれる果ての中。



―――それらを引き起こし、力とする神々の如き存在、能力、究極の生命へと至った存在。



何億何兆と言う年数に無限という数が掛けられる事で、“彼等”は生まれる。



―――もう一度、“聖戦”は引き起こされる。




・・・・




―――30と無限を掛け合わせ、そこから8を足した程の宇宙空間。そこは基本的に争い無く、ただただ時間が過ぎ、平和に日常が続くような宇宙であった。銀河規模による異星の人々の交流によって、平和の道が確定したこの宇宙は、“希望の宇宙”と称されていた。



兵器は無い。彼等には兵気を作る意味が無かったからだ。争いの無き彼等が兵器を作り、征服や破壊に乗り出す意味が無かったからだ。



―――だが、この宇宙は、そんな“兵器”の所為で滅びた。



彼等が作り上げた兵器、“バリアス”は生体兵器であった。環境を循環し、宇宙にとっての悪い部分だけを取り込む為に作られた物……だった。


突如、バリアスは暴走した。生命だろうが星だろうが全てを取り込み、やがて消えていった。それはビッグクランチの如く、収束して消え去ったのだ。許容量の限界だった。


……有限の存在が、無限を取り込もうとしても、取り込みきれずに収束する。だが、元から無限の存在であればどうなるか?



―――それならば、全てを取り込めただろう。それどころか、取り込むだけでは済まなかったのだろう。




・・・




―――ある宇宙の、とある惑星。



砂漠の様に荒廃し、建物は無く、ただ永遠と広がる砂の光景と、暑さと日照りの激しい気候がこの星を覆っていた。



―――そんな砂漠を歩く、一人の男。



男の風体は、ボロボロだった。流れるような長い髪に、破れ掛けの薄茶色のコート、首に掛かった黒のマフラー、ボロボロのズボン。


それだけ見れば、ただの“ヒューマノイド”タイプ、“人間”であるように見えただろう。


しかし、異常なものだった。片目は歪な機械で覆われ、その目付きは今にも何かに飛び掛りそうな、そんな恐ろしい目付きをしている。そして体付きはガッシリとしている。


なのに、体の動きはどこかぎこちなさを感じさせて、かえってそれが恐怖の一端と化している。


「……」


息の音すら感じさせない。静かで、尚も恐ろしい。


そこにあるのは、無機質なナニカとしか形容できない、人のような、人でないもの。


男は立ち止まる。空を見上げた。その目は相も変わらず、ただ虚無だった。


「……美、しい」


片言のような、変な言葉遣いだった。何故こうもぎこちなさを感じさせるのか、この男の異常性は、見た目異常なのだと感じさせた。



「―――欲、し、い」



男がそう呟いた、刹那の事だった。



―――腕から、まるで雪崩込むかのように機械の腕がグチャりと、肉を混ぜながら落ちてきた。



形容もし難い猟奇的な腕は、みるみるとその場から広がっていく。幾つもの肉が音を立てる。グチャり、グチャりと、吐き気の催す音を立てながら、地表へと広がっていく。


遅かったスピードはやがて、段々と早まり、やがて見える景色全てが機械と肉の入り交じった片腕に覆われていく。時間を掛けて、段々と、その星は“食されていく”。



―――その星の命は、時間を掛けて、ゆっくりと“喰われていった”。




・・・




男は取り込んだ。星を取り込み、今はカモメのように暗い宇宙を漂っている。


「……」


星々を物色するように見ていく。美しい星、穢れた星、鮮やかな星、闇に塗れた星。どんな星も選り取りみどりだ。どれも“喰らいたくて”仕方ないのだろう。男の顔には笑みが浮かんでいた。



―――こうも“餌”が漂う宇宙が、目の前に広がっている。喰らわずして何になるのか?



きっと、こう思っているのだろう。生物は物を食べる時の喜びを忘れない。彼もそんな感情に浸っているのだ。彼からすれば、目に見える星々がご馳走様なのだから、そうに違いない。彼は、美食家気質なのだ。


「……!」


気配を感じた。


“生命”の気配だ。


動き、そして捉えた。男は気配をした方に視線を向けた。そして、“喜んだ”。


「……“餌”」



―――星の大きさはあるような、巨大な戦艦だ。大量の砲門が付き、まるで要塞のような鋼の城。見る物全てを圧倒し、平伏せさせる程のオーラは確かにそこにあった。敵対した者に、残酷な未来を見せるであろう力が、そこにあった。



男は喜ぶ。態々来てくれたのだ、餌が。と。


「……ヒヒヒ」


男は、圧倒的なスピードで戦艦へと近ずいて行く。彼等のレーダーにも悟られない程の、超光速なスピード。


先ずは、“挨拶からだ”。



「―――!!」



笑顔の挨拶が一番大事なのだ。戦艦に取り付き、自らの腕を、細い機械状にしてから、戦艦の内部へと突っ込んで行く。これもまた、食事の一環である。


先ずは、内部にいる生物を食う。


「ヒヒ……ヒヒ!  ヒヒヒヒヒヒ」


聞こえてくる。喰いながらも聞こえてくる。



―――悲鳴が、喰われて悲しむ悲鳴が。それはスパイスだ。男にとっての調味料。生きながらも溶かし、そのまま腕へと吸収していく。



『やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


『何だ……!?  何なんだ!!?』


『助けてくれ!!  助けてくれぇぇ!!』


『うわあああああああ!!!』


聞こえてくる、悲鳴。快感、エクスタシーだ。堪らない。


喰らう喰らう……やがて戦艦そのものも喰らっていく。


縮まり、やがてはすっぽりと機械のような腕の中へと収まっていく。



―――喰らいきった。最高の味と快感の余韻に浸りながら、また彼はこの暗い宇宙に漂うよう、ぐったりとした体勢になる。そして、目を瞑った。次なる餌、次なる楽しみへと向けて、自分を高める為だ。



何故かは分からないが。“喰らわないといけない”。勿論、元から喰らうことを楽しんではいるのだが、もっと本能的な、もっと確信的な、そんな理由があった筈なのだと彼は悟っている。しかし、その理由が分からない。


「……」


空間を漂いながら、彼は問うた。


(何故、取り込む事がこうも大事なのだ?)


まるで促されるように、いつかの日に来た、その“伝達”。それは強いて言えば、命令ですらあった。


突然、脳内に駆け巡った命令、“進化せよ”。


その一言が掛け巡られた瞬間、突然、これまで生きてきた以上の空腹感に襲われた。そして、今に至る。


まだまだだ、まだ足りない。


そんな思いを馳せながら、彼は旅を続ける。次元を超えて、時空を飛んで、宙を舞って、求め続けている。進化の為に。




―――僅かに残った自分の名前、“ラレム”を頼りにして。



―――遥かな悠久の時を漂いながらも、男……ラレムは、記憶と進化の為の足掛かりとして、次元を越えていった。




・・・




進化の為の聖戦は、始まったばかりだ。


先程のラレムもそうだが、彼だけではない。伝達が届いた存在は、幾多と存在していることを忘れてはならないのだ。宇宙は無限にある。そして更に無限を一として扱い、増えているのだ。


ラレムのように、悪魔の如し、神の如し力を持つ不変の存在達が、動き出す。


ある者は、闘争に身を置き。


ある者は、艦隊を率いり。


ある者は、宇宙を征服し。


ある者は、死を迎える為に。


様々な目的、そして永遠の為の戦いが始まろうとしている。


何も無い、平凡な宇宙の輪の中で、崩壊は置きつつある。


強大な者たちが動き出す。喰らい出す。殺し合う。せめぎ合う。闘争を求め、力を求め、激しさを求めて、今か今かと息を潜めながら高め合う。




―――“進化の最果てを”を求めて、己の欲を求めて、永遠の戦いが、始まろうとしていた。

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