第20話 本当の気持ち

「次はどこに行くの?」


「……江ノ島の島内を散策してみようか。神社もあるし、お参りとかのんびりするのもいいかも」


 水族館を見ていた頃とは違って、やけに静かな時間が続いていた。

 あの話はデート途中にするような話じゃなかった。完全に余計なことを言っていた。

 その時の空気を引き摺っていて、なんだか重苦し――


「あぶっ! い、いたーい……」


 重苦……しい? のだろうけど、そこは凪クオリティ。普段のあんぽんたんさ加減をいかんなく発揮して、ある程度の中和ができている。

 ……おおっと、ここで凪選手ジト目だぁぁぁぁ!!

 解説の一郎さん、今のプレーをどう見ていますか?

 いやー今のは凪選手かなりショックは大きいでしょうねー。対して一郎選手は優越感に浸ってます。先程の水族館でのチキンプレーを見向きもせずに可愛さを目に焼きつける!! まさに外道。ちょっと頂けないですよねー。

 あーそうですかー(棒)


「凪?」


「……今絶対笑ってた」


「いや、全然笑ってないけど。心配してたよだいじょーぶ?」


「うう……」


「取り敢えず、怪我はなくてよかったよ。折角2人なんだし、最後まで楽しみたいからね。くれぐれも足下気をつけてな」


「うん」


 よかった。何とか誤魔化せたみたいだ。

 それにしても、江ノ島は猫をちょこちょこ見かける。のんびりと日向ぼっこをしてる猫がすぐそこにもいる。

 静かな場所だし、猫もゆっくりと休めるのだろう。それに関しては俺も賛成だ。少しだが、忙しない日常を忘れることが出来る。


「普通ならご当地グルメがあるカフェとか、そういうのがいいかなと思ってたけど。凪はこれで良かった?」


「ううん、そんなことないよ。それに、もう行く場所は決まってるんでしょ? この島に来た理由も、お昼ご飯なんでしょ?」


「……なんだ、分かってたのか」


「ふふん。前のパターンでそうかなーって」


 前のパターン……。ああ、打ち上げの時のか。

 まあ、そうだよね。同じことを短期間で何度も続けてたらそりゃ分かるよね。

 でも、なんか凪にバレるのってちょっと癪なんだよな。


「いや、今のは全く無意識だわ。でも、昼ごはんを食べるのはここで間違いはないよ」


 そういうと、凪は「あれっ?」と首を傾げた。なるほど、違うかもしれないという可能性を全て潰さないで断定したんだな。


「……もし昼ごはんは藤沢の方のパスタとか言ってたらどうしてたの?」


「あ、えーと。そ、そんな事言わないって信じてたもん。当たり前だよね。私の好きな人なんだもん。あははは……」


 そう言ってから顔を赤くして俯いた。


「いや、冗談なんだけどね」


「うう〜!! ……いじわる」


「知ってる」


「……早くご飯食べに行こ」


「ああ、そうだな」


 島内にはいくつか飲食店があり、その中でも凪の食べたがっていた海鮮丼を食べに行く。

 俺の場合は生しらす丼が目当てだ。ここの名物と言ったらやっぱりこれに限る。

 あ、思い出しただけで腹が減ってきた。


「美味しそ〜。一郎くんは何を食べるの?」


 凪はメニューを広げて俺に見せてきた。


「俺はこれ」

 

「なにこれ生……しらす。しらすって生で食べれるの?」


「ああ。ここ来ると大概頼むかな」


「へぇ……美味しいんだ」


 凪はじーっとメニューと睨めっこをする。どうやら、生しらす丼と他の海鮮丼で迷っているようだ。

 だが、悩む時間は案外短かった。


「……じゃあ私も同じにする」


「この海鮮丼じゃなくてもいいのか?」


「うん。また今度食べに行く」


 どうやら決まったみたいなので。生しらす丼を2つ頼んだ。

 そして、少し時間が経つと大きな丼がふたつ運ばれてきた。味噌汁と漬物も付いている。

 丼を開けると中に真っ白で綺麗に光っている生しらすが乗っかっている。


「美味しそ〜。あ、写真撮ろっと」


 凪はパシャと写真を撮ってから、醤油をかけた。

 

「うはぁ〜ぷりぷりしてる」


 水族館での俺の言葉なんてなにも気にしてないとばかりに輝くような瞳をしてご飯を食べていた。

 俺はと言えば、さっきのことを引き摺って未だに凪斗いるのが気まずい。

 だが、別に早く帰りたいとか、そういうことは思ってない。そうではなくて、もっと俺がしなければいけないことはある。

 今日凪と2人で遊んだのも、自分の気持ちを確かめるためだ。そして、その気持ちに俺はとっくに気付いている。

 だが、何故か思うように声を上げることが出来ない。ここまで来て、俺は一体何に脅えているのだろうか。正直自分にもよく分からない。


「美味いな」


「うん。一緒のにしてよかった」


 ……やっぱり、このままじゃ絶対だめだよな。ちゃんと白か黒か付ければ俺も凪も割り切れるんだ。

 だからこそ、俺の素直な気持ちを伝えないと。


「――な「ねぇ、ちょっと行きたいところがあるんだけどいい?」」


 俺の声に重ねるようにして、凪が話しかけてきた。


「何?」


「最後にもう1つ私の行きたいところがあるんだけど、良いかな?」


「行きたいところ? 何処に?」


「ちょっと海辺で遊ぼうよ。別に、泳いだりはしないからさ。浜辺で遊んだり、波打ち際でちょっとはしゃいだりとか。楽しそうでしょ?」


 なんだそのカップルみたいな遊び。いや、でも凪はやりたいことはなんでもやってみたいって言ってたし、それを考えると普通なのか。

 ここまで純粋に好意だけを見せられると、それこそ俺の中には薄汚い罪悪感しか残らない。本当に俺は自分勝手で、弱虫だ。

 本当に救えない。救えない……けど。

 多分、それで終わってしまったら今までのことが全て無駄になる気がする。

 海星と出会って、久留米の趣味探しに奔走してバスケをひたすら練習して結果を出して信頼を勝ち取った。過程だけならこれだけ簡単に纏められるが、そこまでの労力はそれで表せられるような簡単なものでは無い。

 それを全て無駄にするなんてことは……絶対にしてはならない。いや、したくない。


「そうだな。そうしよう」


「それで――私たちの関係はこれで終わり」


「……え?」


 今の言葉は? 聞き間違いか?


「ちょ、ちょっと待ってどういう……」


「今まで、私のこといっぱい助けてくれて。やっぱり、一郎くんのことが好きだよ。でも、私が好きなだけじゃ何も意味は無いでしょ?」


「そんなことは……」


「じゃあ、わ、わた……私と付き合ってくれるの? 好きって言ってくれる?」


 凪の声は震えていて、無理して言っているのがよく分かる。そりゃそうだ。凪はそんなことを堂々と言う性格じゃない。

 でも、何故だか分からないがはっきりと伝えてきた。それだけ、なにか伝えたいことがあるのだろうか。

 俺にはそれが分からないし、凪の問いに答えることは出来なかった。


「……そうだよね。だからさ、最後くらい笑って欲しいな。まだ遊びたいのに、そんな顔されたら楽しくないよ?」


 ……そうか。凪は早く割り切りたいんだ。もう、この後自分がどうなるのか全て理解している。

 でも、違う。それは間違っているんだ。

 俺は別に凪のことを嫌いなわけじゃない。

 ――寧ろ。


「ほら、食べ終わったら早く行こうよ」


 なんて言われた。だから、俺は仕方がなく笑うことにした。

 

「ああ。そうだな」

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