第13話 成長
「ほっ……」
ゴールに向かって何度も何度もボールを放った。それは、入ったり入らなかったりで確実性は余りない。
もうすぐ球技大会も本番だ。遊佐川がびっくりするほど技術は上がったが、シュートだけは中途半端だ。
「これは……シュートだけは経験者に任せることになりそうだな。とはいえ……」
やはり、1度くらいシュートは決めたいよな。ある程度自分にチャンスが回ってくるとして、果たしてそこで決められるかどうか……。
そもそも、そのレベルの悩みよりもっと悩ましい問題だってある。
果てして、俺は本当に経験者相手に通用するのだろうか。
正直、俺は無理だとしか思えない。ここ数日、何も考えずがむしゃらに練習して少しは上手くなったし自身だってついた。
だが、高校のバスケ部でそれも先輩を出し抜くなんて、そんな真似が出来るほどの自信はない。当たり前だ。サッカーだってそんな上手くいかないわけだし。
「よっと……お、入った」
スリーポイントシュート。まあ、ほとんどそんなものを打つ機会は無いだろうが練習して損は無い。もし一度でも入れば、それだけで目立つし。
不安はあるが、目立つ機会が完全にない訳では無い。だから、その機会が訪れることを信じて今はやるしかない。
何度も何度もシュートを打つ。スリーポイントだけではなくて、ドリブルから色んな体制でゴールを決める練習をする。自分で言うのもなんだが、大分様になってきている。
……そろそろ休むか。
俺はベンチに腰掛けて思いっきり背もたれに寄りかかり、目をつぶってゆっくり息を吐いた。
疲労感がえげつない。やっぱスポーツはやるもんじゃなくて見るものだよな。俺にはプレーヤーは似合わない。
ふと、額にひんやりとした感触がした。
「ぬおっ!?」
「わっ! あ、ご、ごめん。冷たかったよね」
……誰だよ。冷たいペットボトルなんか持ってきやがったやつは。
「……ああ。凪さん、だったっけ」
「う、うん。覚えていてくれたんだ」
「まあ、1度聞いた名前を忘れるほど友達多くないし」
今までの10数年の人生で結局友達は指で数えられる人数だ。これがぼっちの実力だ。
「球技大会の練習……なんだよね? 頑張ってるね」
「ああ、珍しいだろ。球技大会如きで張り切ってるやつって」
「うん。あんまり見た事ないかも。あ、これどうぞ」
俺のために買ってきてくれたのか。
「ありがとう。丁度水がなかったから生きるか死ぬかどうしようか迷ってたんだよ」
「何その究極の2択!?」
「いや、冗談だよ。それで、凪さんはどうしてここに?」
「えっと私ね、帰り道に物音がしたから気になって……」
それで見てみたら俺がいて、そんでもって差し入れをくれたと。
どんだけ優しいんだよ。お人好しにも程がある。俺なんてそこら辺の泥水すするレベルの人間だぞ。いや、すすらないけど。
俺は、早速貰った天然水を飲んだ。そこら辺でよく見るアルプスなんちゃら〜の天然水だ。
「よく偶然見かけた人に水渡そうと思ったね」
「あ……それは、ちょっと気になったって言うか……クラスメイトだし、ね」
「確かに」
それでも納得はしないが、凪さんがそうと言うのならそうなんだろう。でも、なんでそんな歯切れ悪く言うんだろう。
「あ、そうだ。ちょっと私もやってみたい」
「いいよ」
俺がふわりとボールをパスすると、凪さんは少し慌てながら丁寧にキャッチした。
そして、ゴールに向かって精一杯投げる――が、全く届かずに地面を転がる。
それをまた拾って、投げる。やはり届く気配がしない。
俺の方へ振り向いた凪さんは、少し涙目になってた。
「うう……」
「……力が無さすぎるな。ちょっとシュートを打つ以前の問題だな」
フォームがおかしいとかそういうレベルの問題じゃない。
今の力ではどう足掻いてもゴールに届かない。
「ほら、パス回しとかで遊ぼう」
俺がそういうと、凪さんは渋々俺にボールをパスした。
そして、俺はボールを受け取ってまたそーっと凪さんに返す。俺がボールを返す度に凪さんはあわあわとしながらも、がっちりとキャッチする。
そして、力いっぱい投げた凪のボールはひょろひょろと空中を彷徨い俺の元へと届く。
そしてまた、俺が投げる。その繰り返しだ。
凪さんは初めこそ納得のいかない様子だったが、パスを続けるうちに表情も明るくなってきた。それならそれで良しとしよう。
「佐藤くんはバスケットボール部に入ってたの?」
「いや、サッカー部」
「え? じゃあなんで球技大会でバスケットボールを選んだの?」
「……なんとなく?」
ものすごく適当な返しをしてしまったので、怒らないかどうか心配だったが、その様子はなかった。
「そうだよね。やりたいことを選ぶだけだもんね」
「まあ、そういうことだな」
全然そういうことじゃない訳だが、まあべつにその覚え方でもなんら問題は無い。
「凪さんは球技大会は何にしたんだ?」
「同じだよ。バスケットボールにしたの」
バスケ、見るのは好きだけどやるには難しいって言って大概サッカーに行くのに、凪はバスケにしたのか。俺はてっきりサッカーを選んでいると思ってた。
「……なら、パスももうちょっとしっかり出せるようにしないとな」
今のままだと、完全に足でまといだ。シュートは届く気配がなく、パスも弱々しいパスしか行かない。この調子だと、ドリブルの技術もたかが知れている。
全部何も出来ないとなると、流石にいない人扱いされる。それなら、せめて1つぐらい出来ることがあった方がいい。
ぼっちだった頃、教室で散々いない人扱いされてきた俺は、その辛さをよく分かっている。
「こんなっ……感じ?」
凪は全力でパスをしたつもりなのだろうが、これも弱々しいパスだ。でもさっきよりマシ。
「いいかも。もう一度やってみてよ」
「よっ……ええい!」
今度はさっきよりも力を入れたみたいだが、力みすぎてボールは俺の遥か上を通り過ぎていった。
「ああ……!! ごめんなさい!」
「いや、大丈夫だよ」
俺は遠くに転がったボールを取り、戻ってみると凪はすっかりしょんぼりとしていた。
「うう……」
俺はなんとなく、昔の自分を見ている気持ちになった。誰にも必要とされず、ただ机に座ってぼーっとする日々。その頃の自分も、今と比べると全てが弱かった。
凪のここまで落ち込んでる姿をしまうと、俺はどうしてもそのままにしておけなくなった。
「凪、それなら球技大会までの間、ここに来ないか?」
「え……? でも練習の邪魔にならないかな?」
「どうせ俺だって部活で大会目指してるとか、そういう訳じゃないから問題ないよ。遊佐川……には俺が何とか言ってみるから」
あいつだけは上手くなるためにやってるわけだからな……。断られなければいいけど。
「でも……」
「足でまといになりたくないんだろ。それなら、俺と一緒にちょっと頑張ってみようぜ」
俺は安心させられるように笑いかけた。何とか俺の意図は伝わったようで、凪はゆっくりと息を吐いた。
「うん……じゃあ、やってみる」
「よし、ならこれからよろしくな」
これが果たして、俺の練習にどう影響するのかは分からない。ただでさえ、俺は目標までの技術が足りてない。その上練習を教えるなんて余裕は、はっきり言って無い。
でも、なんとなく凪をそのままにしてはいけない気がした。だから、俺は凪を練習に誘った。
責任は増えるが、やらなければいけない。
「さっそく、明日からだな」
「……うん!」
凪の笑顔は、うっすらと浮かんできた月の光を受けて輝いた。
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