第238話 最終決戦 18

 僕の能力で王子を窒息させて気を失わせると、彼の近衛騎士達が父さんの殺気を振り払い、決死の表情で向かってこようとしたが、全員無力化させてもらった。彼らのその行動は忠誠心の高さ故か、あるいは自分達のこれからの状況にもう後がないと自棄になったのか分からないが、これで本当に一連の出来事に終止符が打たれたようで、僕は大きく息を吐き出しながら【昇華】の状態を解除した。


するとその瞬間、これまでの戦いや【昇華】によって大量に闘氣と魔力を消費した影響か、僕は立ち眩みのような感覚を感じて、その場に膝を着いてしまった。


「エイダっ!」


僕が体勢を崩すと、エレインが焦った声をあげながら駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですエレイン。たぶん闘氣と魔力をかなり消費したせいですから、少し休んでいれば良くなります」


僕が自分の今の状態を彼女に伝えると、安心したような表情を浮かべて「ホッ」と息を吐き出していた。しかし次の瞬間には彼女の瞳から涙が溢れだし、僕に抱きついてきた。


「よ、良かった・・・私はもうダメだと・・・諦めてしまっていたんだ。君には助けられてばかりだな・・・ありがとう」


涙を流しながら感謝を伝えてくる彼女の笑顔はとても綺麗で、この世界の何よりも美しかった。


「お礼を言うのは僕の方です。エレインと出会ってから、僕の世界は変わりました。異性を好きになるという感情を初めて知る事ができましたし、その人の為なら全てを投げ打ってでも力になりたい、支えになりたいと思えました。最後の最後に真の【昇華】に至れたのは、エレインを想うこの気持ちのお陰でした。あなたの事を守れて良かった。愛しています、エレイン」


「・・・私も愛しているよ、エイダ」


抱き締め返す腕の力を強めた僕に応えてくれるように、彼女も僕を抱き締める力を強めた。正直、僕はエレインに「愛している」と直接的な表現をしたのが初めてで、あまりの恥ずかしさから彼女の目が見れなくなってしまったので、照れ隠しも込めて抱き締める力を強くしたのもあった。


エレインも恥ずかしいのかは顔を見れないので分からなかったが、お互いにきつく抱き締めあったことで、彼女の鼓動を感じることができ、その速さから、きっと彼女も僕と同じくらい恥ずかしがっているのだろう思った。



「う゛、う゛ん!もういい?」


 抱き締め合っていた僕達の元に、呆れた表情を浮かべたエイミーさんが咳払いしながら話しかけてきた。


「「あっ!」」


僕とエレインは異口同音で声を出した。急に現実に引き戻されたような感覚に陥り、周りの目も憚らず抱き締め合っていたことに気づき、お互いに飛び退くように距離をとった。ただ僕は未だ足に力が入らず、少ししか動けなかった。


「これからが大変なんだから、あんまりイチャイチャしてる時間なんて無いんですけど!」


エイミーさんは頬を膨らませながら、お小言を言うように僕らを叱ってきた。その言葉に、確かにこの場の脅威は去ったと言って良いが、未だ他国との戦争中であり、王子がこのような状況なのだ、指揮系統に深刻な影響が出て混乱してしまうだろう。ともすれば、共和国の騎士達が全滅してしまう可能性もある。


「す、すみません。まだ問題が山積していますもんね」


「こ、これからこの場の掌握と平行して、戦争を止めなければいけませんね。私も全力で対処します!」


僕とエレインの言葉に、エイミーさんは真面目な顔をしながら口を開いた。


「あのナリシャの持つ証拠がどんなものか確認する必要もあるし、ここに居る組織の構成員や王子直轄近衛騎士達も拘束しないといけないし、戦争も止めないといけないけど、正直人手が全く足りないんですけど!けど、すぐに動かないと状況は刻々と悪化するんですけど!分かってる!?」


声を荒げるエイミーさんの主張はどれも正論で、僕たちはぐうの音も出ないものだった。そんな中、母さんと父さんが笑みを浮かべながら僕らの元に歩み寄ってきた。


「まぁまぁ近衛騎士のお嬢さん、そんなに興奮しないの。2人の事はそっとしておいてあげて?私達も手伝うから。山場は越えたようだし、私が公国に停戦するように交渉に行きましょう」


「そうだな。じゃあ俺は、王国に停戦するように交渉に行くとしよう。共和国の方は、今から来る人物に任せるとするか」


「・・・今から来る人物?」


父さんの言葉に、僕は首を傾げながら聞き返す。すると、そんな僕に父さんは顎をしゃくりながらある方向に注意を向けさせた。


(んっ?この気配は・・・)


その方向からは、多数の気配が近づいてきているのを感じた。その中で、いくつかの見知った気配があることに気づく。


少しすると、遠目にも馬車の移動に伴った砂埃が見え始め、何が近づいてきているのか誰の目にも明らかになってきた。


「あれはもしや・・・お姉様の馬車?」


聖女見習いのシフォンさん達も僕らの元へ来ると、遠目に見える純白に金細工が施された馬車を見て、彼女はそう言葉を漏らした。


「王国と公国の対応は、俺と母さんに任せておけ。王女さんへの報告と対応は、お前達に任せる」


そう言いながら父さんは、僕の肩に手を乗せてきた。


「と、父さん、大丈夫なの?」


治療を受けていたとはいえ、適正のない能力を酷使した反動で、父さんの身体は相当なダメージがあったはずだ。母さんも魔力欠乏の兆候が出ていたし、たった2人で王国と公国の交渉に臨むという両親が心配だった。


「俺を誰だと思っているんだ?闘氣と剣術を極め、各国から剣神と称えられた男だぞ?お前が心配するのは100年早い!」


父さんは笑みを浮かべながら、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。そして、少し寂しそうな顔をすると、そのまま言葉を続けた。


「さすが俺の息子だ!良くやった!」


「っ!父さん!?」


昔から鍛練をしててもあまり誉めることの無かった父さんが、僕の目を真っ直ぐに見て誉めてきたことに、僕は目を見開いて驚いた。しかし、次の瞬間には姿を消すような速度で、王国との戦場になっているだろう平原の方へ向かって走り去ってしまった。


「お父さんはね、昔から人を誉めることに慣れていないのよ。何でも、自分より下の実力の者を誉める気はないって言ってたわ」


父さんが走り去ると、すぐに母さんが来てそんなことを教えてくれた。


「じゃあ、父さんがこうして僕の事を誉めてくれたって事は、僕の実力を認めてくれたって事なのかな?」


「そうね。少なくともエイダは、その年齢で既に私達と同等かそれ以上の実力を有したと言っても過言ではないわ。だからでしょうね、子供が自分の元を巣立つのを感じて、寂しさも感じていたのよ?」


「・・・僕が父さんが母さんと同等・・・」


母さんの言葉に、僕は戸惑いながらも喜びの感情の方が勝っていた。幼い頃から絶対に越えられない壁だと思っていた両親と、肩を並べるまでに至れたという達成感を感じたからだ。しかし、そんな感傷に浸る僕に母さんは、優しく頭を撫でながら諭すような口調で言葉を続けた。


「肝に命じなさい。強大な力には、相応の責任と影響が伴うものよ。あなたの感情一つで国が傾くかもしれないという事実が、各国の為政者達をどのような考えに至らせるか、良く考えて動くのよ」


「・・・責任と影響・・・」


母さんの重みのある言葉に、僕は真剣に考え込むように呟いた。するとエレインが、母さんに向き合いながら口を開いた。


「大丈夫ですお義母様。エイダは今までも、その強大な力を間違った事に使ったのを見たことがありません!彼はきっとこの先も、正しい事にその力を使ってくれるはずです!私がずっと見ていますから!」


「・・・そうね。どうやら、うちの息子はあなたにベタ惚れのようだし、エレインさんが隣に居れば大丈夫そうね。でもそれは、あなたも正しく在らねばならないという事と、エイダにとっての重要な存在になるという事を意味するわ。その事を正しく理解してね」


「はい。全て覚悟の上です。私はエイダと生涯を共にすると同時に、如何なる困難であっても、共に乗り越えたいと決意しています」


エレインの言葉に母さんはしばらく彼女の瞳をじっと見つめていると、やがて安心したように肩の力を抜いて、エレインの頭を優しく撫でていた。


「あなたの決意、しっかり見させてもらったわ。息子をよろしくね」


「は、はいっ!お義母様!」


返答するエレインに微笑みを浮かべた母さんは、風魔術を発動すると空に飛び上がり、公国の戦場の方に飛行していってしまった。残された僕はエレインの方を見ると、彼女は何か考え込むようにして呟いていた。


「(エイダのお義母様から、私がお嫁さんになることを認めてもらえた!どさくさに紛れてお義母様と呼んでしまったが、受け入れてくれて良かった!来年にはエイダは成人になるし、とりあえずは婚約という形になるか。とすると、式は来年以降で・・・住まいは・・・子供は・・・)」


エレインは自分だけの世界に入り込んでしまったようで、僕の視線にも気づいていないようだった。彼女の呟きは断片的に聞こえてくるが、その幸せそうな表情を見て、しばらくはそっとしておいてあげようと考えた。



 そんなことをしていると、王女の一団がこの場に到着した。すぐさまエイミーさんが出迎えるように動き、馬車内の王女に対して何事か報告しているようだった。


「エイダ様、この度は貴殿に対する冤罪を始め、共和国の一部の者達の思惑により、様々なご迷惑をお掛けしてしまったこと、王族の一人として心より謝罪申し上げます」


しばらくすると、豪奢な馬車から降りてきた王女は王子のような黄金の鎧を装備していたが、そのデザインはかなり女性的なものだった。そんな王女は僕の姿を認めると足早に駆け寄り、片膝を着きながら頭を下げ、開口一番に謝罪の言葉を伝えてきた。そんな王女の行動に倣うように、エイミーさんを含め、一緒に来た王女の近衛騎士達も一斉に頭を下げてきた。王女が到着したことで正気に戻っていたエレインは、その様子に目を見開いて驚いていた。


「王女殿下、謝罪は不要です。今回の一件については、どうやら王子殿下と【救済の光】の策謀が根底にあったようです。あなたが責任を感じる謂れはないでしょう」


「そう言うわけにはまいりません。例え個人の感情の結果だったとしても、国としてその行動を認めてしまった時点で責任は為政者達にもあるのです。特に今回の事の中心には、王族である王子が動いておりました。私を含め、然るべき処罰を受けさせるつもりです。また、エイダ様がこの先共和国で不自由なく暮らしていくためにも、今回の共和国の失態は国民に公表し、エイダ様の汚名をそそがせる所存です」


僕の言葉に王女は凛とした表情で、自分にも責任はあるとして何らかの処罰を甘んじて受けると言い、さらに僕に国家反逆者という印象が付いてしまったことに対しても、国家としての失態を公表すると約束してくれた。


「お姉様、エイダ様の汚名をそそぐ為に、教会もお使いください」


王女との会話中、聖女見習いのシフォンさんが加わってきた。


「ルイーゼ・・・確かに【救済の光】は元々教会の派生組織ですが、そもそも教会としては数年前に破門して、組織との関係を根絶していると聞いていますが?」


「いえ、教会内を調査して分かりましたが、やはり全ての影響を排除するには至っておらず、教会内の協力者に指示して資金を横流しさせていたようです・・・」


「そうですか・・・聖女アリア様、教会の不祥事を公表してもよろしいのですか?」


王女達はもうシフォンさんの身分を隠す気がないのか、本名を口にしてしまっている。まぁ、ここには部外者も居ないので、細かいことを気にしていないのかもしれない。矛先を向けられたアリアさんは、真剣な表情をしながら頷いていた。


「勿論構いません。この期に教会の膿を出しきり、本来のあるべき姿に戻したいと考えています。それに、”世界の害悪”が消滅した今、その心臓の封印の仕事もなくなりましたから、聖女の役職もこれでお役御免です」


どうやら聖女という役職の仕事は、父さんと母さんが封印した”世界の害悪”の分割した心臓の管理だったようで、仕事の対象が無くなったことを苦笑いを浮かべながら口にしていた。


「分かりました。それでは先ず残った組織の者に、兄上が国を裏切った証拠を見せてもらいましょうか。近衛騎士の皆さんは、戦争中の我が国の騎士達を止めるため、この陛下の勅命書を持参して戦いを終わらせてください」


「「「はっ!!!」」」


王女の命令に近衛騎士達は一斉に敬礼し、王女が取り出した羊皮紙を受けとると、すぐさま動き出した。この場にはエイミーさんと近衛騎士団長であるエリスさん他数人が残るようだ。王女は本陣の方へ馬を走らせる近衛騎士達を見送ると、セグリットさんが拘束しているナリシャさんと盟主に視線を向けた。

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