第239話 最終決戦 19
クリスティナ王女と近衛騎士団長のエリスさんは、王子の裏切りの証拠を確認するため、盟主の彼とダイヤモンドの筒を持ってきたナリシャさんから話を聞いていた。途中、あの筒に入っていた書類を確認した王女から小さく驚きの声が上がっていたようだったが、僕はそれを意識の片隅で聞いていた。
というのも、当初は僕も一緒に話を聞こうかとも思ったのだが、情報の内容が共和国の国防にも関するものだったとして、王女やエリスさんから遠慮して欲しいと切実な表情で頭を下げられてしまったのだ。どうやら中には王城の見取り図や、警備の配置、更には巡回ルートや交代時間等の情報も組織の手に渡っていたようで、エレインが王城で攫われた時、何故あれほどまでアッシュからエレインを引き継いだ組織の構成員が、スムーズに王城から姿を消すことが出来たのかの謎が解明された。
さすがにこれ程までの重要機密情報を組織に売り渡していたとは王女も考えていなかったようで、話を聞くたびに眉間の皺が濃くなっていた。人形の様に整った顔が怒りに染められると、これほど怖い顔になるのかと僕は驚いた程だ。
最終的に、王子や王子に協力をしていた共和国の為政者達にどのような処罰が下されるか分からないし、拘束した組織の構成員達もどうなるかは王女の采配に任せることにした。きっと父さんと母さんだったら、自分達を苦しめた相手を徹底的に痛め付けるか潰すかするだろうが、今の僕にはそれよりも優先したい事があった。
「エイダ、身体はもう大丈夫なのか?」
「は、はい。闘氣も魔力も少しづつ回復していますので、ようやく普段通りに身体が動かせるようになってきました」
「良かった・・・だが、無理はしないでくれ。あとの事はご両親と王女殿下にお任せすればいいから、君はゆっくり休むんだぞ?」
僕とエレインは今、王女達が乗ってきた馬車を借りて休ませてもらっていた。闘氣と魔力の欠乏状態のせいでふらついていたが、やっと身体に力が入るようになってきた。そんな僕を優しげな表情で見下ろしながら、エレインは体調を心配してくれていた。
僕は今、エレインから膝枕をされながら看病されている。彼女の太ももの柔らかい感触と、彼女から漂う甘い香りが鼻孔をくすぐり、自分の顔が熱くなっているのが分かる。最初は気恥ずかしさのあまりエレインの顔を直視出来なかったが、彼女と話をしていく内に、少しずつ慣れていった。
それでも車内に2人っきりという状況と、彼女から感じる女性特有の柔らかさと香りを意識する度に、身体が緊張のあまり固まってしまうのは仕方のないことだろう。
「なぁ、エイダ?これから君はどうするつもりなんだ?」
「どうする・・・ですか?」
車内に少しの沈黙の時間が流れたあと、エレインは真面目な表情をしながら僕に聞いてきた。質問の意図がよく分からなかった僕は、そのまま聞き返してしまった。
「その、もう国からの指名手配は撤回され、きちんと君の名誉は回復されるはずだ。しかし、君の偉業や能力が公にされれば、これまでのような生活は難しいかもしれない。それこそ、今度は君自身の力を巡って各国で争奪戦が繰り広げられる可能性がある程にな・・・」
「それは・・・」
エレインは少し寂しそうな顔をして、これから僕を取り巻くであろう環境の変化について話してきた。確かに”世界の害悪”すらも凌駕する力を持っている存在を、各国の為政者達が野放しにするとは考え難い。とは言え、僕の意向を無視して無理矢理取り込もうなどとは考えないはずだ。
もしまた僕のせいでエレインが窮地に立たされるような事になれば、僕はそんなことをした人物も国も許すことはないだろう。それこそ、僕の逆鱗に触れたという理由で、国を消し去ってしまうかもしれない。
「君のご両親もそうだったが、強大過ぎる力を持つがゆえに、その辺のことをしっかりしておかないと、また無用な争いに巻き込まれることになってしまうかもしれない」
「確か父さんと母さんは、各国と相互不可侵の条約を結んでいるらしいです。特例として”世界の害悪”など、この世界に危機が訪れた場合は自由に動けるようなものらしいですが・・・」
「君も各国とそういった条約を結んだ方が良いだろうな。それがどのような内容になるか詳細は分からないが、もしそういった条約を結ぶことになったら、ひとつだけ君にお願いがあるんだ・・・」
「お願いですか?」
聞き返す僕に彼女は少しの沈黙の後、意を決したような表情を浮かべて口を開いた。
「エ、エイダの結婚相手は、君が自由に決めれるようにしてくれないか・・・?」
「???」
彼女の言葉に、僕は首を傾げた。僕が誰と結婚するのかは、そもそも自由だと思っていたからだ。そんな僕の反応に、僕が理解していないことを悟ったのだろう、彼女は言葉を続けた。
「む?分かっていないようだな。嫌な話だが、君ほどの力の持ち主を友好的に取り込もうと、各国は絶対に高位の貴族子女との縁談を持ち込んでくる。それこそ、側室でも愛妾でも構わないとな。君の力が自国に向かないようにするためと、君の能力を受け継いだ子供が生まれることを期待して、といったところだな」
「・・・・・・」
エレインの話は何となく理解できる。僕が何かの切っ掛けで、どこかの国を潰したいと考えてしまっても、その国の女性を妻にしていれば抑止になるという事だろう。つまりは人質だ。更に、その女性との間に生まれた子供が僕と同じような能力を受け継いだとしたら・・・僕と婚姻を結べた国にとってみれば、新たに強大な力を手に入れることが出来る可能性があるということだ。
「私は貴族の娘として、政略的に夫が側室を持ったり、愛妾を持つことに理解がない訳じゃない。でも、人数が増えれば増えるほど、君との時間が少なくなることは・・・その、寂しいんだ。私の勝手な我が儘だが、せめて他の女性は5人位までにーーー」
話していく内に、エレインは段々と暗い表情を浮かべていた。ようやく終わったこの騒動で、僕の頭には彼女と共にのんびりと暮らしたいという漠然とした考えしかなかったが、エレインは僕を取り巻く状況を正確に捉え、為政者達の思考までも考慮して、もっと先の事までを見据えて考えてくれていた。
狭い範囲の事しか見えていなかった事に、僕は申し訳なさを感じてしまうが、僕にも譲れないものはある。
僕は暗い表情ながら無理に笑みを浮かべようとしているエレインに、膝枕の状態から腕を伸ばし、その唇を自分の指で塞いだ。これ以上他の女性にまつわる話など、彼女の口から聞きたくなかったからだ。
「ーーーっ!」
彼女は僕の行動に驚いたようで、目を見開いて固まっていた。やがて指を離すと、彼女は困惑した表情で問いかけてきた。
「・・・エ、エイダ?」
「僕が生涯愛する女性は、エレインただ一人です。為政者達の政略や思惑は理解できますが、これだけは譲れません!だからエレインにも、僕が他の女性を迎える事を許容する発言はして欲しくありません」
僕がそう言うと、彼女は目を丸くしていたが、すぐに破顔して顔を真っ赤にしていた。
「君は
「そ、そうですか?でも、僕の正直な気持ちですから・・・」
彼女にそう指摘されて、落ち着いてよく考えてみると、確かに大胆なことを言っていたと自覚してしまったので、かなり恥ずかしくなってしまって彼女から視線を逸らした。
「そ、そうか。その・・・君の想い、とても嬉しいよ。私の心配は杞憂だった」
それから沈黙が車内に漂い、僕とエレインはお互いに見つめ合ったまま固まってしまった。嫌な沈黙ではない。むしろお互いの心が近づいているような気さえする感覚だ。
それから、どちらともなく顔が近づき、もう少しで触れるという直前で、馬車の扉がノックされた。
『コンコン!』
「「っ!!」」
「エレインちゃん?エイダ君?王女殿下から話がしたいと言付かってきたけど、今大丈夫?」
ノックの音で僕とエレインは互いに顔を見合わせ、自分達の体勢を認識すると、勢いよく身体を仰け反らせたが、狭い車内のせいでエレインは後頭部をぶつけ、僕はずれ落ちて下に後頭部をぶつけてしまった。その音が聞こえたのだろう、エイミーさんが心配した声で僕達の様子を聞いてきた。
「だ、大丈夫です!今行きます!」
僕は打った頭を擦りながら、車内で起こったことを誤魔化すようにエイミーさんに返答した。
「・・・イチャイチャするのも良いけど、時と場合を考えて欲しいんですけど!」
どうやらエイミーさんに見透かされてしまったようで、呆れたような声を出しながら彼女の気配は馬車から離れていった。残された僕とエレインはお互いに顔を見やり、苦笑いを浮かべて馬車から出るのだった。
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