第229話 最終決戦 9
僕が奴の間合いに踏み込むと、激昂していた表情から一変し、恐怖に駆られたような顔をしながら一目散に後ろへ飛んで距離を取った。
奴をこの世界から完全に消滅させるためには、なんとしても奴の身体に触れなければならないが、奴もそれを理解しているからか、先ほどまでの僕との攻防から一転して、回避に専念しているようだ。時折り中距離から飛来する刃や、遠距離から強大な魔術を放ってくるが、その全てを僕は手をかざして触れるだけで消し去って見せた。
その為、僕への攻撃は無意味と悟ったかのように奴は逃げることに終始していた。とは言っても、この場から離れるようなことはなく、僕から付かず離れずといった距離感を保っている。その速度は父さんと同等と言って良いほどで、段々と早くなっているようだった。
(・・・最初の内は復活したばかりだったから、身体に力が馴染んでいなかったということか?でも、それはこちらも同じだ!)
僕の【昇華】した力は、これが初めてだったこともあり、完璧に使いこなしているとは言い難い。さらに、体感的にだがおそらくこの【昇華】の方法は正規の方法ではなく、強引に成したという感覚がある。この状態で果たしてどこまでの実力を発揮できるのかは、完全に未知数だった。
『『くくく、どうした?御大層な力を持っていても、俺様に触れられなきゃ何も出来ないようだな!』』
しばらく奴を追いかけ回すような状況が続いていると、奴に余裕が出てきたからか、軽口を叩いてきた。
「ふん!僕から必死に逃げ回っている分際で、随分と虚勢を張るじゃないか?」
『『馬鹿が!これは戦略というものだ!すぐにその余裕面を屈辱に変えてやる!』』
そう吐き捨てながら、奴は僕から逃げ回る。奴の言う戦略は、僕のスタミナ切れを狙っているのだろう。初めての【昇華】で、いつまでこの状態が維持できるか分からないし、【昇華】が解除された時、強引にこの状態に至った反動がくる可能性もある。その反動が、僕が動けなくなる程のものだった場合、かなり窮地に立たされてしまうことになるだろう。
そう考えると焦りの感情が生まれてしまうが、自分を落ち着かせるように一度小さく息を吐いていると、奴が逃げようとする先に待ち伏せるように、黄金のオーラを纏った父さんが長剣を構えている姿が目に入った。
「オラァァァァァ!!」
『『ちぃ!』』
その一撃は、奴の纏う暗い緑色のオーラに阻まれて傷を負わすことは叶わないが、攻撃の勢いそのものを無くすわけではないので、奴は父さんの一撃を受けて僕の方へ吹き飛ばされてきた。
『『くそっ!』』
あと僅かで僕の間合いに入る寸前、奴は土魔術で地面を勢い良く隆起させ、自分自身を上空へと弾き飛ばした。せっかくの好機だったが、奴の急激な軌道の変化に攻撃の機会を逸してしまった。
「はぁぁぁぁ!!」
すると、後方から母さんの裂帛の気合いと共に、特大の風魔術が飛んできた。それは、自ら上空に打ち上がった奴の身体を真上から地面に叩き落とすような制御で、母さんの意図を察した僕は、瞬時に奴の落下予測地点に駆け込むように移動した。
『『こんなところで!!』』
地面に落ちる寸前、奴は自らの髪を鷲掴みにして引き抜くと、空中でばら蒔いた。さすがにこの一瞬で、引き抜かれた髪の全てに対処することができず、落下地点に回り込んだ僕は、地面に叩き落とされる寸前の奴に回し蹴りを喰らわせて、その肉体を消去した。
「・・・・・・」
『『・・・・・』』
髪の毛の1本から再生した奴は、怒りとも怯えともとれる表情をしながら、無言で僕の事を見つめてきた。現状、奴一人に対して僕と両親の3人が、奴の逃げ道を塞ぎつつ僕の方へ追い込むように連携して動いている。その事に危機感を持ったのか、奴からは攻撃的な気配が消えている。
(そういえば、ジョシュ・ロイドも自分の身が危うくなった時は一目散に逃走していたっけ。彼の思考と同じと考えるなら・・・)
奴の様子に、以前学院で起こった【救済の光】の騒動を思い出した。対校試合で優勝し、王女からメダルを貰う際に、彼が僕の大量殺人についてありもしない情報を声高に叫んだ時のことだ。王女に対して有ること無いことを吹聴して、僕を合法的に処刑しようと目論み、結局エレインの援護と、王女が独自に調査していたこともあって、彼は逆に暗殺を手引きしたことを暴かれ、罪に問われる事になった。
しかし、直後の組織による王女暗殺の騒動に乗じて彼は雲隠れしている。罪人として指名手配され、貴族位も剥奪された彼は、プライドも何もかもかなぐり捨てて自らの命を優先した。そういった選択を躊躇わずする感情が、彼を器とした”世界の害悪”にもあるとしたら、ここからはどんな不様を晒そうと逃げに徹してくるかもしれない。
奴が逃げ出す可能性が脳裏を過ったその時、事態は思わぬ方向に動いた。突如として、強大な土魔術が放たれたのだ。
「っ!!父さん!母さん!足止めよろしく!」
その土魔術は上空から落下するように現れ、しかも大きさは貴族の屋敷ほどの巨石で、槍の穂先のように先端を尖らせていた。しかも、落下場所はエレイン達のいる場所だった。ここまで奴を追い詰めたのだが、僕は彼女達の救出に向かうため、両親に奴を足止めしておいてもらうことをお願いして飛び出した。
「分かってる!任せとけ!」
「本命に気を付けなさい!」
父さんは僕の言葉に頼もしく返答し、母さんはこの攻撃が確実にこちらに対する陽動だと断定しているようで、相手の真の狙いについて気を付けるように僕に叫んだ。
「エレイン!!」
「エイダ!」
エレイン達は土魔術による巨石の攻撃範囲から逃れようとしていたが、ようやく意識を失っているイドラさんをアリアさんと抱えたような状況で、端から見ても完全に間に合っていなかった。僕は彼女の名前を大声で叫びながら、上空から落下してくる巨石に向かって飛び出した。そんな僕の声を聞いた彼女は、安堵したように僕の名前を呼んでくれた。
「はぁぁぁ!!」
『ーーー!!』
落下してきた巨石に指先が触れた瞬間、音もなく消去した。しかしこれは陽動であることは理解してるので、次にどのような動きが起こるかを、飛び上がった状態のまま、空中から地上全体を見渡すようにして確認し、神経を尖らせた。
(奴は・・・隙を伺っているようだが、父さんと母さんが牽制していて動けずにいるようだな)
父さんと母さんは奴から若干距離をとっており、奴が動き出そうとしても即座に対応できるように殺気を迸らせている。さらに、この状況で魔術を放った人物の気配が感じ取れないことから、あちらが例の認識阻害の魔道具を使っているのは明らかだった。
しかも、先ほどの土魔術の規模はかなり強大で、あれだけの質量の巨石を一瞬で造り出してしまえる存在など、僕は母さん以外には知らない。
(かなりの実力の魔術師が複数人潜んでいるのか?それとも、僕の神魔融合を吸収したような魔道具を使って、予め準備していたのか?)
様々な可能性を考慮しつつ地面に着地した僕が見たのは、目を開けていられないほどの眩い閃光だった。
「くっ!これは・・・」
腕で閃光を遮るも、一瞬その光を目にしてしまったことで、僕は一時的に視界を奪われてしまった。そのため、僕はより気配を探るように集中すると、“世界の害悪”から感じられる気配に違和感を感じた。
(・・・これは!?気配が薄れている?)
強大な存在感を漂わせる気配を放っていた”世界の害悪”から、急速にその存在感が消えていき、気配が小さくなっているのだ。魔道具で気配を消すにしても、気配が段々と小さくなっていくというのは聞いたことがない。
(いったい奴に何が起こっているんだ?)
僕が疑問に感じていると、母さんが魔術を発動したようで、 巨大な水の竜巻が辺りを蹂躙するように蠢いていた。もちろんそれは母さんが制御しているのだが、”世界の害悪”の周辺へ近づいた瞬間、水の竜巻が何かに吸収されたように消えてしまった。
「っ!あれは、まさか!」
どこかで見たような光景に、僕は 思わず声が出ていた。それはまさしく僕の神魔融合が魔道具に吸収された光景と同じだったからだ。そして同時に、認識阻害の魔道具で潜んでいる者の場所がはっきりとした瞬間でもあった。
「はぁぁ!」
僕が動くよりも前に父さんが飛び出しており、気合い一閃、攻撃範囲が広くとれるように横薙ぎに長剣を振るうと、今まで気配が感じられなかった場所に鮮血が舞った。
「ぐあぁぁっ!」
認識阻害の魔道具ごと切り裂かれた人物は、激痛の悲鳴をあげながら上半身と下半身を泣別れにしてその場に倒れたが、意識はまだあるようだった。手には半ばから斬られた杖を握り締めており、必死にその先端の魔石を手繰り寄せている。
そして、魔石に血だらけになった手を添えた瞬間、何ごとか刻印されている魔石が暗い緑色に輝きだし、その人物を包んだ。
「・・・なにっ!?」
母さんの元に戻った僕は、父さんの動きを目で追いながら、事の推移を見守っていた。すると、光に包まれたその人物は、何事もなかったかのように下半身を再生させ、何の真似か、微笑を浮かべながら自分の身体を斬った父さんに向かって優雅に腰を折りながら挨拶をしてきた。
「これはこれは、剣神と謳われしジン・ファンネル殿。それにご婦人である魔神、サーシャ・ファンネル殿に共和国の英雄、エイダ・ファンネル殿。私は【救済の光】の盟主、ザベク・アラバスと申します。以後、お見知りおきを」
紳士的な態度をとってくる男に対し、何が目的で、”世界の害悪”に何をしたのか気になったのだろう、父さんは怪訝な表情を浮かべながら返事を返した。
「そりゃ、ご丁寧にどうも。組織の盟主がこんなところで何をしている?それに、”世界の害悪”に何をしたんだ?」
彼は父さんの質問に、意味ありげな笑みを浮かべている。父さんの疑問は最もで、先ほどまで圧倒的な存在感を放っていた“世界の害悪”は、まるで絞りカスになったかのように、身体が青白くなり、干物のように干からびていた。その姿は、人間であれば死んでいるようにしか見えないからだ。
そうしてその人物は、勿体ぶったような大仰な仕草と言葉で語りだした。
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